昨夜の興奮から一夜明け、今日は東京春音楽祭の初日「さまよえるオランダ人」公演の感想を書こうと思う。その前に一言、今回は遠慮なく率直な言葉を選ぶ点、お詫び致します。

 

2019年のワーグナー・シリーズに向け、今回は『ワーグナー協会』例会に連続で参加した。学んだ幾つかのキーワードは、まず「ワーグナー若書きの魅力」ある作品であること。そして、「嵐に始まる疾風と怒濤」「死への欲望」「本能エネルギー」「悪魔の仕業」「風の神様」「故郷(アイデンティティー)」「運命の女」など。

 

これらの要素が余すことなく現れていたのは、豪華なオペラ歌手陣から紡がれる歌唱。オランダ人を演じた存在感あるブリン・ターフェル氏の表現力は悩ましく奥が深く、彼自身の周りで嵐が吹き荒れている様子が痛々しく伝わってきた。流石はバイロイト音楽祭の常連オペラ歌手、ゼンタ役リカルダ・メルベート女史の発音からは海のような広がりと突き動かされる衝動が感じられた。ワーグナー作品の中でも難しい声域と言われるが、最初から最後まで夢中にさせられた。ダーラントの代役となったイェンス=エリック・オースボー氏の声質は素晴らしく、オランダ人への問い掛けに対する誤魔化された返事にも見事なキャラクターを演じていた。

 

待ちに待ったエリック歌唱を届けて下さったペーター・ザイフェルト氏は、本当に魅力的なエリックを演じ感動。ワーグナーからの依頼「女々しくならないように!」の通り、理想のエリックを魅せてくれた。途中、ザイフェルト氏が勢い良く振り返り顔から眼鏡が飛ぶも、1メートル以内で瞬間に受け止めたメルベート女史と手を重ね見つめ合う「2人の即興ロマンス」には恍惚となる。これに関しては、半分は素が出たと思う。そこに人間としての心が動かされる瞬間を、私は見逃さなかった。オペラ公演で、何が起こるか分からないドラマを見つけることも醍醐味。私は何故ペーター・ザイフェルト氏に「うっとり」するのか、漸く謎が解けた気がする。女が男を好きになるのに、年齢差は関係ないでしょう。

 

東京春音楽祭の指揮者ダーヴィト・アフカム氏に関して、私は初めて氏の公演に接した為「オーケストラとのコミュニケーションが如何程だったか」分からない。が、独りワーグナー奏者ライナー・キュッヒル氏の絶品アーティキュレーションとフレージングを聴く限り、秀英な指揮者なのだと思う。このように書いてしまい自分が悪者になった気分になるけれど、NHK交響楽団の棒読み演奏には心底ガッカリしてしまった。ビックリする程、ダイナミックレンジが何時まで経っても広くならない。音に厚みが出ないのではなく、出せないのだと思う。「さまよえるオランダ人」の舞台は海だが、ハッキリ言って川だ。波がなければ、風も吹かない。有無を言わせぬ力が、オーケストラから全く聴こえてこない。キュッヒル氏だけが、1人で総譜の全容を伝える状態。強いて良かった点を挙げるとしたら、東京文化会館は音の分離が良く、ワーグナーのスコアを恰も1つ1つ聴き見ることが出来たこと。オーケストラピットで演奏しない、演奏会形式は最高の教材となる。

 

私は子供の頃、海に流されたことがある。小さかった為、怖い記憶はないが心配した両親に怒られ泣いたことは覚えている。以降、プールで溺れたり水を飲んだり間抜けな経験を積んできた。自然は人を癒すと同時に、恐怖を与えることもある。ワーグナー作品は、物に例えると表と裏があるコインのようだ。熟練のワーグナー演奏とは経験の蓄積がものを言い、技術だけではどうにもならないのかもしれない。鑑賞する価値、想像の10倍はあった。

 

 

指揮:ダーヴィト・アフカム

オランダ人(バス・バリトン):ブリン・ターフェル

ダーラント(バス):イェンス=エリック・オースボー

ゼンタ(ソプラノ):リカルダ・メルベート

エリック(テノール):ペーター・ザイフェルト

マリー(メゾ・ソプラノ):アウラ・ ツワロフスカ

舵手(テノール):コスミン・イフリム

管弦楽:NHK交響楽団

合唱:東京オペラシンガーズ