歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「葛の葉」くずのは

2020年05月05日 | 歌舞伎
「葦屋道満大内鑑(あしやどうまん おおうちかがみ)」 四段目です。

「葛の葉子別れ」というタイトルでも有名です。

安倍晴明(あべの せいめい)という人は、映画にもなったみたいなのでわりと有名かと思いますが、
そのお父さん、安倍保名(あべの やすな)が主人公のものがたりです。
というわけで、時代設定は平安前期ということになりますが、
もちろん舞台の風俗は江戸時代のものですよ。衣装とか。 
とはいえ、どことなく「古い時代」めいたほの暗い雰囲気がただようのがこのお芝居です。

ここまでの経過をざっと書きます。皇位転覆の陰謀どうこうという部分もあるのですが、そのあたりはこの段に関係ないので無視です。

保名(やすな)は天文博士、加茂保徳(かもの やすのり)の弟子です。ライバルに芦屋道満(あしや みちたる)がいますがこの段には出てきません。
保名は庄司太郎(しょうじ たろう)というひとの娘、榊の前(さかきのまえ)と恋人だったのですが、悪人の岩倉にイジワルされて、榊の前は自害してしまいます。
悲嘆にくれる保名ですが、妹の葛の葉姫(くずのはひめ)が姉の榊の前にそっくりだったので、保名は再び恋に落ち、ふたりは許婚になります。
しかし、悪人岩倉の家来、石川悪右衛門(いしかわ あくえもん)は美しい葛の葉姫を狙っております。
というところで、保名、悪右衛門が信太の森(しのだのもり、大阪、和泉のへんにあり、キツネがたくさんいる)で狐狩りをしていたのに出会って狐を助けてやりますが、
そのとき重症を追います。
もうダメだから自害しようとしたとき、葛の葉姫がどこからともなくやってきて看病してくれます。
一命をとりとめた保名はそのままふたりで、悪右衛門の目を逃れて、大阪の南、阿倍野で暮らし始めるのでした。


葛の葉が機を織る阿倍野の田舎のおうちに、木綿買いの行商人がやってくるところからはじまります。
行商人たち、葛の葉の美しい顔を見て「悪右衛門の探しているアレだ」と気付きます。
ていうか彼らははじめから悪右衛門の手下なのです。
というかんじで、行商人が探りに来たり、葛の葉と息子の童子丸くん(5歳)とのやりとりがあったりして、
葛の葉、童子くんを寝かしつけて、機屋(はたや 機を織る部屋)に入ります。
てまあ冒頭たいしたことやっていませんが、毎回ここバタバタしてなんだかわからないうちに進むので一応書きました。

庄司夫婦登場です。娘の葛の葉姫を連れていますよ。
すでに家にいる葛の葉は世話女房のいでたちですが、出てくる葛の葉姫は赤い振袖です。
ひとり二役で、早替りで演じます。この「早替り」のテクニックやトリックももこのお芝居の見どころのひとつです。
とはいえ、もともとこれは文楽、お人形なので「早替り」なんてしないのです。つまり本来この作品は、べつに「早替り」を見せるための作品ではありません。
ストーリーの本来の味わいを楽しむという観点で言うと、早替りはジャマですよワタクシ的には。

でまあとにかく、機屋の中に娘がもうひとりいるのでパニックの一行、泣く葛の葉。
この泣く部分浄瑠璃にないです。わりとうざい…。

そこに保名登場です。
赤い風車を腰に刺して来ます。設定は「天文博士の弟子=平安時代の学者」ですが、 ここは浪人しているお侍、くらいの設定で見ていいのです。
息子のために風車を買ってくるへんとか、かなり和事っぽい味わいの役ですよ。台詞回しもやわらかいです。

庄司殿一家に会って、あいさつしたり、上で書いた事情を話したり、葛の葉が二人いるのを見せられて驚いたりします。
庄司夫婦の身の上話もここでありますが、ストーリーに関係ないので聞き流してください(おい)。こちらも悪右衛門のせいで浪人中です。

親が一緒なんだからこっちが本物だろうと判断した保名、家にいる葛の葉の正体を暴くべく、何食わぬ顔で帰宅します。

葛の葉と保名のやりとり、
お互い「よそで浮気してたんじゃないか」とヤキモチ焼きあって痴話げんかします。
保名、やきもちを焼くふりをして葛の葉をジロジロ見たり、シッポがないかお尻にさわって見たり、髪をとかしてくれと頼んで葛の葉を鏡に映して見てみたりします。
この部分は原作浄瑠璃にはない、歌舞伎の「入れごと」なのですが、わりとダレます。ワタクシは好きじゃないです。
「天満宮で庄司夫婦に会った」と葛の葉に言う保名。もうすぐここに遊びに来るからいろいろ話をしよう、息子も見せたい、お前も嬉しいだろうと話します。
葛の葉が本物なら、もちろん手放しで喜ぶはずです。
という部分があるのだからケツさわる必要なんてないじゃん!!と思うのですー。
喜んで準備する葛の葉、全然どこも、変な様子はありません。
混乱する保名。
とりあえず、様子を見るために寝たフリします。

舞台がぐるっと回って、裏の座敷です。 葛の葉の独り言。
そう、やっぱりこの葛の葉はニセモノだったのです。
正体は、以前保名が助けた、信太の森に住む、千年近き、
♪狐ぞや
この「狐ぞや」はセリフでなく、浄瑠璃で語りますが、節回しといい、じつに情感のこもったしみじみした味わいですので、気合入れて聞いてください。
古浄瑠璃の「信太妻」がこの作品の原型ですが、その味わいを伝えているように思います、って「信太妻」聞いたことねえけど。

ここで、狐の神通力を示すいろいろなトリック演出があります。童子くんが寝ているふとんが動いたりとか。基本的にサイコキネシスが得意なようです。

保名に直接言うのが恥ずかしいので、寝ている童子に語ります。寝耳に聞いて覚えておいて、あとでててごに話しておくれ。
自分が狐なこと、恩返しに葛の葉姫に化けて保名の命を助けたこと、
畜生なので、人間よりも恩愛の情が強い(人間は理性が働くので恩愛のみには流されないというのが当時の倫理観です。親子の愛至上主義の現代よりもレベル高いと思います)、
保名や子供への愛は人間よりも百万倍だけど、本物が来たからもうお別れしないと。
オマエは小動物や虫を面白がって殺すけれど、狐の子だからとバカにされないためにもそんな事はしてはいけない。ちゃんと勉強してりっぱな大人になりなさい、と言います。
「今昔物語」に安倍晴明が無益な殺生をひどく嫌った、というエピソードが載っています。そういうことを踏まえてこのせりふは書かれていると思います。

ここで最大の見せ場になります。
狐葛の葉は、童子がさびしくないように、そして保名へお別れに、座敷の障子に歌を書き残します。

恋しくは たずね来てみよ 和泉なる
信太の森の うらみ葛の葉

植物の葛の葉っぱはヒラヒラとしていて、すぐ風に裏返るのです。
なので「裏見」→「恨み」とかけて、「葛の葉の」は「裏」「恨み」にかかる枕詞にもなっています。

(勝手に出て行った私をあなたは恨むでしょうが)でももし私が恋しかったら、和泉にある信太の森に、葛の葉を裏返してわたし(葛の葉)を探してたずねて来てみてください。
くらいの意味です。

ふつうに書いたり、途中から子供を抱いて左手で書いたり(字が裏返しになる)、口にくわえて書いたりします。曲書きというやつです。見せ場です。
チナミにこの場面も浄瑠璃にはなく、歌舞伎の入れごとです。浄瑠璃だと、ふすま開けるとすでに書いてある設定です。

全体に、狐葛の葉の心情を地味に、しっとりと歌い上げた雰囲気の浄瑠璃に比べて、歌舞伎は人外のイキモノの異質さを派手な演出で強調するかんじです。面白いっちゃあ、面白いです。

たまりかねて飛び出す保名ですが、葛の葉はその瞬間消えてしまいます。
庄司夫婦、葛の葉姫も出てきてみんなで悲しみます。童子くんはみんなで実の息子としてかわいがろうと思うのですが、とにかくお乳が、出ないので、困ります。
戦前の子供って、小学生くらいまで普通にお乳飲んでいました。なぜ無理に段乳するのか、今の育児のほうがワタクシよくわからないのですが、昔はそうです。
なので5歳の童子くんがお乳をほしがるのは全然変じゃないのです。

とここでいきなり展開変わって、さきほど出てきた木綿商人、実ハ悪右衛門の手先たちが攻めてきます。葛の葉姫を渡せー!!
本来はここで保名の立ち回りがありますが、最近カットかもしれません。

一行、狐葛の葉に会いに、信太の森を指して出発します。
お話としてはここでひと区切りです。

この後信太の森の場が付きます。
きちんと森のセットを組んで、狐葛の葉の道行き、保名と葛の葉の再開、別れ、葛の葉と悪右衛門たちとの戦い、宙乗りとか篭が宙に浮いたりとか、
さらにていねいに出すと保名のライバルの芦屋道満(あしや どうまん)が童子くんに会って、会話して、「利口な子だ」ということで「晴明」の名前を与える場面まで付くことがありますが、

花道のへんに葛の葉がせり上がってきて、ちょっと宙乗りして終わりなこともあります。
このへんは、ストーリー的には「おまけ」なので、その時々の都合でどのように出してもいいのだと思います。

というかんじです。

派手な演出は多いですが基本的には台詞劇ですので、聞き取れないとわかりにくいかもしれません。
大体の設定を押さえていくだけでずいぶん違うと思います。 
演出を楽しむと共に、狐の古風な趣のある、情愛や悲しみも味わってみてください。

葛の葉姫の姉、榊の前が死んだとき、保名が悲嘆にくれて恋人の小袖を持ってさまよう「物狂(ものぐるい)」の場は、もうお芝居では出ないのですが、
清元の踊り、「保名」として残っています。
これがまた、難しい踊りらしく、いいのに当たったことありません…。出たもの全て見ているわけじゃないから運が悪いのかもしれないですが。
悲しみで魂が抜けたようにさまよう男、というのと、それなりに教養も品もある平安貴族、というのと、男性としてのキリっとしたところ、そして、踊りとしての形の美しさ。
このすべてを満たすのは大変そうです。


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4 コメント

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祖母から寝物語にきいた話 (KORO SANDWICH)
2009-11-30 17:58:03
最近お目にかかった方の信田という姓に「むか~し、むか~し、あるところに・・}ではじまる懐かしい祖母の夜毎に聞かせてくれた話を、
“おばあちゃん、おはなし聞かせて”とせがんだ幼い頃の自分を思い出させてもらいました。なんて優雅で悠長でかけがいのない時間だったことか。お話を聞かせてあげないうちに孫は
すっかり大きくなって取り戻せない時間にちょっぴり歯噛みしています。
Unknown (aki)
2020-09-18 16:55:21
憲法改正を急ぐ理由を知って下さい
突然の書込み失礼致します。
この度は皆様に知って頂きたい事があり、誠に恐縮ですが書込ませて頂きました。

マスコミが大きく報じぬ中、連日中国の日本領海侵犯が増大し、尖閣侵略を狙っている現状を、
実際に侵略虐殺を受けるチベット等の姿と重ね今多くの方にどうか知って頂きたいです。

戦後日本を弱体化させる為、アメリカが作成した日本国憲法施行後、韓国が竹島を不法占拠し、その際日本の漁船を機関銃で襲撃し、多くの船員が死傷しました。

北朝鮮は国民を拉致し、日本全土を射程に入れるミサイルを数百発配備しており、尖閣には中国艦艇が侵犯する現状でも、憲法の縛りで日本は国を守る為の手出しが何一つ出来ません。

現在まで自衛隊と米軍の前に中国や北朝鮮の侵攻は抑えられて来ましたが、米軍がいつまでも守ってくれる保証は無く、時の政権により米軍が撤退してしまえば

攻撃されても憲法により敵基地攻撃能力が無い自衛隊のみでは、日本はチベットと同じ道を辿りかねません。

9条の様に非武装中立を宣言しても、平和的で軍事力の弱かったウイグル等を武力で侵略し、現在進行形で覇権拡大を行い「日本の領海を力で取る」と明言している中国や、

核ミサイルで日本を狙う北朝鮮、内部工作を行う韓国が尖閣等から侵略の触手を進めているからこそ、GHQの画策により戦う手足をもがれた現憲法を改正し、

自立した戦力と抑止力を持たなければ国民の命と領土は守れないという事を
中韓側に立ち国民を煽動する野党やメディアの姿と共に
一人でも多くの方に知り目覚めて頂きたいと切に思い貼らせて頂きます。
https://pachitou.com
長文、大変申し訳ありません。
Unknown (Unknown)
2020-10-22 05:59:30
待ってましたッ!

遅きに失したところはございますが、記事の追加とても嬉しいです。
舞台にとって厳しい時期が続きます。
主様におかれましても、くれぐれもご自愛くださりましょう。
Unknown (aki)
2021-05-04 00:43:12
憲法改正を急ぐ理由を知って下さい
突然の書込み失礼致します。
この度は皆様に知って頂きたい事があり、誠に恐縮ですが書込ませて頂きました。

マスコミが大きく報じぬ中、連日中国の日本領海侵犯が増大し、尖閣侵略を狙っている現状を、中国に侵略虐殺を受けるチベット等と重ねて今多くの方にどうか知って頂きたいです。

戦後日本を弱体化させる為、アメリカが作成した日本国憲法施行後、韓国が竹島を不法占拠し、その際日本の漁船を機関銃で襲撃し、多くの船員が死傷しました。

北朝鮮は国民を拉致し、日本全土を射程に入れるミサイルを数百発配備しており、尖閣には中国艦艇が侵犯する現状でも、憲法の縛りで日本は国を守る為の手出しが何一つ出来ません。

現在まで自衛隊と米軍の前に中国や北朝鮮の侵攻は抑えられて来ましたが、米軍がいつまでも守ってくれる保証は無く、時の政権により米軍が撤退してしまえば、
攻撃されても憲法により敵基地攻撃能力が無い自衛隊のみでは、日本はチベットと同じ道を辿りかねません。

9条の様に非武装中立を宣言しても、平和的で軍事力の弱かったウイグル等を武力で侵略し、現在進行形で覇権拡大を行い「日本の領海を力で取る」と明言している中国や、

核ミサイルで日本を狙う北朝鮮、内部工作を行う韓国が尖閣等から侵略の触手を進めているからこそ、GHQの画策により戦う手足をもがれた現憲法を改正し、

自立した戦力と抑止力を持たなければ国民の命と領土は守れないという事を、
中韓側に立ち、印象操作で国民を煽動する野党やメディアの姿と共に
一人でも多くの方に知り目覚めて頂きたいと切に思い貼らせて頂きます。
https://pachitou.com
長文、大変申し訳ありません。

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