MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

 伊皿子坂社会経済研究所のスクラップファイルサイトにようこそ。

♯1321 野蛮経済とイノベーション

2019年03月10日 | 社会・経済


 中国の田舎では、日本の軽自動車よりも小さな「低速電動4輪」という免許のいらない電気自動車が地元の高齢者や女性たちの足となっているということです。(例えば)山東省の農村などでは、無免許運転手の暴走で大勢の人たちが亡くなっているという(日本から見たら「えっ、ホント?」というような)話も聞きました。

 週刊東洋経済の2月2日号によると、北京などの大都会でも、少し郊外に行けば世界的な自動車メーカーのロゴデザインなどを模したエンブレムを付けた(海賊版大国らしい)パチモノ臭溢れるおもちゃのような小さな電動自動車をちょくちょく目にすることができるということです。

 (当然中国でも)普通の乗用車には衝突安全性などの多くの基準や法規制が課せられています。しかし、その枠外にあるこのような小型の電動4輪車も普通に売られていて、免許を持たない人たちが運転して街中を走っているということです。

 走行スピードは最大でも時速60キロ程度しか出ないためこうした車たちは「低速EV」と呼ばれており、本来、公道では走行できないはずなのに多く地域で黙認されていると記事は説明しています。

 これらの車は買い物や子供の送り迎えなどのために農村の高齢者や女性が使うケースが多く、安いものは10万円を切るような価格で売られているということです。しかも、かかる電気代はガソリン代の約10分の1で低所得者のマイカーとして急速に普及しており、2017年の1年間だけで中国全体で約150万台が製造されたとの推計もあるようです。

 記事によれば、こうした低速EVを製造するのはこれまで(都市部で普及している)電動スクーターなどを手掛けてきた町工場のような地元の企業とのこと。ボディーならボディーだけ、モーターならモーターだけ、シートならシートだけを供給する部品工場がサプライチェーンを作り、それを組み合わせて作られた完成車の1台1台が(認可もヘチマもなく)そのまま店頭に並べらる。

 そして驚いたことに、こうした地場のメーカーの中から、既に一定の規模と技術力を持った大手企業が生まれ始めていると記事は記しています。そうした企業は60万円を超える高価格帯の低速EVも販売し、もはや普通の乗用車と見分けがつかないレベルのものまであるということです。

 中国国内でしか流通していないため、海外ではほとんど知られていない中国の低速EVは、いかにしてこれほど急速な成長を遂げているのか。

 もちろんこうした低速EVは国家レベルのプロジェクトでも何でもない。有力な自動車メーカーがない地方部であればこそ、既存の自動車産業への影響を考慮する必要のない地方の中小企業が消費者のニーズをつかみ、現場力で逞しく育てたプロダクトだと言えるでしょう。

 政府が肝いりで進めている日本や欧米のEV化とは異なり、中国の低速EVは(EVとしての優遇制度や補助も何もないにもかかわらず)激安で近距離移動にぴったりの気楽さから消費者の絶大な支持を得ていると記事は説明しています

 もちろん高齢化や過疎化が進んだ日本の地方部でも、(高性能になる一方の軽自動車に代えて)ゴルフ場のカートのような電気自動車のシェアリングサービスなどが普及すれば、環境にもやさしく高齢者の日常の足としても大いに利用価値があるかもしれません。

 さて、記事は中国におけるこのような低速EV産業の急速な拡大・発展に、中国経済の高成長の原動力の逞しさを見た思いだと指摘しています。異業種からの転入組が超低価格のプロダクトを作り出して、新たなニーズをつかむ。まさに破壊的なイノベーションのお手本がそこにはあるということです。

 スマホを使ったフィンテックやライドシェア、乗り捨て自由のシェアサイクルの普及など、中国のイノベーションはいずれも政府の産業計画などからではなく、規制をかいくぐる野蛮さの中から生み出されてくる。今までにない新しいビジネスは机上の計画や理論ではなく、起業家によるトライ&エラーの中からこそ生まれ出るものだということです。

 そして中国政府自身も、今ではその「勝ちパターン」を強く意識していると記事は指摘しています。

 法的には例えグレーゾーンでも、即座につぶすのではなく一定期間黙認し、可能性を見極めたうえで残すのかどうかを決めている。様子を見ながら、ビジネスの継続と安全性が両立するよう規制を変えていうという(ある種の)「緩さ」や「いい加減さ」のようなものが、民間の活力を生み出し、支えているということでしょう。

 こうして、荒削りの産業を次々と「正規」なものに育ててきた中国経済の野蛮さやタフさというものを、隅々まで規制が行き届いた(優しい)日本に暮らす私たちはもう少し見習う必要があるのではないかと、記事を読んで改めて考えたところです。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿