ひとひらの雲

つれづれなるままに書き留めた気まぐれ日記です

夏の風物詩

2020-07-05 19:02:19 | 日記

 大分暑くなってきましたけれど、暑さはこれからが本番です。今年は例年より暑いとの予想で、マスクをしなければならない状況下、熱中症も懸念されます。私は昔、夏の風物詩が好きで、夏は結構好きな季節だったのですが、最近は冷房も苦手になりましたし、暑さも異常な暑さになるので耐えられなくなりました。

 そんなどうしようもない状況を慰撫してくれるのが風物詩。遠くから聞こえる祭囃子や浴衣を着た女性が団扇を使っている姿、ど~んと色とりどりに上がる花火、微かに聞こえる風鈴の音、蝉の声。みんなみんな大好きです。今は梅雨ですけれど、この鬱陶しさを慰めてくれるものはやはり紫陽花や菖蒲といった植物でしょうか。我が家の近くの公園でも紫陽花が見頃になっています。特にアナベルという白い花が咲く品種はあでやかな花をつけていますけれど、菖蒲はもう終わってしまいました。立ち葵なども綺麗ですね。

   アナベル

 この先、真夏にはどんな花が咲くのでしょう。
 「炎天の 地上の花や 百日紅(さるすべり)」(高浜虚子)という句がありますが、本当に夏はこの花。これから公園でも咲きますけれど、市の花になっているところでは沿道に植えてあるのを見たことがあります。車で通っただけなのですが、一列に並んだ百日紅の花がとても綺麗だったのを覚えています。

 また、夏といえば向日葵(ひまわり)。「かめに生けし 五尺の向日葵 しんしんと 水吸いあげて ゆらぎもぞする」(若山喜志子)。瓶に生けた向日葵がしんしんと水を吸い上げて、その勢いに揺らいでいるように見えるという、向日葵の生命力を感じさせる歌です。見るからに頭が重たげで、それでもしゃんと立っている向日葵。一輪でも迫力がありますけれど、向日葵畑のように数千本集まっていると、もう見事というほかありません。

 木々の間にひっそりと咲いているヤマユリなども心惹かれますけれど、夕顔というのもいいですね。「心あてに 見し夕顔の 花散りて 尋ねぞ迷ふ たそがれの宿」(松平定信)。目印にしていた夕顔の花が散って、尋ね迷うたそがれ時の我が家であるよ、というのですが、まさか迷うこともありますまい。それでも、いつも目にしていた夕顔の花がなくなって、ふと迷うような気持になることはあるかもしれません。いつもの通りにあるお店がなくなっただけで、曲がる場所に迷うことってありますよね。この歌はその目印を夕顔としてあるところに風情を感じますし、詠んだ作者にも意外性があります。

 蛍なんていうのも風物詩のひとつですね。「おともせで 思ひにもゆる 蛍こそ なく虫よりも あはれなりけれ」(源重之)。声を立てて鳴く虫よりも、鳴かずに身を焦がしている蛍の方が、心に沁みるものかもしれません。まだまだありますよ。「蚊ばしらや 棗(なつめ)の花の 散るあたり」(加藤暁台)。夏の夕暮、棗の花の散っているあたりに蚊ばしらが立っているんですね。これもひとつの風物詩です。夕暮といえば夕立もそうです。「夕だちや 草葉(くさば)をつかむ むら雀」(与謝蕪村)。激しい夕立に遭い、雀の群れが必死に草葉にしがみついている様子が伝わってきます。

 夏の歌や俳句によく詠まれるほととぎす。芭蕉の句にも「ほととぎす 大竹藪を もる月夜」というのがありますけれど、これは以前ブログにも書きました嵯峨野にある落柿舎での吟です。あのあたりには竹林が多く、今では観光地のひとつにもなっていますね。
 本当に夏の風物詩には心慰められることが多いのですが、マスクをしなければならないこの夏、どこまで耐えられるでしょうか。

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