誕生会を楽しんでいた昨夜、バイロイト音楽祭の報せをTwitterで知る。今年、初登場のヴァレリー・ゲルギエフ氏が、一身上の都合により8月13日『タンホイザー』公演をキャンセル。急遽、バイロイト音楽祭の芸術監督であるクリスティアン・ティーレマン氏が登板。御自身が受け持つ『トリスタンとイゾルデ』及び『ローエングリン』、そして友の会『式典』と過密スケジュールに。ツアーも客演も拘束時間90分のシンフォニーなら、長年の習慣としてパーヴォ・ヤルヴィ氏もファビオ・ルイージ氏も誰しも時差を乗り越え熟すが、ワーグナー作品(歌劇・楽劇)は事情が異なる。1ヶ月に15日間のオペラ本番となると、1日おきに働くペース。だから、急な依頼に対し(もしかしたらゲネラルプローベなしで)リスクを伴うコンセプトを考えるより、安定企画として「彼の昔ながらの芸風」が候補に挙がったかもしれない。
 
一方、シンフォニーはオペラと目指すものが違う。「私のシュターツカペレ・ドレスデン」と言い可愛がるティーレマン氏は、オーケストラの個性を活かし腰を据えて徹底的に作り込む職人気質な人。予定変更や想定外など、自由を失い本番で100%出し切れないスケジュールは避ける指揮者だと思う。公演の記録が商品化する日は、脇目も振らず練りに練り本領を発揮。
 
シンフォニーとオペラを殆ど同じ席で定点観測していると、指揮者の全体像が見え完成度が分かるようになる。大きな声で言いたくないが、音楽仲間が大絶賛した公演に対し「何故だろう?」と驚いたことがある。インターミッションにて某音楽家と再会した際、「2回とも殆ど同じ席で鑑賞されていますが如何ですか?」の問いに対し、「前回のオーケストラ演奏は千秋楽と比べバタバタ聴こえて新鮮でした(笑)」と答えると、笑いながら「全く同じ感想です(開演時間が遅く前回は疲れていたのかな)」と、内心とても嬉しかった。その証拠に、終演後に首席弦楽器奏者を訪ねた時「今夜は物凄く大変で、飲みに行くのは別の日にしても良いですか?」と。
 
指揮者も機械ではなく、聴衆と同じ人間同士。仕事や運動により感じる疲労の原因は、脳にあることを忘れてはならない。バイロイト音楽祭の常連客(私の大先輩)曰く、「指揮や公演を褒めたら『仕事ですから』と淡白に返された」そう。どの様な時に真実があるか、自分の欲望と切り離し誠実なる人間として彼の生涯を見守っていきたい。
 
振り返ると、「Christian指揮のベスト公演」は彼の顔にも表れていた。分かり易いサインとして、満面の笑み(笑)かの大興奮ザルツブルク・イースター音楽祭inJapan「オーケストラ・プログラムⅡ」は、開演前から光り輝く良い男で(笑)「今夜は凄い晩になるかもしれない」の通りに。ウィーン・フィル名物コンサート・マスターのライナー・キュッヒル氏との丁丁発止が絶品だった『第4番&運命』はベートーヴェン21世紀に現れる!の如く大喝采。
 
話をバイロイト音楽祭キャンセル劇に戻すが、彼は「楽しむセンスのある人」だと思う。準備なしに行われた『タンホイザー』公演についても(私は現場で取っておらず不確かながら)、Twitterを読むと聴衆が満足するレベルは十分超えた様子が伺える。巨匠芸として。それとは別に、金字塔を打ち立てる公演とは、総合芸術に関わる全員がリハーサルを繰り返し続けた先にある名演。勿論、当日の閃きで解釈が変わることはあるでしょうが。
 
2007年頃のインタビュー↓憑かれたように働くティーレマンは疲労困憊し年に数回休息する。
「どれか1つで良いと言う人もいるかもしれないが、私は違う。何でも1番になることにも興味がない。だから指揮活動に戻る前にインスピレーションや気分転換が必要なのだ」
 
「良く練習したのでオーケストラは大丈夫。ただ自分の情緒面が気になる。私にとって演奏は情緒に関わる活動だから。稽古は本番以上に大変で、私は"もう1度"を連発する。だから"もう1度"と言えないと妙な感じがして・・・自分が指揮者として無能な気がしてしまう」
 
若き日のインタビューを定期的に読み聞き直すと、現在に繋がる発見がある。
 
 
2018年10月31日 シューマン交響曲全曲演奏会『第1番&第2番』 サントリーホール
 
2019年1月 1843年Richard Wagner指揮で初演『さまよえるオランダ人』Semperoper Dresden