武弘・Takehiroの部屋

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“生涯一記者”は あらゆる分野で 真実を追求する

サハリン物語(13)

2024年04月22日 03時49分45秒 | 小説『サハリン物語』

マトリョーシカはオオドマリを探訪しながら、父母の思い出をたどっていました。スパシーバ王子には膝の上に乗せられあやされたこと、リューバ妃にはお菓子を貰ったり手を繋いで歩いたことなど、全てが幼い頃の思い出です。 4歳から5歳の頃でしたか、父母が相次いで亡くなった時、泣きじゃくったこともよく覚えています。そうした思い出にマトリョーシカは浸っていました。
ナターシャは、夫のスサノオノミコトがこの辺りで戦いを重ねていたことを想像していました。ヤマト帝国軍の彼がまさか自分と結ばれようとは、初めのうちは思ってもみなかったのです。2人はそれぞれの感慨を胸に秘めながら、オオドマリから北へと向かいました。
マオカ(真岡)からエストル(恵須取)、シスカ(敷香)などを経てノグリキに戻った時は、馬車でとはいえ長い旅でさすがに疲れました。元気一杯だったマリアも少々お疲れの様子です。でも、サハリンの南部を十分に旅行できたことは、マトリョーシカにとってこの上ない勉強になったと思います。

長旅に時間をかけたナターシャは、すぐにヤマト国へ帰ることになりました。ゆっくりと休む間もありません。彼女は母のソーニャ王太后に別れを告げると、マトリョーシカにこう言いました。「あなたが王位に就く前に、ぜひ一度ヤマト国にお出でなさい。きっと良い経験になりますよ」 叔母の言葉にマトリョーシカは大きくうなずきました。彼女が最も愛し信頼する人はナターシャでしたから。
こうしてナターシャは帰国しましたが、程なくしてマリアが面白い話を持ち込んできました。「王女様、私の親友にチャスラフスカとコマネチという者がおります。ぜひ、ご紹介したいのですが」
「あなたの親友って、同い年なのかしら」
「ええ、そうです。2人ともとても良い娘(こ)で、いつも一緒に遊んだり勉強したりしていました。王女様のお人柄を話すと、一度でもいいからぜひお会いしたいと言うのです」
マトリョーシカの周りには、若い女性といったらマリアしかいません。彼女にとってこれは飛びつくような話です。すぐに連れて来るようにと言いました。

それから3日後、マリアがチャスラフスカとコマネチを連れて来ました。マトリョーシカはすっかり嬉しくなってあれこれと話しかけます。チャスラフスカは中肉中背で、顔立ちがいかにも女性的で優美な感じがします。一方、コマネチはきりっとした容貌のボーイッシュな感じで対照的でした。
他の3人は黒髪ですが、コマネチは亜麻色の髪でどこかエキゾチックな感じがします。マトリョーシカとチャスラフスカは優美な顔立ちですが、マリアとコマネチはボーイッシュな雰囲気がどこか似ていますね。女の子の風貌について、筆者はとやかく言う資格がないので話を先に進めましょう(笑)。
王女の前で初めは緊張していた2人ですが、マトリョーシカとマリアがざっくばらんに話すので、その内にすっかり打ち解けてきました。18歳の乙女たちの会話です。朗らかで明るく、賑やかでいつ果てるともしれません。
マトリョーシカがうらやましいと思ったのは、3人とも男の子の友だちがいることでした。恋人にまではなっていませんが、みんな親しい男友だちがいるのです。それに比べると、自分はなんと“不自由”な生活をしているのでしょうか。王女だとボーイフレンドもままなりません。男の友だちが特に欲しいと思ったことはありませんが、3人の話を聞いている内に興味が湧いてきたのです。

そんな話はともかく、マトリョーシカはこうした4人の集いをぜひ続けたいと思いました。何時間おしゃべりしたか分かりませんが、今度また必ず集まろうということで別れたのです。
ところが、それから間もなく、4人の集いが王宮内で評判になったのです。評判になったと言うより、むしろ文句が囁かれたということでしょう。王女の部屋で若い娘たちが何時間も騒いでいたという不評が立ちました。きっと賑やかな笑い声が外に漏れたのでしょう。そこで、年配の侍従がその件をツルハゲ王に報告しました。
王は若い娘たちが集まれば仕方がないと思いましたが、これまでになかったことなので、一応マトリョーシカに注意しました。現代から見れば当たり前のことでも、当時の閉鎖的、保守的な王宮ではあまり好ましいことではありません。マトリョーシカは王の注意を受け入れて、今度4人が集まる時は、他の3人の家でしようと決めたのです。

 王宮内での集いには気が引けるので、マトリョーシカはまずマリアの家に4人が集まろうと呼びかけました。マリアはむろん賛成し、他の2人もその方がずっと気が楽だと答えたのです。そこで数日後、ノグリキ市内の彼女の家に皆が集まりました。マトリョーシカは堅苦しくならないように、普段着で出かけたのです。
マリアの実家の姓は正式にはシャラポワと言います。音楽が好きなチャスラフスカとコマネチが、ドムラやグスリといった民族楽器を持ってきました(注・末尾に古い民族楽器をリンクしておく)。 どちらもシベリアなどに古くから伝わる楽器です。シベリア帝国と親しかった旧ロマンス国に入ってきたのでしょう。
マリアら3人は、こうして楽器を持ち寄っては音楽に興じていたのです。今日はマトリョーシカに音楽を聞かせようと張り切っていました。ふだん、王宮ではほとんど音楽に接してこなかったマトリョーシカは大喜びです。マリアの家にもむろん笛や太鼓などの楽器がありました。3人が民謡などの演奏を始めると、マトリョーシカはうっとりと聞きほれていました。なかなかの腕前ですね。

 一通り演奏が終わると、4人は例によって“おしゃべり”に夢中になりました。暫くして、マトリョーシカがこう言ったのです。「皆さん、こういう席では、私のことをもう『王女様』なんて言わないで。 みな名前で呼び合いましょう。その方が私はずっと気楽です。みな18歳の友だちじゃないですか。ぜひそうしましょう!」
王女が強く言うので、そうすることになりました。初めはぎごちなかったのですが、その内にマリアが「マトリョーシカ、マトリョーシカ」と平気で呼ぶので、他の2人もじきに慣れました。マトリョーシカはチャスラフスカのことをべラ、コマネチをナディアと名前で呼んだのです。ファーストネームで呼び合うと、余計に親近感が増しますね。
こうして、マトリョーシカは3人とすっかり打ち解けたのですが、集いの終り頃に、マリアの伯母であるカリンカが現われました。きっとマリアが彼女に伝えていたのでしょう。
「王女様、お元気そうで何よりです。ずいぶん楽しそうにお話ししていたようですね。“ババ”も安心しました」
「カリンカ、とても楽しかったのよ。あなたもお元気ですか」
「ええ、まあ何とかやっています。大抵のことはマリアから聞いていますから」 カリンカは久しぶりにマトリョーシカに会えて、実に嬉しそうな表情を浮かべました。

注・古い民族楽器⇒ http://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2+%E6%A5%BD%E5%99%A8&hl=ja&tbo=u&tbm=isch&source=univ&sa=X&ei=ibG1UIyQL6LPmAWI34H4Ag

 

4人の集いは一応持ち回りでということになり、次はベラ(チャスラフスカ)の家に集まりました。彼女の実家は農業を営んでいます。ついでに言うと、マリア(シャラポワ)の家は食料品や雑貨類を扱う商店で、ナディア(コマネチ)の所は林業関係の仕事をしていました。家の職業がそれぞれ違っていますね。
面倒なので、これからファーストネームで書いていきましょう。3人にはみな兄弟姉妹がいました。マリアには弟と妹、ベラには兄と弟、ナディアには姉2人と弟がいました。一人っ子なのはマトリョーシカだけです。3人とも弟がいるのに、自分は弟を死産で亡くしました。家族の話が出ると、マトリョーシカはいつも寂しく感じるのです。それもあってか、彼女は余計に3人の話に惹かれるのでした。
ベラの家はノグリキの中心地からやや離れていました。回りはほとんど農地です。彼女の家は農家ですから、ベラもよく農作業を手伝っていました。このため、顔は優美で女性的ですが、体はけっこう筋肉質で4人の中では最も力強かったでしょう。また、ベラは手芸が得意で、編み物や刺繍はもとより人形細工にも手を出していました。今日は音楽演奏を後にして、3人がベラの“手芸品”を鑑賞したのです。
「とても素敵だわ。ベラ、私にも教えて」と、マトリョーシカが感嘆の声を上げました。「ええ、マトリョーシカ、いつでも教えますよ」 ベラが笑って答えましたが、他の2人はこれまで彼女から時々教わっていたのです。でも、手先の器用さではやはりベラが一番だったでしょうね。
手芸の話から4人のおしゃべりが続きましたが、マトリョーシカは農業のこともいろいろベラから聞きました。王宮で家庭教師から聞くのと違って、彼女からは実用的な話がいくつも聞けたのです。

いい加減に話し疲れたからか、ようやく音楽の演奏に移りました。今日もマトリョーシカがぜひ聞きたいというので、3人は楽器を用意していました。この前は民謡が多かったのですが、今日は庶民の間で流行っている楽曲が主です。マトリョーシカがむろん知らない音楽なので、彼女は興味津々聞いていました。
そして、音楽の時間が終わろうとする頃、居間の向こうから1人の青年が現われたのです。彼は「やあ、こんにちは」と声をかけただけで立ち去りました。ベラの兄のアレクサンドルです。彼は妹の友だちが来ているので、軽く挨拶したのでした。もちろん、マリアやナディアとは顔見知りでしたが、まさか王女のマトリョーシカが来ているとは思ってもみなかったでしょう。妹はこのことを兄に“内緒”にしていましたからね。アレクサンドルは、たぶん新顔の友人が来たのだと思ったはずです。
ところが、マトリョーシカははっきりとショックを受けました。何と端正な顔立ちでしょうか! それに背が高くて、日頃の農作業のせいか筋骨たくましい好青年だったのです。

 マトリョーシカが動揺したのを3人は感づきましたが、知らん顔をしていました。「今の人、お兄さん?」と彼女が聞いても、ベラは小声で「ええ」と答えただけで、後は何も語りません。兄の名前も言いません。 もし、王女がアレクサンドルに好意を持ったとしたら、これは由々しきことになるかも・・・と考えたのでしょう。それに、マリアもナディアもアレクサンドルに好感を抱いていたのです。
やがて4人の集いは終わりました。マトリョーシカとマリアは王宮へ戻りましたが、その間、2人ともアレクサンドルの話は避けて、他の話題ばかりを口にしていました。なかなか微妙なものですね(笑)。 一人きりになると、マトリョーシカは今日の楽しい集いを振り返りましたが、どうしてもアレクサンドルの面影が脳裏に浮かんでくるのです。
あんなに素晴らしい青年を見かけたことはありません。王宮にも、重臣らの息子で素敵な青年が現われたりしますが、場所柄をわきまえているのか、マトリョーシカは個人的に好意を持つことはありませんでした。ところが、今日はベラの家でアレクサンドルを見かけたのです。心が開かれていたせいか、18歳の乙女心なのか、彼女は彼から強烈な印象を受けたのでした。これは“初恋”かもしれません。

4人の集いは、今度はナディアの家で行なわれました。彼女の父は林業関係の仕事をしているので、その家は他よりも遠い所にあったのです。ナディアは幼い頃から山野を駆け巡っていたせいか、運動神経は抜群でした。その点は、運動が好きなマリアよりも上だったでしょう。とにかく、活動的な娘だったのです。
4人は郊外の景色を眺めながら散策を楽しみました。サハリンの風景は良いものですね。散歩を終えると家に戻り、また例のおしゃべりが始まります。今日は音楽の演奏をしないので、十分に会話が楽しめます。ナディアがこの辺の地形や特色などを熱心に説明しました。彼女も父の仕事を手伝っているのです。
生活や身近な話がどんどん出てきます。マリアら3人は女の子の生理、月経などの話を自由にしますが、これにはマトリョーシカがやや戸惑いました。でも、王宮で「家庭教師」から聞くものよりは参考になったと思います。
次はどこに集まろうかと相談した結果、王宮はやはり堅苦しいので止めて、またマリアの家にしようということになりました。

 マトリョーシカが民間の娘たちと付き合っていることは、王室関係者にも評判になりました。ある日、ソーニャ王大后とカチューシャ王妃が心配したのか、彼女を呼んで話を聞いたのです。
「マトリョーシカ、あなたは庶民の娘たちと交際しているようだけど、まったく問題はありませんか」 ソーニャ王大后が聞きました。
「ええ、まったく問題がないどころか、とても楽しくていろいろ勉強にもなります。これからも続けていくつもりです」
「まあ・・・ 私たちがあなたの歳の頃は、そんな庶民と付き合うなんて考えられなかったことですよ。時代が変わったのかしら」 カチューシャ王妃が驚いたような表情を見せました。
「時代が変わったこともあるでしょうが、これは私の一存でやっていることですから、どうぞご心配なさらないようにしてください。お婆様方や国王陛下には決してご迷惑をおかけしません。どうぞ、マトリョーシカのやっていることを見守ってください」 凜とした答えに、お婆様方はもう何も言えなくなりました。可愛い孫娘の生き方を見守るしかありませんね(笑)。

 マリアの家へ遊びに行く日がきました。今日は彼女たちの男友達もやって来るそうです。マトリョーシカは何か浮き浮きした気分で、マリアと共に王宮を出ました。家に着くと、ベラとナディア、それに4人の男の子が待ち構えていました。彼らも“王女”が来ることを知っていたので、どこか緊張した様子です。
「どうも、お待たせ~。さあ、楽しくやりましょう」 マリアが屈託のない明るい声で呼びかけたので、男の子たちの緊張感が少しほぐれました。ベラもナディアも浮き浮きした感じで彼らに話しかけます。マトリョーシカも人なつこい笑顔を浮かべて男の子たちに話しかけました。彼らはみな18歳から19歳です。
座はいっぺんに和やかになり、若い男女の集いとなりました。やがて、音楽の“祭典”の始まりです。曲に合わせて踊る子も出てきました。マトリョーシカも見よう見真似で踊ります。みんなで歌ったり踊ったりするうちに、時間はあっという間に過ぎました。
踊り疲れてまたおしゃべりが始まりますが、男の子との会話は素敵だな~と、マトリョーシカは思いました。女の子と違って、あまり無駄なことは言わないのです。女の子は話がどんどん広がっていくきらいがありますが、男の子のは的確で要を得ている感じがします。
マトリョーシカはふと、お婆様方のことを思い出しました。こうして男の子とも自由に話しているのを見たら、お婆様方は何と思うだろうかと考えると、おかしくなって苦笑したのです。

 マリアの家で楽しく歌ったり踊ったりした後、マトリョーシカは一日も早くベラの家へ行きたいと思いました。それは、またアレクサンドルに会えるのではという期待があったからです。マトリョーシカはいつも彼のことを想っていましたが、このことは誰にも口外しませんでした。もしマリアらに話したら、友人関係がおかしくならないかと心配したからです。胸にじっと秘めた想いでした。
そんなことを考えているうちに、思わぬ話が持ち上がりました。ヤマト帝国にいる叔母のナターシャから、ぜひ早くいらっしゃいという便りが届いたのです。そう言えば、ナターシャがこの前サハリンから帰国する時に、「あなたが王位に就く前に、ぜひ一度ヤマト国にお出でなさい」と言われましたね。思わぬ話と言いましたが、楽しい交友を続けているうちにマトリョーシカはそのことを忘れていたのです。まさか、こんなに早く“招待状”が来るとは思っていませんでした。
早速 ツルハゲ王に相談すると、王位に就く前の方が気楽に行けるからぜひ訪問してこいとのことです。マトリョーシカはもちろん外国に興味があったので、すぐにヤマト国行きの準備を始めました。
その一方で、ベラの家に遊びに行く日がきました。今日も男友だちが何人かいて、楽しい集いになりそうです。マトリョーシカがマリアと連れ立って訪れると、ベラとナディアが出迎えてくれました。
この前と同じように、歌ったり踊ったりおしゃべりをしているうちに、時間はあっという間に過ぎましたが、期待していたアレクサンドルはいつまで経っても現われません。「兄さんはどうしたの?」とベラに聞きたくなりますが、マトリョーシカはじっとこらえていました。結局、アレクサンドルに会えないまま、彼女は王宮へ戻ることになったのです。残念でした。

やがて、ヤマト帝国を訪問する日がきました。ナターシャの計らいで、特別の“気球”がマトリョーシカを迎えに来たのです。彼女はマリアを伴ってそれに乗り込みましたが、ヤマト国自慢の気球にわくわくどきどきです。 
ノグリキの王宮を出発すると、絶好の天気にも恵まれ気球はどんどん上昇しました。「わあ~!」と、マリアが歓声を上げます。やがて水平飛行に移り、眼下にサハリンの美しい景色が広がりました。
「マリア、あれをご覧! ナディアの家が見えるわ」「マトリョーシカ、素敵だわ~ まるで夢みたい!」 2人の少女は大喜びです。こうして、彼女らは初めて気球に乗り、一路 南下しながらヤマト帝国へ向かったのです。


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