(新)Nothing happens to me.

科学には人間を理解することが絶対にできない理由がある

統合失調症の「頭の中に機械が埋め込まれている」を理解する(4/5)【統合失調症理解#2】

*短編集『統合失調症と精神医学の差別』の短編NO.9


◆「頭の中に機械が埋め込まれている」

 さて、男子大学生さんは初診時に、「隣から悪口が聞こえてくる」とこのように訴える他、「頭の中に機械が埋め込まれている」とも主張していたとのことでしたよね。就職後すぐ、また幻聴が聞こえるようになって眠れなくなったときも、「頭の中に埋め込まれた機械を取ってほしい」と脳外科を受診したと書いてありましたね。


 今度はこの「頭の中に機械が埋め込まれている」という訴えのほうを見ていきますよ。


 さきほど「隣から悪口が聞こえてくる」という訴えを見ました。男子大学生さんは自分の自信に合うよう、ひとの内心を気にしているという現実を、こう修正解釈していたのではないかとのことでしたね。悪口が聞こえてくる、って。で、その声の出所を隣家と考えたんじゃないか、って。


 でもひょっとするとその声の一部については、こう考えたのかもしれませんね。その声については頭の中に機械でも埋め込まれていてそこから聞こえてくるのだとしか思えない、って。そうじゃなきゃ説明がつかない、って。


 実際、精神科医は、先の男性患者さんやこの男子大学生さんが聞こえてくると訴えるこうした声を幻聴と呼んで、こんなふうに説明します。

 妄想気分とともに〔引用者補足:統合失調症に〕出現しやすいのは幻聴である。幻聴は「声」「テレパシー」「耳鳴り」と表現されることもある。「耳がうるさい」「周囲が騒々しい」「頭に機械を埋め込まれているといった言い方をすることもある岡田尊司統合失調症PHP新書、2010年、p.92。ただしゴシック化は引用者による)。

統合失調症 その新たなる真実 (PHP新書)

統合失調症 その新たなる真実 (PHP新書)

 


 でも、男子大学生さんのこの「頭の中に機械が埋め込まれている」という訴えは、可能性は低いのかもしれませんけど、むしろ、つぎのようなことだったのかもしれないといった気が、俺にはしないでもありません。


 男子大学生さんは、何かが気になるあまりそのことについて考えるのを止められなくなっていたということなのかもしれない、って。


 気になっていたのは勉強や仕事のことかもしれませんし、あるいは何か他の心配ごとなのかもしれませんけど、ともあれ、慣れない環境や重圧のかかる状況などにいるときなどは特に、そんなふうに何かがしきりと気になって、そのことについて考えるのを止められなくなってしまうようなことって、誰しもありますよね?


 たとえば、(自転)車を買ったばかりのときなど、愛車に早速ついた傷のことが気になって、そのことについて考えるのを止められなくなってしまうようなこと、みなさん、ありません? もしくは、あるひとのことが気になるあまり、ずっとそのひとのことを考えてしまって他のことが手に着かなくなるようなこと、ありませんか。


 ひとつの心配ごとについて、何度もおなじことを考えてしまうようなこととか、みなさん、ありません?


 男子大学生さんもひょっとすると、学生時代や就職活動中または就職直後に、そんなふうに、自分の思考がコントロールできなくなったのかもしれませんね?


 だけど男子大学生さんからすると、自分がそこで自分の思考をコントロールできなくなったりするはずはなかった。いや、いっそ、男子大学生さんのその見立てを、語弊を怖れながらも、こう言い改めてしまいましょうか。男子大学生さんにはそのとき、自分は自分の思考をコントロールできていて然るべきだという自信があったんだ、って。


 なのに、男子大学生さんは、勉強や仕事のこと、もしくは他の気がかりな何かについて、つい考え詰めてしまって、どうしても考え止めることができないでいる。


 男子大学生さんは首をひねる。


 自分は自分の思考をコントロールできていて然るべきなのに、おかしいなあ。自分の思考をコントロールできないなんて、こんなことは起こり得るはずがないんだがなあ……あ、でも、ちょっと待てよ、さては、頭の中に機械が埋め込まれているな? そうかなるほど解けたぞ! それで自分の思考がコントロールできなくなっているのか!


「先生、手術で、頭のなかに埋め込まれた機械を取ってくださいよ!」


 いまこういう場面を想像しました。男子大学生さんは、自分の思考をコントロールできなくなるという「現実」に直面していた。ところがその男子大学生さんには、自分は自分の思考をコントロールできていて然るべきだという「自信」があった。このように「現実自信とが背反するに至った場合、ひとにとることのできる手はつぎのふたつのうちのいずれかであるように俺には思われます。

  • A.そうした背反を解消するために、「自信」のほうを、「現実」に合うよう訂正する。
  • B.そうした背反を解消するために、「現実のほうを、「自信」に合うよう修正する


 で、そこで、男子大学生さんは後者Bの手をとった。自分は自分の思考をコントロールできていて然るべきだという「自信」に合うよう、「現実」をこう修正した。


 頭の中に機械が埋め込まれているんだ。そうでもなければ、自分が自分の思考をこんふうにコントロールできなくなっているはずはないんだ、って。


 以上についても箇条書きにしてみます。

  • ①自分の思考をコントロールできないでいる(現実
  • ②自分は自分の思考をコントロールできていて然るべきだという自信がある(現実と背反している自信
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「頭の中に埋め込まれた機械に邪魔されて、思考がコントロールできない」(現実修正解釈





3/5に戻る←) (4/5) (→5/5へ進む

 

 




2020年5月23日と2021年8月4,11,12日に、文章を一部訂正しました。


*今回の最初の記事(1/5)はこちら。


*前回の短編(短編NO.8)はこちら。


*このシリーズ(全64短編を予定)の記事一覧はこちら。