MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1504 「歴史の終わり」と民主主義のリセッション

2019年12月05日 | 国際・政治


 フランシス・フクヤマ氏と言えば、冷戦終結に前後する1989年に出版された著書「歴史の終わり」で世界的に知られる米国の政治学者です。

 彼は(その名からも判るように)日系二世の父親、日系三世の母親をもつ日系米国人で、ハーバード大学で冷戦後の世界秩序を異なる文明同士の対立の時代ととらえた「文明の衝突」で知られるサミュエル・ハンティントン氏に師事しています。

 フクヤマ氏の言う「歴史の終わり」とは、国際社会において民主主義と自由経済が最終的に勝利することで、その後は社会制度の発展が終結し社会は平和と自由と安定を無期限に維持するという仮説です。
 
 実際、冷戦後の世界は軍事・経済共に米国一強の状況を生み出し、これがあたかも永遠に続いていくように見えました。しかし、フクヤマ氏の言う「最終形態」であったはずの自由民主主義は、実はその間も(イスラム原理主義や市場経済を内在化させた社会主義、ポピュリズムなどの狭間で)大きく揺らいでいたのが実情だったかもしれません。

 冷戦終結後も(イデオロギー的な対立はかつてのように表面化はしていないものの)現実社会では局地的な戦争やテロは繰り返されており、現在では、そうした中からさらに大きな歴史的な衝突が引き起こされる可能性が世界の各地域で高まっているとも考えられます。

 さて、11月9日の日本経済新聞の紙面では、ベルリンの壁崩壊30年の機会を捉えてそのフクヤマ氏にインタビューを行い、今後の世界の動きに関し「「壁」崩壊30年、勝者の民主主義に内憂」と題する記事にまとめています。

 フクヤマ氏はこの記事において、ベルリンの壁崩壊後の世界について、数多くの進展があったのは疑う余地がないと答えています。

 1970年以来、民主主義国の数は30から110に増え経済規模は4倍に拡大した。そして、サミュエル・ハンチントン氏が『民主主義の第三の波』と呼ぶ期間の真ん中に、壁の崩壊があったということです。

 しかし、その民主主義は確かに近年大きな揺らぎを見せている。最近の10年間に起きているのは民主主義のリセッション(後退)だと、このインタビューで氏は厳しく指摘しています。

 トランプ大統領を生んだ米国を筆頭に洗練された民主主義国にポピュリズム(大衆迎合)の動きが広がった。その一方で中国とロシアは安定した専制体制を築き、デジタルの技術を利用して民主主義の自信をくじこうとしているというのが、現在の状況に対する氏の認識です。

 なぜ歴史の揺り戻しが生まれたのか。フクヤマ氏はその理由に、国際化で誰でも豊かになれるはずだったのに、富が均等に広がっていないことを挙げています。

 労働者層の収入は停滞し、途上国に雇用を奪われている。右翼政党は移民流入や国家の主体性の喪失でエリートだけが恩恵を得たと陰謀説を流している。経済より文化の側面が大きいということです。

 氏が著書の「歴史の終わり」で民主主義の勝利を指摘しことについて、氏は「30年単位では私の説は正しかった。」と話しています。

 我々の社会は、全体が共産主義に至る前に立ち止まった。市場経済と連携した民主主義を上回る社会制度はその後も見つかっていないが、それが全てを満たすものではない。民主主義の「内部」にさらなる難問が生まれているということです。

 中国の台頭についてフクヤマ氏は、中国の王岐山(ワン・チーシャン)現国家副主席と会談した際、「共産党だけが中国を支配できる」と話したとこのインタビューで明かしています。

 習近平(シー・ジンピン)国家主席の最大の懸念は党の将来にある。近年の中国では、共産党の一党体制の下ビッグデータや機械学習で個々人の動きを逐一監視し、全体主義を構築しようとしているというのが氏の指摘するところです

 しかし、これが成功するかどうかはわからないとフクヤマ氏は続けます。

 中国経済は6%成長というが実際は3~4%程度という現在の状況が続き、さらに景気後退に陥っても政権に人々が忠実かどうか。ある段階で人々が反乱を始める可能性も視野に入れておく必要があるということです。

 そうしたことも含め、米国は確実に敵対的な対中関係に進んでいるというのがフクヤマ氏の見解です。

 中国は巨額の知的財産権の侵害や産業補助金など、公正な競争をしていない。これはトランプ氏一人の認識ではなく、もしもトランプ氏が20年の選挙で敗れても米中は以前の友好的な関係に戻らないだろうとフクヤマ氏は見ています。

 中国と西側経済圏のデカップリング(分離)はやむを得ない。ハイテクの分野ではそれが不可欠だということです。

 そして、そのような状況を考えれば、アジアでの紛争の可能性は多くの人が思うよりずっと高いと思うと氏は言います。習主席は引退前に台湾を奪還すると言った。米国の台湾への関与も疑わしいとすれば、現在の最大のリスクは台湾にあるというのが氏の認識です。

 しかし、その一方で、トランプ大統領は民主主義国の指導者より北朝鮮やロシア、中国の独裁的なリーダーを好んでおり、多国間協力の意義を理解せず全てを同時に攻撃していることもさらなるリスクとなっていると氏はここで指摘しています。

 そんな現状を考えれば、米国以外の国々が一致して多国間協力を前に進めなければならない。トランプ大統領が再選したら事態はさらに深刻となり、国際機関の弱体化は避けられないということです。

 そして、日本も。日本の課題について聞かれ、フクヤマ氏は「アジアでもっと強い役割を担うべきだ」と答えています。

 中国の脅威を念頭に自衛隊を再構成し、同様の脅威にさらされる国との連帯関係を強化すべきだと氏は言います。現実の紛争の脅威は日本の身近なところで大きく高まっている。日韓が根深い論争に陥っているのは深刻な過ちだと、フクヤマ氏は東アジアの現状に懸念を表しています。

 さて、敵対する米中対立の推移を見つめ、二大パワーがせめぎ合う今後の世界秩序改変の動きに武力紛争への危機感を抱くフクヤマ氏。

 複雑化する諸国の利害関係と人間の英知の間で氏の予想がどこまで現実になるかはわかりませんが、ある意味ストレートで明快ななこのインタビューにおけるフクヤマ氏の言説に、私も思わず目を留めたところです。



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