MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1322 南北統一は絵空事?

2019年03月13日 | 国際・政治


 韓国大統領府は3月8日、文在寅政権発足以来、南北関係を担ってきた趙明均統一相の後任に金錬鉄統一研究院長を起用する人事を発表しました。

 3月7日の朝日新聞によれば、金氏は長く南北関係や北朝鮮の核問題を専門としてきた研究者で、盧武鉉政権時代には統一相政策補佐官を務めた人物だということです。

 大統領府報道官は金氏の起用について「南北共同宣言の履行を加速し、(南北統一を準備する)『新韓(朝鮮)半島体制』を積極的に具現する適任者だ」と述べています。

 第2回米朝首脳会談の決裂で北朝鮮に対する国連制裁解除の見通しはいよいよ不透明になっていますが、文政権はここで統一相に本命と目される人物を投入し、南北協力事業を本格化させる方向へ見切り発車した格好だとされています。

 朝鮮戦争勃発以来70年という長きにわたって分断されて来た朝鮮半島。南北の格差はもはや(政治・経済の両面において)修復しがたいほどに大きくなっているようにも感じられますが、南北朝鮮の統一が現実のものとなる日は本当に近づいているのでしょうか。

 そうした中、3月9日の「週刊東洋経済」誌では、北朝鮮研究者として世界的に知られる韓国国民大学教授のアンドレイ・ランコフ氏による「南北の指導者が語らない現実 きれい事では済まない祖国統一」と題する興味深い論考を掲載しています。

 ランコフ氏はこの論考の冒頭、「南北両国の指導者が口にする祖国統一の言葉をあまり額面通りに受け止めない方がよい」「統一を本気で実現させようと考えている政治家など(両国には)まずいない」と話しています。

 その理由は、南北の経済格差が余りにも巨大であるから。北朝鮮が徹底した情報統制を敷いているのは一人当たりのGDPにはざっと25倍の開きがある。韓国の同胞が豊かな生活を謳歌していることが知れわたれば、不満が暴発し北朝鮮の政治体制が崩壊しかねないと氏はしています。

 韓国では最近、一国2制度緩やかな連邦制を皮切りに対話による統合を徐々に進めるといった案が語られることが多い。しかし、こうした計画は自らの自殺行為になることを、南北の指導者はよく理解しているはずだとランコフ氏は言います。

 仮に南北が連邦制に移行すれば、北朝鮮では国民に韓国の繁栄を悟られる。そうなればもちろん、北朝鮮の庶民は韓国の制度下での即時完全統一を夢見るようになる。たとえ穏やかな連邦制を目指しても北朝鮮の体制はすぐさま崩壊し、支配者層は怒りに狂った庶民により血祭りにあげられるだろうというのがランコフ氏の予想するところです。

 北朝鮮の支配層は、体制を守るために(封建時代のような)凄惨な人権侵害に手を染めてきた。情報統制が緩めばこうした悪行も表沙汰となり、復讐の標的にされるのは勿論かつての支配層だということです。

 また、統一による南北の平準化には相当な時間と痛みが伴うと、この論考でランコフ氏は指摘しています。

 例え生活水準が向上したとしても、北朝鮮の国民は(当局の目を盗んで視聴してきた)韓流ドラマのような生活をすぐには享受できない。結果、統一政府には国民の苛立ちをなだめるための「生け贄」が必要となり、(金委員長一族をはじめとした)北朝鮮の旧支配層がその役目を負わされることは火を見るよりも明らかだということです。

 一方、半島の南側でも、エリートと庶民の両方のいずれもが苦しむことになると氏は指摘しています。

 南北の巨大な経済格差を埋めるには何兆ドルという巨額な投資が必要となり、その大半を(現在の)韓国国民が支払うことになる。これは、今後、彼らが重税と長時間労働に、何十年もの間耐え抜かなければならないことを意味しているということです。

 現在の韓国では、統一が経済の起爆剤になるといった発言が保革の別なく聞かれるが、これは議論としては不誠実なものだと氏は言います。

 統一が進めば労働基準も南北で統一されるため、安価だったはずの北朝鮮の労働力も(もちろん)世間並みになってくる。地下資源も、噂ほどには豊富ではない可能性もある。いずれにしても韓国経済が大きな混乱と打撃を受けるのは必至で、その回復には何十年という歳月が必要になるというのが氏の予測するところです。

 しかし、そうした(あまり夢を持てない)未来が判っているにもかかわらず、なぜ南北の指導者はそろいもそろって祖国統一の夢を語るのか。ランコフ氏はその理由を、南北朝鮮の政治が民族主義と一体化していることに見ています。

 民族主義は祖国統一の夢と切り離せない。これほど民族主義の強い社会では、本音はともかく、政治家が祖国統一の建前に疑義をさしはさむ余地など御法度だからだということです。

 南北統一が全くの「絵空事」だというつもりはないが、それは現在の南北の政治家が言うようなきれいごとでは済まされないというのが、この問題に対するランコフ氏の認識です。

 そうした中、現実に唯一あり得るとすれば、そのシナリオは「穏やかな統一」などではなく「革命的な統一」となるだろうと、氏はこの論考の最後に記しています。

 おそらくそれは、北朝鮮の政治体制の混乱と瓦解に端を発する急進的なものであり、1989年のベルリンの壁の崩壊よりも、もっと血みどろで荒々しく、危険な統一となるだろう。そう結ばれたこの論考におけるランコフ氏の見解を、私も大変興味深く受け止めたところです。



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