MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1550 高輪ゲートウェイ駅と品川開発プロジェクト

2020年02月17日 | うんちく・小ネタ


 山手線の新駅としては(西日暮里駅に次いで)実に46年ぶり、京浜東北線では(さいたま新都心駅以来の)19年ぶりとなるJR東日本の新駅「高輪ゲートウェイ駅」が3月14日に開業します。

 新駅には、構内ロボットの導入や駅ナカに無人店舗を設けるなど未来の駅を予想させるような試験的な仕組みが導入されると伝えられており、建築物としての斬新なデザインとも相まってメディアも注目しているようです。

 もともと「品川新駅」などと呼ばれていたこの駅は、そのネーミングをどうするかという経過を巡って一躍全国に知られるようになりました。

 駅名の「ゲートウェイ」は、かつて江戸の玄関口「高輪大木戸」があったなどに因んだものとされています。しかし、2018年6月にJR東日本が駅名を公募した際には、1位は高輪、2位が芝浦、3位が芝浜とゲートウェイの「ゲ」の字もなく、駅名を撤回するよう求める署名活動が行われたのも記憶に新しいところです。

 こうして知名度ばかりが先行した高輪ゲートウェイ駅ですが、実際の沿線の状況や位置関係をよく知る人は案外少ないかもしれません。

 高輪ゲートウェイが設けられるのは品川駅と田町駅の中間よりも少し品川寄りの場所。もともとここには広大な車両基地「東京総合車両センター田町センター」がありましたが、上野東京ラインの開通とともに車両留置箇所を見直すことで、港区の一等地に面積で約13ヘクタール、延床面積100万平方メートルの大きな開発余地が生まれることとなりました。

 駅をデザインしたのは、新国立競技場などで知られる建築家の隈研吾氏で、(現場では既に大きく建ちあがっていますが)折り紙をモチーフとした「和」を感じさせる大屋根が特徴となっています。

 その構造は、ホームから2階コンコース、3階デッキにかけて解放感のある吹き抜けになっており、開業後には山手線と京浜東北線が停車し京浜東北線の快速電車の停車も予定されているということです。

 実際に工事が進む現場に立って眺めると、まずは今後の開発を待つ(ガランとした)周辺用地の広がりに驚かされます。

 駅自体は2020東京オリンピック・パラリンピックに合わせて暫定的に供用されますが、これはまだまだ仮の姿。今後、数年をかけ、三田駅から品川駅にまたがる一大開発エリアとして、東京都やJR、京急、西武などが中心となって高層ビルが立ち並ぶ姿に変貌していく予定とされています。

 都心に残された最後の(手つかずの)空間とされるこの地域で、一体どのくらいの規模の開発が行われるのか。1月29日の日本経済新聞(電子版)に、「JR東日本、高輪ゲートウェイ駅が生む8000億円」と題する経済記事が掲載されていました。

 昨年10月の台風19号の被害に加え新型コロナウイルスによる肺炎の感染拡大でインバウンドの減少が見込まれる中、今期業績の下振れ懸念が高まるJR東日本。しかし、今春開業する新駅「高輪ゲートウェイ駅」に端を発する「品川開発プロジェクト」は、同社にとって2020年代の幕開けを飾る期待の星となる可能性があると記事はしています。

 プロジェクトへの投資額は(JRグループだけで)5000億円に達するとされる新駅の利用人数ですが、開業当初こそ鶯谷駅の1日平均2万6000人と同程度とされているものの、2024年頃に予定される「まちびらき」後は(恵比寿駅と同程度の)13万人ほどにまで膨らむと見込まれているようです。

 2020年夏の東京五輪以降に本格化する周辺工事では、駅周辺を北側から4エリアに分けて高層マンションやオフィスビル、商業施設、文化施設などが建てられる計画だということです。さらに、その後は品川駅にかけて第5、第6のエリアの開発も続き、(詳細は未定ですが)2030年以降には様々な施設が開業する見込みとされています。

 記事の試算では、第1~第4エリアの賃貸用不動産の含み益は8000億円程度となり、これを加えたJR東日本全体の含み益は、首都圏の大手私鉄8社の合計(1兆962億円)のほぼ倍の2兆2000億円程度までに増加する可能性があるということです。

 三菱地所など大手不動産3社以外でこうした含み益が2兆円を超える企業は、国内では現在見当たらないと記事はしています。そうした中、このプロジェクトはJR東日本に(不動産賃貸収入などにより)年間約250億円(第5、第6のエリアも含めれば年間400億円)の増益効果をもたらすということです。

 さらに、現在この周辺地域では、リニア中央新幹線の品川新駅建設に合わせたJR品川駅西口(現・高輪口)を中心とする大規模な再開発プロジェクトも進められており、次世代型交通ターミナルとして(この10年程度で)大きく変貌する周辺地域の姿がかなり具体的に描き出されています。

 江戸時代初期から続く多くの寺社や住宅に囲まれ、港区内でも特筆される静かな街の一つだった高輪がここ数年で大きく変わっていくのは、既に時代の流れとして方向づけられているようです。

 今でこそ、何やら名前負けしている観のある「ゲートウェイ」周辺ですが、5年後、10年後にはこの地域一帯がまさに首都東京の玄関口として、世界の国際都市に負けない賑わいの姿を見せているかもしれません。


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