武弘・Takehiroの部屋

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明治17年・秩父革命(2)

2024年02月20日 02時38分35秒 | 戯曲・『明治17年・秩父革命』

第3場[8月中旬、上吉田村にある高利貸し・山中常太郎の家。 常太郎と妻のヨネ。]

ヨネ 「あなた、借金をした農民がきょうも何人かやって来て、ご主人に会わせてくれとか、返済を延期してほしいなどと言ってきましたよ」

常太郎 「まったく困ったものだ。 返済は延期できないと、この前はっきりと言っておいたのに。ほんとに図々しい奴らだな。借用証書にも返済期限がちゃんと書いてあるじゃないか」

ヨネ 「1年とか2年の年賦払いにはできないのですか?」

常太郎 「それは無理だ、そんなことをしている仲間はいない。もしそんなことをしたら、同業の連中に迷惑をかけることになる。 借りたものをきちんと返すのが、当り前じゃないか。それに、仮りに年賦払いに変えたところで、あいつらはまた返済を延ばしてくれと泣きついてくるに決まっている。だらしない奴らだからな」

ヨネ 「あなたの言うことは分かりますが、でも、ますます怨みを買うばかりですよ」

常太郎 「それは仕方がない。こっちだって、遊びや物好きで金貸しをやっているわけではない。きちんとした商売なんだ。 こっちだって生活がかかっているんだ」

ヨネ 「それは分かりますが、周りの人達はあなたのことを“強欲ジジイ”などと陰口をたたいているんですよ」

常太郎 「勝手に言わせておけ!」

ヨネ 「何と言われようとも私は覚悟しています。でも、あなたの身に、もしものことがあったら大変ですからね。 先日も大宮郷で、金貸しの人が斬られて大ケガをしたばかりです」

常太郎 「ああ、何件も起きているよ、殺されたのもいるんだ。 だから、わしだって外出する時はいつも刀を身につけているんだ。刃傷沙汰に屈してたまるか」

ヨネ 「物騒な世の中になってきましたね。 この前も、わが家の塀に『強欲ジジイは死ね!』という張り紙がしてあったのですよ」

常太郎 「放っておけ、警察にはちゃんと届けてある」(そこに、娘のハツが部屋に入ってきて座る。)

ハツ 「お父さま、お母さま、お話ししたいことがあります」

常太郎 「なんだ、急に改まって」

ハツ 「はい、実は私、決心致しました」

常太郎 「ということは、小鹿野(おがの)の横井さんの所へ嫁入りに行くということだな」

ハツ 「いえ、それは無いことにして下さい」

常太郎 「なんだと、馬鹿な」

ハツ 「いろいろ考えましたが、私は嫁には行かず、東京へ出て勉強をしたいと思っています」

常太郎 「馬鹿! 何を言ってるんだ」

ヨネ 「ハツ、それは本当なの?」

ハツ 「ええ、本当です。 お父さま、お母さまにはご心配をかけるかもしれませんが、それがハツの本心ですので、どうぞお許し願いたいと存じます」

常太郎 「駄目だ、駄目だ! 何ということを言うのだ、お前は」

ヨネ 「一体、どうしてそんな考えを持つようになったのです?」

ハツ 「はい、実は友人の松本カヨさんが先だって東京へ立ちまして、いま“女医”になるため医学校に通って勉強しています。 カヨさんからの便りによりますと、いま多くの女子が希望を持って、いろいろな学校で勉強に励んでいるということです。 御一新となって文明開化が進む中、これからは日本の女子も大いに勉強して、世の中の役に立つよう努力すべきだと彼女は言っています。 私、カヨさんの便りをいただいて胸が熱くなりました。私、このままで終りたくないのです。 ですから、どうか私を東京へ・・・」

常太郎(ハツの言葉をさえぎって)「駄目だ、駄目と言ったら駄目だ! 女が勉強して何になる! 馬鹿な考えはよせっ!」

ヨネ 「女医って、医者のこと? お前は女医さんになりたいの?」

ハツ 「いえ、私はカヨさんと違って、学校の教師になりたいのです。そのために、勉強して東京女子師範学校を受験したいと思っています」

常太郎 「なんだと、女は教師にも医者にもなる必要はない! お前は幾つになったというのだ、もう18歳ではないか。 早く嫁に行って子供を産むのが当り前じゃないか。一体、何を考えているんだ。東京へ行くなんぞ、もってのほかだ。まかりならん!」

ハツ 「女が勉強して悪いのですか?」

常太郎 「なんだ、その言い方は。それが親に対する言葉か、この親不孝ものめ! もう話しにならん、俺は寝るぞ!」(常太郎、憤然として部屋から出ていく)

ヨネ 「私も、お前に早く嫁に行ってほしいと思うのだけどね。 あのカヨさんは、お前の親友だし良い人よ。でもカヨさんに影響され過ぎたのでしょ?」

ハツ 「ええ、確かにそれもあるかもしれません。でも、私は前々から勉強が好きだったし、お嫁に行く以外にも何か道はないかと考えていました。 それが、カヨさんの便りではっきりと決心がついたのです。ですから、どうか東京へ行かせて下さい」

ヨネ 「どうしても東京行きが駄目だとなったら、どうするの?」

ハツ(きっぱりと)「私は家を出て行きます」

ヨネ 「そんな・・・困ったものだね。 わが家は外からは負債農民に責められるし、内からは娘に反抗されるし、この先、一体どうなるのだろう」 

 

第4場[8月下旬、小鹿野町(おがのまち)裏の和田山の山林に、100人ほどの農民が集まっている。 その中心に加藤織平、高岸善吉、落合寅市、坂本宗作、日下藤吉らがいる。]

加藤 「先ほどから言っているように、高利貸しへの陳情はそれぞれが個別に進めてほしい。 私ら4人は皆さんを代表して、これまでどおり郡の役所や警察へ請願に行く」

農民1 「高利貸しにいくら話しを持って行っても、ラチが明かない場合はどうするのですか?」

加藤 「連中に圧力をかけ続けることが大切なのだ。 いずれ、高利貸しの代表にわれわれが直(じか)談判する時がくる。それまでは、至る所で個別に高利貸しに圧力をかけていくのだ」

農民2 「正直言って、もうやってられませんよ! どんなに言っても、あいつらは折れてこない。うちも破産寸前なんですよ。ぶっ殺してやりたいくらいだ!」

高岸 「いやいや、暴力は駄目だ。 いくら相手が憎いからといっても、いま暴力をふるえば警察に逮捕されるだけだ。“当分”は話し合いで、連中を説得していくことが大事なのだ」

農民3 「そんなことを言っても、少しも良くなりそうもないですよ。わしはもう夜逃げしたいくらいだ。 このままじゃ、どうしようもないというのは皆が分かっていることでしょ」

農民4 「うちは、娘を売り飛ばそうかと思っている。だって、やってられないんだ! 来月には破産して、田畑を全部持っていかれるんだぜ。もし娘を売るようになったら、俺はあの吉川(注・高利貸し)の“強欲ジジイ”の家に火を放って叩き壊してやる!」

落合 「まあ、待て。諸君の怒りや憎しみは痛いほど分かる。 俺だって、どれほど腸(はらわた)が煮えくり返っていることか。爆発する時はいつでも爆発する。 しかし、今はまだそういう時ではない。われわれの運動を盛り上げていって同志を集め、いずれは群馬県や長野県、神奈川県、はては関東一円の農民達にも呼びかけて“世直し”を実行していくのだ。 皆が苦しんでいる。だから、皆が必ず世直しに立ち上がる時が来るのだ」

農民5 「じゃあ、自由党は何をしているのですか。あなた方も自由党員でしょ? 何もしてくれてないじゃないですか。国会の開設が決まっているから、もう役目は終ったというように何もしようとはしない。 自由党は苦しんでいる農民のことを忘れたのですか!?」

坂本 「そんなことはない。いや、ないはずだ。 しかし、もし自由党本部がわれわれを見捨てるならば、その時こそは、われわれがそれを乗り越える新しい組織、闘う党をつくっていくだけだ。そういう覚悟を持って闘っていこう!」

藤吉 「皆さん、私は若輩ものですが、いま坂本さんが言われたように、自由党がもし何もしようとしないのなら、私達が新たに闘う党をつくって立ち上がるだけです。自由民権運動の旗頭になるのです。 その担い手は皆さんであり、その運動は広く国民の中に浸透していくでしょう。そういう新しい時代が来ているのです。 自由民権運動は、あのフランス大革命の精神であった自由、平等、博愛の理念をわが国にも実現しようというものです。そういう理想を持って、私達は闘っていかなければならない。 フランス大革命を準備した思想家、ジャン・ジャック・ルソーは・・・」

農民6 (藤吉の演説をさえぎって)「おい、ちょっと待ってくれ、若いの。 俺達はいま、高利貸しや役所、警察などへの闘いをどうするか議論しているんで、そんな勿体ぶった話しをしているんじゃない。あすにも破産するというのが何百人もいるんだ! それをどうするかというので集まったんだ」

藤吉 (ムッとしながら)「私の家だって破産寸前なんです!」

加藤 「分かった分かった。(藤吉を制しながら笑う) 諸君、日下君は若いので勘弁してやってくれ。彼もやる気満々なのだ。きっとわれわれの良き同志として、諸君と共に闘ってくれるだろう。 そこで、今後の闘争方針だが、こういう山林集会を次々に開いていこうと思う。次はどこが良いのか・・・」(その時、周囲で警戒に当っていた警察官10人ほどが登場)

警官1 「おい、いつまで集会を続けるのか。 政治的集会は警察に届け出が必要なんだぞ。これは無届けの集会である!」

加藤 「いや、これは政治的な集会ではない。農民達が自主的に集まっただけだ」

警官2 「何を言うか! さっきから聞いていれば、自由党がどうの、フランス革命がどうのと政治的な話しをしていたではないか。無届けだから、明らかに『集会条例』に違反する。直ちに解散しなさい!」

加藤 「それは、話しのついでに出てきた“些末”なことだ。われわれは、合法的な請願行動や陳情をどうするか話し合っていたのだ。どこも悪い所はない!」

警官3 「いや、明らかに政治的集会だ。 われわれは君達の発言を全て記録している。これを上司に報告すれば、政治的集会と判断されるに決まっている。集会条例第6条によって、直ちに解散しなさい」

加藤 「ふん、何かというと集会条例だな。分かったよ、きょうはこれで“閉会”としよう」

落合 「これは政治的集会でも何でもない。ただ生活をどうするか、借金対策をどうするか話し合っていただけだ。これからも、どんどん開いていくぞ」

警官4 「早く解散しなさい!」

坂本 「ふん、俺達の暮しがどんなに苦しいか、分かっているだろう。それなのに、警察は全く知らんふりをしている。警察は民衆のためにあるのではないのか! まあ、きょうはこれで“お開き”としよう。あばよ! さあ、みんな、帰ろうとするか」(集会の参加者、全員が退場)

 

第5場[9月初旬、石間村にある加藤織平の家。 加藤の他に、高岸善吉、落合寅市、坂本宗作。そこへ、井上伝蔵が部屋に入ってくる。]

井上 「やあ、お待たせしました」(井上が4人の前に座る)

加藤 「井上さん、お久しぶりです。きょうは、これまでのわれわれの運動の報告と今後の取り組みについて、じっくりとお話ししたい」

井上 「結構ですね、風雲急を告げてきましたな」

高岸 「そのとおりです。先日、和田山で集会を開いたところ、予想以上に多くの農民が集まり盛り上がりました。 警察が来て解散させられましたが、何とかしなければという熱気で“ムンムン”してましたよ」

井上 「それは良い、いよいよ秩父全体が立ち上がる時が来ましたね」

加藤 「そこで相談なのですが、これまでの自由党という“枠内”での運動では、収まりきらないほどエネルギーが高まっているのです。 正直言って、党本部は何ら適切な方針をわれわれに示してこない。大井先生もただ、あなたに蜂起は止めるようにと言ってきただけと聞いていますが」

井上 「そうなんですよ、大井先生はそれしか言ってこない。暴挙は慎めということでしょう」

落合 「それがおかしい。井上さん、秩父の農民はもう限界に来ているんですよ。 党本部がはっきりとした指針を示さなければ、われわれはどうすれば良いのですか。まさか、運動を収束せよということではないでしょうね」

井上 「そういうことではないでしょう。しかし、党本部はいま、改進党攻撃に躍起となっていたり、全国10万円の資金カンパに全力をあげようと言っているだけです。 地方の運動には、何の方針も示そうとはしていません」

坂本 「それでは話しになりませんな。そんな党には、もう頼ることはできない」

井上 「私もそう思います。 聞くところによりますと、政府の弾圧が厳しいので、ひとまず党を解散して出直したらどうかという意見も出ているのです」

高岸 「そんな・・・そんな無責任なことがあるか! われわれを“見殺し”にする気なのか」

落合 「冗談ではない! われわれが一所懸命やってきたというのに、解党するだって? そんな自由党だったら、もう当てにはならない!」(5人が暫く沈黙する)

加藤 「いまの話しを聞いていると、自由党はもはや頼りにならないということだね。あとは、われわれ自身の力で何とかしなければならんということだ」

井上 「そういうことでしょう。私も党本部へ話しを上げるのが嫌になりました」

坂本 「それならば、われわれで闘う党をつくろう。秩父困民党と言ったようなものを」

高岸 「そうだ、それしかない。秩父困民党をつくろう!」

落合 「俺も賛成だ、新しい党をつくろう。運動を収束して、農民達を裏切るようなことは絶対にできない!」

加藤 「私も賛成だ、新しい党をつくって闘いを進めていこう」

井上 「私も同じ意見です。 ただし、そうする場合、新党をまとめる“党首”が必要となります。加藤さん、それはあなたが引き受けてくれますね?」

加藤 「いや、私では相応しくない。私は陰にいる方が、何かと働きやすくて良いのだ。 もう少し年長で、人望のある人を党首に据えるべきだと思う。私は党首という“柄”ではない、きっぱりとお断りします」

坂本 「それならば、誰か他に良い人はいるのだろうか?」

井上 「加藤さんがお断りになったのなら、年長で人望のある人と言えば一人しかいません」

高岸 「それは誰ですか?」

井上 「大宮郷の熊木にいる田代栄助さんです。もう50歳を超えていますが」

加藤 「ああ、あの人なら知っている。田代さんなら党首に持って来いの人だ。 実は私もいろいろ考えていて、こういう事態になるなら、田代さんのような人が一番良いと思っていた」

高岸 「田代さんって、どういう人です?」

井上 「“侠客”ですよ、親分肌の人で子分が何百人もいる。強きをくじき弱きを助ける典型のような人です。 仕事は一応、養蚕業ですが以前、自由党に入ろうとしたこともあります」

落合 「俺も知っている。田代さんは他に“もぐり”で代言人の仕事もしているから、大勢の人が世話になっているんだ」

坂本 「それなら人望もあるし、党首に最適任ではないですか」

加藤 「そうだ、最適任だ。田代さんを党首にいただこう」

落合 「大賛成だ。早速、田代さんにその旨お願いに行かなければならない。どうします?」

井上 「私が“言い出しっぺ”だから行きますが、できるだけ多くの人で説得した方が良いでしょう」

加藤 「そうしよう。まず、井上さんに行ってもらって話しをし、その後、われわれ全員で田代さんを説得しよう。 秩父の現状がどうなっているかは、田代さんも良くご存知のはずだ。窮民を一緒に助けようと言えば、義理と人情に厚いあの人ならきっと引き受けてくれるに違いない」

高岸 「賛成です、私も田代さんにお願いしましょう」

坂本 「私もだ」

落合 「困民党が人望のある新しい党首を迎えれば、ますます団結を固めて闘うことができるだろう」


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