武弘・Takehiroの部屋

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サハリン物語(11)

2024年04月22日 03時45分05秒 | 小説『サハリン物語』

その頃、ロマンス・シベリア軍は首都のノグリキに迫っていました。何ヶ月も前、カラフト・ヤマト軍に包囲されていた時と全く逆の形になったのです。スパシーバ王子はヤマト帝国の“政変”をまだ知りませんでしたが、ヒゲモジャ王と共に和平への工作を考えていました。その結果、頃合を見てイワーノフ宰相をロマンス側に派遣し、ツルハゲ王の意向を打診するすることになりました。イワーノフも和平には積極的な姿勢を示していたのです。
ただ、ロマンス・シベリア軍が攻勢に出てきた場合は、ある程度戦わざるを得ません。降伏するのではなく、あくまでも停戦から和平に結びつけたいと考えていました。このノグリキの王宮はツルハゲ王のものであり、しかもいま娘のリューバ妃もいるので、ここで和平会談を開けば必ず道は開けると読んでいたのです。
一方、ツルハゲ王もオハを脱出してノグリキに近づくにつれ、カラフト側との停戦・和平を考えていました。もちろん、娘がカラフト国王子の妃になったこともありますが、これ以上、悲惨な戦争を繰り返したくないという強い思いがあったのです。彼はその考えをスウォーロフ宰相ら重臣にも伝えました。重臣たちも異存はないようです。ただ、さんざん頼りにしたシベリア帝国がどんな意向を持っているか分かりません。それでもシベリア側を説得し、なんとしても和平に漕ぎ着けたいと考えていました。

そうした中で、ロマンス・シベリア軍がノグリキに到着しました。シベリア側のチェーホフ、ガガーリン両将軍は闘志満々です。とにもかくにも、敵をノグリキから追い落とし王宮を奪回しなければなりません。 一方、カラフト・ヤマト側も防備を固め、徹底抗戦の構えを見せていました。この頃、スサノオノミコトらヤマト勢は本国の政変を知って驚きましたが、サハリンへの軍事介入がどうなるかはまだ分かっていません。敵が攻めてきたら、とにかく戦うだけです。ただ、スサノオノミコトはスパシーバ王子から、カラフト側が和平工作に動くことを知らされました。彼はそのことを、伝書鳩を使いただちにタケルノミコトに報告したのです。
ロマンス・シベリア軍の攻撃が始まりました。戦闘となると、スパシーバ王子は黙っていません。周囲がハラハラするほど、彼は前線へ行こうとします。その頃、リューバ妃は第2子を懐妊していましたが、スパシーバの姿勢は変わらないのです。彼はいつも、今回の大動乱の原因が自分にあると思っていました。責任感の強さでは誰にも引けを取りません。戦乱が終わるまで、彼はいつも第一線で指揮を執るでしょう。そして、いよいよ、スパシーバにとって“運命”の戦いが始まろうとしていました。

その日はどんよりした曇り空でしたが、妙に暖かい微風がオホーツク海から吹いてきて、まるで冬の終わりを告げるかのような日和でした。ロマンス・シベリア軍は大挙してカラフト・ヤマト軍に攻めかかります。 左翼からガガーリン軍、中央からジェルジンスキーの部隊が進出しましたが、スパシーバ王子の部隊は中央を守っていました。他にもミヤザワケンジ司令官の部隊が応援に駆けつけ、敵の攻撃を阻止するとともに、逆に反撃に打って出たのです。
スパシーバは部隊の先頭に立って指揮し、敵陣の前面に躍り出ました。その時、ジェルジンスキーの部隊にはファルスタッフという弓の名手がいて、敵の指揮官を狙っていたのです。彼は強弓を引くことでも第一人者で、これまでヤマト軍の例の気球を何度も撃ち落としていました。
ファルスタッフの正面にスパシーバの騎乗姿が現われました。彼は十分に狙いを定め、自慢の強弓から矢を放ったのです。一陣の矢は空気をつんざき真っすぐにスパシーバの胸に突き刺さりました。彼は馬からもんどりうって落ち、その場に倒れ伏したのです。ジェルジンスキーの部隊から歓声が上がりました。カラフト側の兵士たちは大急ぎでスパシーバのもとに駆け寄ります。彼らはスパシーバを馬に横たえらせ、王宮へ退却したのでした。

この戦闘は両軍が入り乱れて戦い、決着が付きませんでした。しかし、スパシーバ王子の重傷はカラフト側にとって大きな衝撃となりました。瀕死の重傷だったのです。王宮内では早速、医師らが全力で治療に当たりましたが、傷は深くてとても回復する状況ではありません。ヒゲモジャ王夫妻やリューバ妃、娘のマトリョーシカ、ナターシャ姫らも必死の思いで看護を続けますが、容体は一向に良くなりません。いや、ますます悪くなるようです。
スパシーバ王子は時々うわ言を発していましたが、意識があるのかどうかも分かりません。身重(みおも)のリューバ妃は、彼の手を握り締めてただただ延命を祈るばかりです。 こうして3日が経ち、スパシーバ王子は絶命しました。リューバ妃は泣き崩れ、もう何もすることができません。マトリョーシカも泣きじゃくり、ヒゲモジャ王夫妻も深い悲嘆に暮れました。スパシーバ王子はあの世へ旅立ったのです。まだ27歳の若さでした。

 スパシーバ王子が死の直前に何を思ったかは分かりませんが、筆者には想像がつきます。何を思ったかと言うより何を意識したかということです。彼はもちろんリューバ妃やマトリョーシカのこと、父王夫妻やナターシャなど家族のことは意識したでしょう。そして、自分が国王になろうがなるまいが、サハリンが平和な統一国家になることを夢見たと思います。さらに、あの世へ先に行ったプーシキンを思い出し、もうすぐ彼に会えると思ったでしょう。そして、あの世で彼とまた一騎打ちすることを夢見たかもしれません。27年の短い命でしたが、スパシーバ王子は自分を完全に燃焼して他界したのだと思います。
さて、王子の死はすぐにヤマト帝国にも知らされました。最も驚きその死を悼んだのはタケルノミコトですが、彼はすでに皇帝カワミミノミコトから、サハリンへの軍事介入を取り止める方針を伝えられていました。新皇帝はもともと内政重視の立場でしたが、この数年間の軍事干渉は帝国にとっても多大の負担になっていたのです。あとはカラフト国との友好関係をいかに維持するかであって、サハリン情勢には「不干渉」の方針を打ち出したのです。これを受けて、タケルノミコトは再びサハリンを訪れ、ヒゲモジャ王らと協議することになりました。

ちょうどその頃、シベリア帝国では次期皇帝の座をめぐって、スターリン軍とジノヴィエフ・カーメネフ連合軍の戦いが始まっていました。3頭政治に亀裂が生じたことは前にも述べましたが、ジノヴィエフとカーメネフの多数派工作に危機感を募らせたスターリンは、ついに軍事力の行使に踏み切りました。“第2次内戦”の勃発です。
緒戦はスターリン軍が優勢でしたが、兵力では連合軍の方が上回っていました。ジノヴィエフの中部軍とカーメネフの北部軍が合体したからです。しかも、スターリンの極東軍からはガガーリン将軍の部隊がいまサハリンへ行っているところです。兵力で劣るスターリン軍は徐々に追い詰められ、敗戦を重ねるようになりました。
このため、スターリンは急きょ、ガガーリンに対し帰国命令を出しました。この命令は、ノグリキの攻防戦が行なわれている最中にガガーリンの手元に届き、彼はチェーホフ将軍にそれを伝え、ただちに帰国することになりました。チェーホフ自身も帰国したいぐらいですが、サハリン情勢の推移を見守るしかありません。彼は数年間もサハリンに足止めされていたので、そろそろ祖国が恋しくなっていたのです。
ガガーリンは一軍を引き連れ、大急ぎで極東軍の本拠地・ハバロフスクに戻りましたが、そこで見たのはスターリンの憔悴した顔付きでした。彼はガガーリンを出迎えると、待ちかねていたのかしっかりと抱擁したのです。

 タケルノミコトがノグリキに戻ると、スパシーバ王子の葬儀がちょうど終わったところでした。葬儀には、スサノオノミコトがヤマト帝国を代表して参列しましたが、タケルノミコトもヒゲモジャ王夫妻らに深々と弔意を表したのです。この後、彼はヒゲモジャ王との協議で、ヤマト軍が撤退する方針を伝えました。
王もイワーノフ宰相をロマンス側に派遣し、すでに停戦・和平の交渉を打診していること、ロマンス側の反応も良いので、和平交渉が一気に実現する見通しだと説明しました。また、シベリア軍のガガーリン将軍の部隊が帰国したことも伝えました。 それよりも何よりも、ヒゲモジャ王はスパシーバ王子を亡くしたことで深い落胆に沈んでいました。タケルノミコトは慰める言葉もありません。王は気力も体力も衰えた感じでした。 こうして、ヤマト軍は順次帰国することになり、まずマミヤリンゾウ司令官の部隊が軍船に乗ってサハリンを後にしたのです。

一方、ロマンス・シベリア側も、スウォーロフ宰相がチェーホフ将軍に和平交渉参加の方針を伝え同意を得ました。前にも言いましたが、チェーホフもシベリア情勢が気になって、一刻も早く帰国したい気持だったのです。祖国では第2次内戦が勃発しているんですよ! もう、サハリン情勢どころではないでしょう。
カラフトとロマンス、それにヤマト・シベリア両国の内情もあって、和平会議はすぐに開かれることになりました。ツルハゲ王が久しぶりにノグリキの王宮に戻ると、ヒゲモジャ王が丁重に出迎えました。2人とも万感胸に迫って、ほとんど言葉になりません。何年も続いた戦争が、ようやく終わろうとしているのです。
ヒゲモジャ王夫妻の計らいで、ツルハゲ王は会議の前に娘のリューバ妃と面会しました。数年ぶりの対面に親子はただただ涙を流すだけです。王から見ると、リューバ妃はやつれていました。それは無理もないことです。彼女はスパシーバ王子を失い、悲しみのどん底に沈んでいました。身重の体調も良くないようで心配になります。 ツルハゲ王にとって唯一の救いは、孫のマトリョーシカが元気そうな姿を見せたことでした。孫は娘に似て、実に可愛く美しく見えます。王はマトリョーシカを抱き上げ、しばらくわれを忘れていました。

和平会議が始まると、まずカラフト・ロマンス両国の間で「停戦」がすぐに合意されました。次に、ヒゲモジャ王が両国を平和的に統一し、仮称「サハリン王国」の建国を提案しました。ロマンス側は即答を避けましたが、ツルハゲ王自身はこれに大賛成だったのです。
ヒゲモジャ王はさらに、統一王朝が実現すれば、首都をノグリキにしたいと提案しました。これにはロマンス側も全く異存はありません。カラフト国王自ら、首都をトヨハラからノグリキに移すと言うのですから、なんと思い切った寛大な提案でしょうか。ロマンス側は全員、感銘を受けました。
会議の最後に、ヒゲモジャ王は「同じ民族が二つの国に分かれて争うのはもう止めましょう。今こそ一つになって、平和で豊かな国をつくっていこうではありませんか」と訴えました。 ツルハゲ王もこの言葉に痛く感動し「ヒゲモジャ王のおっしゃる通りです。両国が一つになって、二度と争いが起きないよう皆で努力しましょう」と答えました。

会議が終わると、両国王はしっかりと握手しました。この光景を見て、出席者全員が今度こそ本当の平和が到来したのだと実感しました。長かった戦争がようやく終わったのです。しかも、カラフト国王が統一王朝を呼びかけ、首都をロマンス側のノグリキに移すと言うのです。両国間にはまだ色々な“わだかまり”があったものの、この後、ロマンス国もカラフト側の提案を全面的に受け入れました。
和平交渉はこのように成功しましたが、結局、長すぎた戦争があまりにも多くの“犠牲”を出したからではないでしょうか。大勢の人が死にました。スパシーバ王子もプーシキンもオテンバ姫も死にました。 国土は荒らされ、民衆の家も財産も破壊されました。戦争の悲惨さをまざまざと見せつけられたのです。ヒゲモジャ・ツルハゲ両国王は、平和の尊さを改めて実感したのでした。
それにしても(ここからは筆者の感想ですが)、小国の戦争にヤマト・シベリア両大国が介入すると、悲劇はますます拡大するものですね。人類はこうした戦争をいつも繰り返してきました。現代もそうかもしれません。戦争というのは、人類の“宿業”なのでしょうか。 いやはや、筆者の戦争観を述べても仕方がありません。物語はまだまだ続くのです。

 それから1ヶ月余りたち、ノグリキの王宮で新しい「サハリン王国」の建国記念式典が行なわれました。ヒゲモジャ・ツルハゲ両国王は“共同統治王”として列席し、新国家の出発を高らかに宣言したのです。
サハリン王国は全ての国と平等互恵の関係を築くとして、永世中立の国是を採択しました。これはヤマト・シベリア両帝国の間に立って、決して一方に偏らず中立と平和を守ろうという姿勢の表われです。 この数年間、どれほど両帝国の軍事介入を許してきたでしょうか。旧カラフト・ロマンス両国は、まるで両帝国の“代理戦争”をしてきたようなものです。新国家は中立と平和に徹し、二度と戦争の要因をつくらないという決意の表われでもありました。

 こうして、サハリン王国は輝かしい国家理念を掲げてスタートしたのですが、そこに思いも寄らない凶事が起きたのです。第2子を懐妊していたリューバ妃がとんでもない難産になりました。 彼女はスパシーバ王子の死去で相当に滅入っていましたが、その精神的影響もあったのでしょうか、臨月の少し前に陣痛が起きました。医師や産婆はもちろん、侍女のカリンカ、ナターシャ姫らが必死に看護しますが、思うように出産できません。
リューバ妃の苦しみが尋常ではないので、とうとう医師の決断で帝王切開が行なわれました。筆者は出産のことは詳しくありませんが、現代医学なら助かるものでも、当時の医療では無理だったのでしょう。生まれた子(男子)は死産で、リューバ妃も間もなく息を引き取ったのです。 この不幸な出来事に、王宮内は深い悲しみに包まれました。せっかく新国家が誕生したというのに、なんという悲劇でしょうか。言葉もありません。
ツルハゲ王夫妻は暫くは茫然自失で食事も喉を通りません。ようやくヒゲモジャ王夫妻が慰めと励ましの声をかけます。しかし、リューバ妃はもう戻ってきません。彼女はスパシーバ王子の跡を追うようにあの世へ旅立ったのです。嘆き悲しむ4人の傍らで、母を亡くしたマトリョーシカも泣き崩れていました。

 こうした悲劇に筆者の気持も滅入ってきますが、物語を続けていきましょう。
リューバ妃の葬儀がしめやかに執り行われ、遺体はスパシーバ王子と同じ墓に葬られました。彼女はまだ26歳の若さでした。泣きじゃくるマトリョーシカの姿が、参列者の涙を誘っていたのです。王子夫妻の相次ぐ死に、ヒゲモジャ・ツルハゲ両国王は「サハリン王国」への思いをさらに新たにしたのでした。
二人の死を無駄にしてはいけない。新国家はスパシーバとリューバが生み出したも同然である。二人が結ばれなければ、サハリン王国は誕生しなかっただろう。両国王は胸のうちで、そのように思っていました。そして、孫娘であるマトリョーシカを、いずれ立派な女王に育て上げようと固く心に誓ったのでした。
リューバ妃の葬儀が終って、ヤマト・シベリア両軍の「完全撤退」が始まりました。これはサハリン王国が強く求めたもので、両軍がサハリンに残留する意味はもうありません。それでなくても、完全撤退は本国の事情から当然の成り行きだったでしょう。 ただ、特例としてスサノオノミコトだけが暫く残ることになりました。本国のタケルノミコトからは、ナターシャ姫との結婚を許すとの伝言を受けましたが、ヒゲモジャ王夫妻の正式な承諾を得なければなりません。それにナターシャ姫は、リューバ妃の死去で喪に服していたのです。喪が明けるまでは、異国へ行くことなどもっての外でしたから。

さて、ここでシベリア情勢について触れておきます。ガガーリンに次いでチェーホフ将軍の来援を得たスターリンは、態勢を整え反撃に出ました。兵力ではジノヴィエフ・カーメネフ連合軍に少し劣りますが、なにしろ歴戦の兵(つわもの)が揃った極東軍です。ややまとまりに欠けた連合軍を、各個撃破で次々に破っていきました。この戦いの中では、新任のモロトフ将軍の活躍が目覚ましく、大いに戦果を挙げたのでした。
シベリア帝国は非常に広大な領土ですが、スターリン軍はついに連合軍を中部の要衝・クラスノヤルスクに追いつめ、そこで一大決戦を仕掛けることになったのです。


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