韓流時代小説 寵愛【承恩】~王女の結婚~王女ではなく庶民として新しい人生をー王妃が公主に涙の説得 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 寵愛【承恩】第三部・後編

向日葵の姫君ーThe Princess In Loveー(原題の「王女の結婚)

ヒロイン交代!第三部はホンスン王女が主役を務めます。

韓流時代小説「王宮の陰謀」第三部。

わずか16歳で亡くなったとされる(英宗と貞彗王后との間の第一子)紅順公主には秘密があった?

幼なじみの二人が幾多の障害を乗り越え、淡い初恋を育て実らせるまでの物語。

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 その日、紅順は静かな気持ちで過ごしていた。いつも通りに目覚め、顔を洗い、髪を梳かし身支度を調える。その後は朝食を取り、後は書見をして過ごした。
 何度も飽きるほど読んだ恋愛小説は、既に内容は諳んじている。それは朝鮮と西洋諸国を行き来する商人が献上したもので、人魚の姫が人間の王子に哀しい恋をする物語だ。
 難破した船から投げ出された王子を助けたのは人魚姫なのに、王子は人間の娘に恋をする。美しい王子を忘れられなくなった人魚姫は、深海深くに棲まうという魔女に頼んで、自分の声と引き替えに人間に変えて貰った。
 しかしながら、結局、王子は人間の娘と結婚し、人魚姫の想いは実らなかった。恋が成就しなければ、人魚姫は海の泡となって消え果てる。魔女の預言通り、人魚の姫は泡となって消えた。
 何とも哀しくも美しい、儚い恋の話ではないか。
 紅順もジュンスの生命がこの世から消えれば、人魚姫のように泡になって天に昇るかもしれない。
 ジュンスは死ぬな、生きてくれと最後まで言っていた。本当なら、彼の遺言ともいうべき言葉に従うべきなのだろう。生命を賭けて紅順を仁賢から解き放ってくれたジュンスの願いを無下にしてはならない。
 ジュンスはただ紅順の幸せだけを願っているのだ。けれど、紅順にはジュンスのいないこの世は考えられない。彼が死ぬなら、自分も一緒に死ぬ。
 最後まで希望は捨てず、母を信じて待つが、王妃である母をもってしても、父王の決定は覆せないものだ。紅順は過度の期待をしてはいなかった。
 居室の扉越しに柳尚宮の声が聞こえた。
「公主さま、中殿さまがお見えです」
「お通しして」
  ジュンスの処刑が決まって、二日が経っていた。予定通りであれば、彼は三日後、首を斬られる。
 紅順は応え、立ち上がり、脇によって母を迎える。扉が開き、王妃が現れた。今日も王妃の煌びやかな衣服がとてもよく似合っている。紅順は恐る恐る母の様子を窺った。
 王妃の美貌はいつもと変わらず、一転の曇りもない。その端正な面からは、母が良い知らせをもたらしてくれたのか、その逆なのかまでは判らなかった。
 王妃はそれまで紅順が座っていた座椅子にゆったりと座り、紅順は文机を挟んで向かい合った。
「顔色は思ったより、良さそうね」
 母の言葉に、紅順は小さく頷いた。
「母上さまをお信じ申し上げていました」
 王妃は手を伸ばし、紅順の手を両手で包んだ。
「よく耐えてくれたわね。でも、紅順。これから、あなたが耐えなければならない苦労はは今以上かもしれない。あなたは茨の道を歩かなければならないわ」
 紅順はじいっと母を見つめた。
「それは、どういう意味でしょうか、母上さま」
 王妃の瞳が複雑な感情に揺れていた。
「あなたは、国王殿下のただ一人の娘紅順公主は今日の夜、亡くなるの」
「ーっ、それは」
「黙って最後まで聞いて」
 王妃は口早に言った。
「一昨日、お父さまと一晩かけて話し合った結果よ。紅順、正直に言うと、正攻法ではもうジュンスを救う手立てはないの」
「ー」
 鼓動が速くなり、意識が遠くなりそうだ。しかし、ここで倒れてはいけないと紅順は己れを励ました。
「でも、たった一つ、ジュンスとあなたを救う道はある」
 紅順は息を詰めて母の次の言葉を待った。
「あなたという王女は今日を限りにいなくなる。明日から、あなたはもう王の娘でも李紅順でもない。まったく別の他人として、新しい人生を生きなさい」
 王妃の眼から涙がすべり落ちた。
「母親が自分の娘にこんなことを言わなければならないなんて、辛くて情けなくて堪らない。だけど、このままではジュンスは処刑されてしまう。恐らく、彼が死ねば、あなたも生きてはいないでしょうね」
「母上さま」
 どうやら紅順の思惑は、母にすべて見抜かれていたようである。彼の後を追う覚悟は見破られていたのだ。
 王妃が泣き笑いの表情になる。
「自分が産んだ娘だもの。考えていることくらいは判ります」
 王妃は包み込んだ紅順の手を愛おしげに撫でた。ふと思い出したように、自らの胸元を飾るノリゲを外した。
 水仙の花を象った綺麗なノリゲだ。紅順が物心ついたときから、母はいつもこのノリゲを肌身離したことがない。王妃だから、もっと豪華なノリゲを身につけても良さそうなのに、けして他のノリゲではなく、このノリゲだった。
 母にとって、よほど大切な品なのだと子ども心に感じたものだ。
 母は大切にしているノリゲを外し、片手で包み込んだままの紅順の手にそっと載せた。
「これを持ってゆきなさい」
 王妃が少し面映ゆげに言った。
「これは父上さまから頂いたものなの」
「そう、なのですか?」
 愕きに眼を見開く。母が懐かしげに眼を細めた。
「私がまだ父上さまを王族だと知る前、町の露店で買って下さったものよ」
 だから、母が大切にしていたのだと今更ながらに納得できた。紅順は首を振る。
「こんな大切なものを頂くわけにはゆきません。母上さまにとっては宝物なのでしょう?」
 王妃が笑った。
「だからこそ、あなたに持っていて欲しいの」
 王妃と紅順の視線が束の間、交わる。その時、彼女は王妃の美しい瞳に溢れんばかりの母の愛情を見たのだ。
「この水仙の花は月長石(ムーンストーン)という玉石でできているの。月長石は夜空に輝く月の光を集めてできたといわれているそうよ。この石は恋人たちのお守りでもあるの。きっと、あなたとジュンスが離れることなく、ずっと一緒にいられますように」
「ー母上さま」
 王妃の眼からは絶えることなく、澄んだ涙が流れ落ちた。
「あなたには厳しくしてきたわ。きっと酷い母親だと恨めしく思ったでしょう。紅順、私はあなたに下町で生きる民の気持ちを判って欲しい、そんな子になるようにと育ててきたの。王族だけが偉いのではなく、下町で暮らす民も王族も同じ人間であり、生命の尊さは変わらない。そういう考えができる子になってと願ってきたけど、あなたはまさに、望み通りの娘に育ってくれた。あなたを娘に持って、母は誇りに思いますよ、公主」
「母上ーさま」
 いつしか紅順の傍に母が来ていた。母と娘は抱き合って泣いた。
「あなたには酷いことを告げたわね」
 ひとしきり泣いた後、王妃は取り乱したのをいささか恥ずかしげにして言った。
 紅順は微笑んだ。
「愛しい男と共にいられるなら、どんな険しい道でも、私は平気です」
「言ってくれるわね」
 王妃も笑顔になり、親指で紅順の頬を大切そうに撫でた。
「それでこそ私の娘だわ。花園の綺麗な花じゃなくても良い、大地にしっかりと根付く野辺の花となって、逞しく生きてゆきなさい」
「はい」
 紅順は立ち上がり、両手を持ち上げ母に向かって深々と頭を垂れた。更に座って頭を下げる。この国の王妃にして、最愛の母に対する別離の拝礼であった。
「長い間、育てて頂き、ありがとうございました」
 王妃は涙を流しながら言った。
「まるで嫁に出すようね。いえ、これがあなたの本当の嫁入りであり、旅立ちなのだから。
幸せにならなければ駄目よ」
「彼と二人で幸せになります」
 紅順は母にもう一度、深々と頭を下げた。