武弘・Takehiroの部屋

万物は流転する 日一日の命
“生涯一記者”は あらゆる分野で 真実を追求する

血にまみれたハンガリー(5)

2024年02月25日 03時11分47秒 | 戯曲・『血にまみれたハンガリー』

第八場(ブダペストの勤労者党本部会議室。 ゲレー、ナジ、カダル、アプロと、ミコヤン、スースロフがテーブルを挟んで座っている)

ミコヤン 「先ほどから話しを聞いていると、軍隊までが民衆の側に立って、秩序維持に乗り出したソ連軍に対抗しているではないか。 これでは、党と政府が何かしようとしても、何も出来ない状況だ。 しかも、民衆の暴動はブダペストだけでなく、ハンガリー全土に一挙に拡大しそうな気配となっている。 ゲレー第一書記、こうした事態になって、一体、勤労者党は何が出来るというのか」

ゲレー 「正直言って、全くお手上げの状態だ。 ソ連軍に長く駐留してもらっても、秩序が回復するかどうか疑わしい。私としては、出来るだけのことはしてきたつもりだが、施す術(すべ)もないといった感じだ」

スースロフ 「民衆は、あなたを代表とする勤労者党を、もう全く相手にしていないではないか。 軍隊までが離反してしまったのでは、万事休すだ。治安警察とソ連軍だけで、拡大する民衆の暴動を抑えられると思っているのか」

ゲレー 「出来るだけやってみるしかないだろう。 今の私には、そうするしか他に道はないのだ」

ミコヤン 「はっきり言わせてもらおう。 フルシチョフ第一書記を始め、われわれソ連共産党政治局の全員は、こうした“断末魔”のハンガリー情勢を回復するためには、もはや、あなたに勤労者党を預けておくわけにはいかないという結論に達したのだ」

ゲレー 「何を言われるか! 私だって、全力をあげて事態の解決に当たってきたのだ」

スースロフ 「あなたの努力は分かっている。しかし、ハンガリー国民の大多数が、あなたに代表される勤労者党を全く支持していないことは明白だ。 この際、あなたは潔く第一書記の職務を離れたらどうか」

ゲレー 「いや、私は辞めるわけにはいかない! 私が辞めれば、事態は一層悪化するかもしれない。 暴徒達はますます勝ち誇って、したい放題のことをするだろう」

ミコヤン 「いや、その逆だろう。あなたが辞めれば、暴徒達を少しでも鎮静化させることができる。 われわれも好き好んで、軍隊をブダペストに進駐させたのではない。あなた達の要請に応えて、秩序を回復するために軍隊を出動させたのだ。

 われわれは、ハンガリー人と戦闘などはしたくない。秩序さえ回復されれば、すぐに撤退したいのだ。 ところが、第一書記、あなた達の一派が勤労者党を牛耳っている限り、一般民衆は、党や政府の言うことを聞こうとしないではないか。

 ナジ同志が首相に就任して、多少事態が良くなってくると思っていたら、かえって、ますます悪くなってきたようだ。 ハンガリー国民はもう、あなた達を全く支持していないのだ。この国の秩序と安定を取り戻すためには、残念ながら、あなたとあなたの一派に、党の要職を辞めてもらうしかない。

 そして、新しい党の指導者が、ナジ首相と協力して早急に党を立て直し、国民の要望に応えていく以外に、この国は救われないと思う。 このまま事態が更に悪化するようなら、ソ連としても黙って見ているわけにはいかない。さあ、早く決断してほしい」

ゲレー 「・・・・・・」

スースロフ 「あなたが気持良く第一書記を辞めてもらえば、われわれとしても、あなたの命と安全は責任を持って保証しましょう。 ハンガリーのためにも、又われわれソ連のためにも決断していただきたい」

ゲレー 「アプロ同志、どうすればいいと思うか」

アプロ 「もう、やむを得ませんな。お二人の意見に従い、潔く第一書記を辞める方が賢明かと思います。 この状態では、ソ連軍の力を借りても、とても暴動を鎮圧することは出来ません。混乱が一層大きくなるだけです。 第一書記が辞めれば、私も同じく責任を取って政治局から身を退きましょう。 もはや、それしかありません」

ゲレー 「そうか、君までがそう言うのか・・・」

ミコヤン 「決断してくれたか」

ゲレー 「・・・やむを得ん。辞めるしかないだろう」

スースロフ 「そうか、よく聞き入れてくれた。ありがとう」

ゲレー 「それで、私の後任には誰がなるというのだ」

ミコヤン 「そこにいるカダル同志しかいないだろう」

ゲレー 「カダル同志が?」

ミコヤン 「そうだ。政務はナジ同志に、党務はカダル同志にやってもらうしか、危急存亡の今のハンガリーを救う道は他にないと思う。 ナジ同志、カダル同志、私の考えに異論がおありだろうか」

ナジ 「私はその考えに賛成です。 カダル同志、第一書記をお引き受けしたらどうですか」

スースロフ 「あなたはまだお若いが、しっかりしているし、党員の信望が非常に厚いと聞いている。 動揺して崩壊寸前の勤労者党を立て直すには、あなたしかいないと思う。ナジ首相の協力を得ながら、党の再生のために尽力していただきたい」

カダル 「・・・・・・」

ミコヤン 「ゲレー同志、アプロ同志、あなた方にも異存はないでしょう」

ゲレー 「私は辞めるのだから、何も言うことはない」

アプロ 「勿論、異存があろうはずはありません。こういう事態になってしまっては、カダル同志に第一書記に就任してもらうしかないでしょう」

ミコヤン 「カダル同志、ここにいるわれわれ全員の意思だ。 ソ連としても、全力をあげてあなたを支援しよう。さあ、第一書記をお引き受け願いたい」

カダル 「・・・光栄です。 ナジ首相も同意してくれるのなら、若輩で未熟ながらも、党の再生のために死力を尽くして頑張ります」

ナジ 「あなたが党をまとめてくれれば、私も首相として非常にやりやすい。これからは、カダル同志と“二人三脚”でやっていきましょう」

スースロフ 「よし、これで決まった。 あなた達二人が力を合わせてこの国の混乱を治め、秩序を回復してくれるのなら、われわれはすぐに軍隊を撤収し、ハンガリーとの間に、これまで以上の平等互恵の関係を樹立するよう努力しましょう。 早速、わが政治局に報告しなければ」

ナジ 「言うまでもありませんが、ソ連軍の進駐に対しては、ハンガリーの民衆の多くが反感を抱いており、あちこちで衝突が起きています。 私とカダル同志が中心となって、混乱した事態を収拾するよう全力をあげますので、ソ連軍の撤退については、速やかに処置を取ってほしいと思います」

ミコヤン 「勿論われわれも、わがソ連軍をいつまでもハンガリーに駐留させようとは思っていません。 国際的にもすでに非難を受けているし、西側陣営が“反共”攻撃に利用していることは百も承知です。 お二人の努力で、ハンガリーが秩序と安定を取り戻せば、ワルシャワ条約で取り決められた必要最小限の兵力を除いて、即刻撤退させる考えです」

ナジ 「それを聞いて安心しました。 私としてはこれから、国民各層の意見を十分に聞いた上で、新しいハンガリーの政治体制を樹立していく考えですので、あなた方もその点は温かく見守っていただきたいと思います」

スースロフ 「結構でしょう」

ミコヤン 「勿論それでいいでしょう。 それでは、お二人とも頑張って下さい。われわれは失礼することにします」

ゲレー 「私も早速、党中央委員会を招集して、カダル同志の第一書記就任の手続きを取ることにしよう。 アプロ同志、一緒に行こう」(ミコヤン、スースロフ、ゲレー、アプロが退場)

ナジ 「やれやれ、ゲレー第一書記が退陣してくれて、これでやりやすくなった。 カダル同志、これからは私と君の二人で、ハンガリーの混乱を一刻も早く治めていかなくてはならない。ソ連軍の撤退については、ミコヤン達も早急に手を打ってくれそうだ。 問題は、民衆の要望をどのように取り入れて、新しい政治体制を樹立するかという点にある」

カダル 「今度の暴動は、ラコシやゲレーの圧政に対して、民衆の不満が爆発したものです。 あなたは出来るだけ多くの国民の声を聞き入れて、民主的な政治体制をつくり上げていくべきです。 もはや、勤労者党だけの一党支配体制では、国民は納得しないでしょう。 広く政治勢力を結集していくようなやり方を取らないと、この混乱した情勢を収拾していくことは難しいと思います」

ナジ 「同感だ。 早速、明日から、労働者や学生、文化人、一般市民の代表と会って、新しい政治体制の確立について意見を聞いていきたい。君も言ったように、勤労者党だけの支配体制はもう終わりを告げたと言ってよい。 国民の大多数が望んでいる民主的で、開かれた政治体制をつくっていかなければならない。私もそうした方向で努力していくので、君にも大いに協力してもらいたいのだが」

カダル 「勿論ですとも。 ただ注意しなくてはならないのは、国民の不満が爆発してしまったために、とんでもない要求が次々に出されてくるという心配があります。 何でもかんでも受け入れるのではなく、法外な要求に対しては、毅然とした態度で退けるという“ケジメ”が必要でしょう」

ナジ 「それはそうだ。その点は私も注意していきたい。 国民の要望を全て聞き入れるわけにはいかない。ただし、私としては、出来る限りの民主化、自由化を図っていき、ラコシ達がやってきた暗い弾圧的な政治を改めて、明るく開かれた政治をしていきたいと思う。 その点については、君にも異存はないと思うが」

カダル 「勿論ですとも。 あなたも私もこれまで、嫌というほどラコシやゲレー達に痛めつけられてきた。あんなスターリニスト官僚どもの圧政は、もうこりごりだ。 今度の暴動と政変を良い機会にして、二人でハンガリー国民が納得するような、明るく自由な、民族自決の政治を推進していかなければならない。

 そうやってハンガリーの政情が安定してくれば、ソ連だって、わが国民が反発するような馬鹿げた干渉は、もうしてこないでしょう。 勤労者党も生まれ変わり、ゲレー一派も御用済みということになる」

ナジ 「そのとおりだ。 君と私の間で、こんなにも基本的な見解が一致するとは・・・ありがとう。共に助け合ってやっていこう」(ナジが両手を差し出すと、カダルががっちりと握手する)

 

第九場(ブダペスト工科大学の一室。 メレー・オルダス、ペジャ・フェレンツ、他に4人の学生が話しを進めている)

学生一 「侵入したソ連軍に対して、労働者や学生、それに一般市民までが銃を取って戦っている。 これほどまでに、ハンガリー人が愛国の情に燃えて立ち上がったのは、歴史上かつてなかったことだ」

学生二 「しかも、25万もいるハンガリー軍は、大部分がわれわれの味方になっている。 マレテル将軍を始め、心ある軍人は皆、ソ連軍に対して矛先を向けようとしているのだ」

学生三 「ジュールを始め至る所で、労働者評議会や革命委員会が結成され、地方自治権力を確立している。これらは、いわば“コミューン”と同じものだ。 一般大衆は、そうした新しい地方自治組織に組み込まれていっており、これまでの腐り切ったスターリニスト官僚組織体制は、音を立てて崩れ落ちている。 今や全国の津々浦々で、新しいハンガリーが生まれようとしているのだ」

学生四 「そうした労働者評議会や革命委員会の声を、ナジ政権としても十分に聞き入れていかなければ、もはや新しいハンガリーの政治体制を構築していくことは出来ないだろう。 ハンガリーは真に生まれ変わろうとしている。その前には、どんなに重装備したソ連軍といえども、その力は片々たるものに過ぎない」

メレー 「たしかに、古いスターリニスト官僚体制は、今では勤労者党の一部と、治安警察が支持しているに過ぎない。 しかし、ソ連軍の力を過小評価することは、非常に危険だと思うがどうだろうか」

学生一 「そんなことはない。 ポーランドでも、共産党を中心に労働者、人民が一致結束してソ連軍に対峙したからこそ、“露助”どもはなんら策の施しようがなかったではないか。  ハンガリーも勤労者党と労働者評議会、革命委員会が団結して当たれば、ソ連軍などは粉砕されるに決まっている。 しかも、一般大衆や労働者は日一日と、評議会や革命委員会のもとに結集してきているのだ」

ペジャ 「ただソ連としては、ポーランドで一敗地にまみれた苦い経験から、ハンガリーだけは何がなんでも抑え込もうと考えている節がある。 われわれがナジ政権のもとに、強固な団結を保っていくことが出来れば、ソ連に乗じられる隙はないだろう。 

 しかし、小地主党や社会民主党などが、ありとあらゆる勝手な要求を持ち出してきて、ナジ政権の足並みを乱していくと、ソ連に口実を与えて、付け込まれる危険が生じてくるような気がするんだ」

学生二 「なに、小地主党や社会民主党などは過去の遺物にすぎない。 それより、ナジ政府が、労働者評議会や革命委員会の要望を次々に受け入れて、一大国民戦線を結成すれば、ソ連だって勝手な干渉をすることは出来ないはずだ」

メレー 「しかし、地方の革命委員会はすでに、ハンガリーの中立化ワルシャワ条約からの脱退を叫び始めているじゃないか。 余りに急激に、それらの要求を政府に押し付けていくのは、ナジ政権を窮地に追い込むことになりはしないだろうか」

学生三 「メレー、君だって、ハンガリーの真の自由と独立を望んでいるのだろう? それなら、こうしてハンガリー人民が立ち上がった今こそ、自由と独立を勝ち取る願ってもないチャンスではないか。 今、少しでも臆病になったり、日和見的になったりすることは、われわれの勝利のチャンスを永久に失うことになる。押して押して、押しまくるしかないだろう」

学生四 「そうだ。 ナジは、われわれの要求や願望を、最も誠実に受け止め実行する男だ。カダルだって、全面的にナジに協力しているじゃないか。 ハンガリーにとって、これほど素晴らしい指導体制は今までになかったことだ。 表向きは、秩序の回復や職場への復帰を、ナジ政権は呼びかけている。

 しかし、国民の大多数がわが国の中立化、ワルシャワ条約からの脱退、ソ連軍の完全撤退を強く求めていけば、ナジもカダルもそれらの要求を受け入れて、ソ連に当たっていくしかないだろう。 現に、ソ連軍の撤退について、ナジ政権はすでにモスクワ方と交渉を始めているじゃないか。 ハンガリーの自由と独立を本当に勝ち取るのは、今をおいて他にチャンスはないはずだ」

ペジャ 「それはよく分かる。しかしだね、ハンガリーの中立化やワルシャワ条約からの脱退まで持ち出すと、モスクワが黙って見ているだろうか。 ポーランドの場合は、ゴムルカ政権がそこまで要求しなかった。

 あくまでも、社会主義陣営に留まった上での民主化や自由化、民族的自決を打ち出したに過ぎない。だからこそ、ソ連は不承不承、ゴムルカの要求を受け入れたわけだ。 ハンガリーが社会主義陣営から離脱することを、ソ連は黙って認めるだろうか」

学生一 「ユーゴを見たまえ。 チトーはコミンフォルムから追放されながらも、厳然としてユーゴの独立主権を守り抜いたではないか。 ユーゴに出来たことが、ハンガリーに出来ないわけはない。ワルシャワ条約などというものは、東ヨーロッパ諸国を、ソ連の衛星国にしようというものに過ぎない。

 そして、西側諸国との戦争に衛星国を駆り立てようというものだ。 そんな条約に、ハンガリーがいつまでも組み込まれていて良いと君は言うのか」

ペジャ 「そうは思わない。 しかし、ワルシャワ条約から脱退するとなると、ソ連との戦争も辞さないという覚悟がいるぞ。それだけの力が、今のハンガリーにあるだろうか」

学生二 「君は“臆病風”に吹かれてしまったのか。 ナジ政府は今や、ソ連軍撤退の交渉を始めているじゃないか。 それに、ここ数日、勇敢なわがハンガリー人民の英雄的な戦いによって、ソ連軍は至る所で大損害を蒙っていると聞いている。 ソ連は、ポーランドへの軍事介入を諦めたではないか。

 もし、ソ連軍が本格的にハンガリーに侵入してきたら、国際世論だって黙っていないはずだ。西側諸国だって、手を拱(こまね)いて見てはいないだろう。 ハンガリーの独立を守るために、西側からの義勇軍さえ期待できる状況なのだ。 それに、何と言っても、わがハンガリー人民が一致結束してソ連軍に当たれば、必ず露助どもを追っ払ってやることができるはずだ」

学生三 「そのとおりだ。 われわれブダペストの学生自治会も、ジュールやセゲドの学生達に負けないように、明日、ナジ政府に対して、いろいろな経済的、文化的要求の他に、ハンガリーの中立化、ワルシャワ条約からの脱退の申し入れをすることになっている。

 ナジ政府もわれわれの強い要望を受けて、かえって勇気づけられ、ソ連に対し毅然とした態度で臨むことができるわけだ。 それこそ、われわれの望む所ではないか」

 

第十場(ブダペストの勤労者党本部の会議室。 ナジ、カダル、アプロ)

ナジ 「毎日、朝から晩まで、労働者評議会や革命委員会、ペテフィ・サークルなど知識人グループ、学生自治会の代表達と会って、彼らの要求を聞いていると、正直言って疲れてくる。 彼らは次から次へと要求を出してくる。それに、小地主党や社会民主党の人達までが、いろいろと圧力をかけてくる。

 それらの要求や圧力をいちいち受け入れていたら、とてもわが政府は持ち堪えられないだろう。 しかし、私は出来るだけ彼らの要求を尊重して受け入れ、新しい政治体制の中に取り入れていきたいと思う。 それこそ、ハンガリーが自由で、民主的な国家として生まれ変わることになるのだから」

カダル 「勤労者党の一党支配など、もはや国民は許さないでしょう。 いろいろな政党を組み合わせた連立政権の樹立こそが、混乱したわが国を安定させていくためには、緊急に必要なことだと思う。 しかし、ハンガリーの中立化やワルシャワ条約からの脱退などの要求に対しては、慎重に対処すべきでしょう。

 あなたが、国民各層の意見を十分に聞いていこうという姿勢は、極めて民主的で公正なものだと思うが、そこには、おのずから“ケジメ”というものが必要でしょう。 旧地主や反動分子の言うことまで受け入れていては、社会制度自体が、昔のホルティ体制に逆戻りしてしまう危険がある。 その点は、十分に注意していかないと」

ナジ 「それは勿論そうだ。ホルティ体制に逆戻りさせようなどとは、誰も考えてはいないだろう。 そんな不純な反動分子の言うことは、もちろん退けていかなければならない。 しかし、私自身はいくら骨を折ろうとも、国民の多くの正しい意見は出来るだけ聞き入れ、民主的な政体を創っていきたい。 行き過ぎがあれば、その都度、あなた方のチェックを受けたいと思う。

 それにしても、今のハンガリー国民の、新しい政治体制を創り出そうという情熱には、頭が下がる思いだ。 連立政権を樹立して、より広い範囲の国民の代表を新政府に迎え入れることに、第一書記もアプロ同志も異存はないでしょうな」

カダル 「それは先ほども言ったとおり、異存はありません」

アプロ 「私も賛成です。 それがハンガリーの再生と、秩序回復に役立つのであれば」

ナジ 「ありがとう。それでは一両日中に、連立政権樹立の政府声明を発表し、小地主党や社会民主党の代表にも入閣してもらうことにしよう。 第一書記、あなたにも国務大臣として入閣してもらいたいが」

カダル 「了解しました」

ナジ 「国民の多くの階層の代表が新政府に参加してもらえば、それだけ政権は安定し、国民の不満も解消されて治まっていくでしょう。 そうした民主的な政権こそ、最も柔軟性があり、長続きするはずだ」 

カダル 「この際、勤労者党も生まれ変わるべきでしょう。 長い間のラコシ、ゲレー体制によって、勤労者党は国民大多数の信頼を失ってしまった。労働者評議会や革命委員会の声を十分に取り入れて組織を立て直し、名称も“社会主義労働者党”と変えて、再出発すべきであると思うがどうですか」

ナジ 「それは素晴らしい。 勤労者党の古臭いスターリニスト官僚政党のイメージを、一新する必要がある。第一書記の考えに大賛成だ。 党も新しく生まれ変わるために、ハンガリー社会主義労働者党と改称するのは、大変結構なことだと思う」

アプロ 「私も賛成だ。その点については、すでに第一書記とも話しが付いている」

ナジ 「アプロ同志、あなたも結局、ゲレー一派と手を切ってもらって、私も喜んでいる。 あなたのような党務のベテランが、第一書記を助けて党の再建に尽力してもらえれば、私としても非常に心強い。よろしく頼みますぞ」

アプロ 「承知しました。 ただ、総理、さっきも第一書記が言われたように、連立政権の樹立は結構だが、わが国の中立化とワルシャワ条約からの脱退については、慎重に対処してもらいたいのです。 

 いかに多くの国民がそれを要求してこようとも、ハンガリーが中立国となり、ワルシャワ条約から脱退することになると、今のところ柔軟で大人しく見えるソ連といえども、黙ってはいないでしょう。 今度こそ、本気で軍事介入してくるかもしれない。その点は、十分に注意してもらわないと・・・」

ナジ 「分かっています。その点は十分に配慮しましょう。 国民各層の意見をよく聞いた上でないと、軽々しく結論は出せないでしょう。ただ、ハンガリーが本当に自由で独立した国になるためには、中立に踏み切ることも覚悟しておかなければならないと思う」

カダル 「問題はソ連軍の撤退だ。 必要最小限の軍隊の駐留は、ワルシャワ条約から言ってやむを得ないが、24日に侵入してきたソ連軍の大部分が、まだハンガリー領内に留まっているのが現状です。こんな状態が続けば、ハンガリー人は誰でも反ソ的になり、ますます過激な方向に突っ走ってしまう恐れがある。 ソ連軍の撤退交渉を早く実らせないと、問題を一層こじらせることになりかねない」

ナジ 「撤退交渉は、マレテル将軍をわが方の代表に立てて、行なっているところだ。 ミコヤンもスースロフもこの前、色よい返事をしてくれたので、上手くいくと思うのだが」

カダル 「いくらハンガリーが社会主義陣営の一員だとはいえ、ソ連が長期にわたって、大部隊をわが国に駐留させることは許せない問題です。 モスクワに対して、毅然とした態度で臨んでいただきたい」

アプロ 「私も同感だ。 総理、しっかり頼みますぞ」

ナジ 「任せてもらおう。 早急に撤退を実現させるつもりだから」


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