MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1432 再び「老後資金2000万円問題」

2019年08月21日 | 社会・経済


 6月3日に金融庁の審議会の報告書に記載され、1か月余りの間に参議院議員選挙の最も大きな争点となるまでに話題となった「老後資金2000万円問題」ですが、そもそもの発端がこの報告書素案を一面トップで取り上げた朝日新聞にあったことは既に忘れられているかもしれません。

 「平均寿命が延びる一方、少子化や経済環境の変化などにより、政府は年金支給額の維持が難しくなり、老後の生活費についてかつてのモデルは成り立たなくなっていると金融庁は指摘」などとした5月22日の朝日新聞の記事。

 Yahoo newsのトピックスで終日上位に掲載されていたことから従来の朝日新聞読者以外の人にも多く読まれ、注目されるようになったということです。

 もとより、年金収入だけで老後を余裕をもって暮らすことはなかなか難しいこと、現役時代と同じ水準の生活を維持するためには月に5万円程度は貯蓄などから繰り入れる必要があること、さらには「100年安心」なのはあくまで(「マクロ経済スライド方式」を導入した)年金制度の話であり、年金だけで100歳まで安心という意味ではないこと…などは、それまでも厚生労働省が口を酸っぱくして(ことあるごとに)指摘していた内容でした。

 しかし、朝日新聞のこの記事が(あたかもそれを「政府が嘘をついていた」かのように)センセーショナルに取り上げ、さらにそれをもとに立憲民主党の蓮舫議員などが国会で麻生大臣を追求したりしたことで「正義の味方vs悪者」というような構図が生まれ、(その後の政府のまずい対応などもあって)あちこちのメディアで炎上が繰り返されたと言っても過言ではありません。

 朝日らしい(煽り方)と言ってしまえばそれまでかもしれませんが、年金に対する政府の姿勢への意図的な攻撃や年金制度への誤解が生んだこうした状況をふまえ、ファイナンシャルプランナーの深田晶恵氏が 6月13日のダイヤモンド・オンラインに「残念ながら『老後資金2000万円必要』は歴然とした現実である」と題する興味深い論考を寄せています。

 この問題に関連するニュースを観てきて感じたのは、「老後のお金は自助努力なのか。国は投資で老後資金作りをしろというのか」という感じの批判的な番組作りが多かったことだと、深田氏はこの論考に記しています。

 しかし、氏が改めて金融庁の審議会の報告書を確認してみて感じたのは、現状と課題がバランス上手くまとめられた良いレポートだったということです。

 このレポートには、私たちを取り巻く経済環境や社会構造の変化、高齢化社会で今、将来すべきことが端的に書かれていると氏は言います。もちろん、データは平均であるため(ひと月50000円と言っても)必要な老後資金は人によってさまざま違いはあるが、年金生活を想像する上でのひとつの「目安」にはなるだろうということです。

 6月4日の東京新聞は「報告書は2017年の家計調査に基づいて示した高齢夫婦無職世帯の1ヵ月の平均収支を示しているが、その中身は実に衝撃的だ」としているが、高齢者の生活実態を示すデータとして多くの専門家が(しばしば)使う調査結果を、大新聞が「衝撃的」と記すことのほうに驚いたと氏はここで指摘しています。

 そして、もしも見たことがあるのにあえて「その中身は実に衝撃的だ」と書いたなら、これは恣意的と言われても仕方がないだろうというのが氏の見解です。

 「老後資金は2000万円必要」が炎上ワードになった理由の一つは、多くの人が「国から言われたくない」と思ったからではないかと深田氏は指摘しています。

 働いて収入があるうちは、誰だって老後のことを考えたくないのが本音。それが突然、目標とも言える老後資金の金額が具体的に示されたら誰だって驚くだろうし、戸惑うだろう。そして、年金だけで暮らしていけないのは政策ミスなのに、国民が自助努力で老後資金を作るように国が言うわけ?と、カチンときている人が多いのではないかということです。

 しかしそこにも誤解があって、今回の報告書は金融庁の政策でも官僚の人が考えていることをまとめたものでもなく、「市場ワーキンググループ」という審議会の委員たちが何度も議論を重ね、それをまとめた報告書に過ぎないと氏は説明しています。

 つまり国民は、「国」が言っていることでもないことから部分的に切り取られた二次情報に揺さぶられ、いたずらに不安に駆られているということになるでしょう。

 さて、そうは言っても、この金融庁の審議会のメンバーは大学教授をはじめ、個人マネーに携わる民間の専門家が中心で、その内容からは、国民の老後生活について真剣に考え指針という形にまとめ上げていると氏は言います。

 寿命が長くなって高齢化が進み、70代、80代以上の親世代と同じような老後を迎えることが難しいのは、(前からわかっている)歴然とした事実である。若いうちからなんらかのアクションを起こしておくことで、老後の生活不安のリスクを少しでも軽減できるなら、ぜひ手を打っておくべきだという彼らの思いは、この際きちんと受け止めるべきだということでしょう。

 深田氏は、ファイナンシャルプランナーとしての立場から、老後資金作りのポイントは、(結局のところ)時間を味方につけて(若いうちから)少しずつ貯めていくことだとアドバイスしています。そして、少し先のことを想像しながら、制度改正なども見逃さずに、その時期その時期にやるべきことを実行していくことが大切だということです。

 お金のことは本当に知らないと損をすることがたくさんあると氏は言います。確かにそうした視点に立てば、今回の報告書が大きな話題を集めたことは、それはそれでよかったのかもしれなません。
 
 これまで老後資金作りに関心がなかった日本の多くの人たちに気づきをもたらすことで、計算の仕方がわからなかった人がわかるようになってほしいと願うこの論考における深田氏の指摘を、私も興味深く受け止めたところです。



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