小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

「集団免疫獲得説」噺

2020年09月15日 00時03分25秒 | 文学


【ブログ管理人前口上】みなさま、本日は小浜席亭へようこそお出で下さいました。新型コロナウイルス感染予防のため、座席はソーシャルディスタンスを確保し、一席ずつ空きを取っております。また会場内では、必ずマスクをご着用ください。大きな声での会話はお慎みください。掛け声はご遠慮願います。笑いたくなっても極力我慢していただき、どうしても我慢できない時は、できるだけ声を低めてお笑いくださるようお願い申し上げます。また、お帰りの際には、順にご退席いただくようご案内いたしますので、ご着席のままお待ちください。みなさまにはいろいろとご迷惑をおかけいたしますが、ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。それでは、最後までどうぞごゆっくりお楽しみください。
          
                         賽子亭薮八(さいころていやぶはち)

 落語には「地噺」と呼ばれるジャンルがあり、八つぁん熊さんのやりとりではなく、噺家独り語りの与太話で、形は漫談と同じだけれども、おそらく枕の発展型ではないかと思われる。四代目鈴々舎馬風の得意芸で、遠い昔、ラジオで聴いた。風刺の効いた際どい毒舌に人気があり、子どもの私に風刺がピンときたかどうかは怪しいが、けっこう楽しみに聴いて、その口舌は少し覚えている。

 藪八:
てなわけで四代目馬風師匠の前座として、賽子亭の与太話にしばしのおつきあいのほどを。
 小浜席亭のブログで上久保靖彦先生の集団免疫獲得説が話題になっとりやすね。あたくしも感染症やウイルス学は畑違いでズブの素人。さりながら、ヤブの薮八とはいえ、エッヘン、それがしも医者の端くれ。端くれもうんと端っこの端くれとは申せ、素人にちょっぴり毛が生えておりやす。ま、オバQの頭のテッペンくらいの毛で、威張れる代物じゃありやせんが・・・。そいつを頼りにコロナの一席。
上久保先生の出発点は「ウイルスの干渉(競合)」で、これは「インフルエンザに罹ったと思ったら風邪まで引いちまったぜ、ハックション!」てことが、なぜか起きねえ。その説明をするもんです。インフルが重いんで風邪は紛れちまうてぇわけじゃなくて、一つの細胞組織に二種以上のウイルスは住めねぇのがウイルス界の掟。国で言や「領土問題」。ヤーさんで言えば「縄張り問題」。複数種のウイルスが同じ細胞組織に侵入すると競い合いになって、勝ったウイルスだけがその組織で増殖できる。だからインフルと風邪とを同時に患う心配は無用。これが「ウイルスの干渉」。
さて上久保先生は、冬にぐっと増え春にぐっと減るパターンを毎年繰り返すンフルエンザが、今年に限って、例年ならピークの1月に逆に急減した事実に目をつけたんすね。これは不思議、一体、何があった? 
あたくしの灰色の脳細胞は、この急減を一目見て、インフルエンザに対する「ロックダウン」が秘密裏に行われたに違いねえと睨みやしたね。秘密の三密。何せ、インフルは怖い。日本だけでも2017年に2566人、18年に3329人、19年には3412人も死んでおりやす。新型コロナはワクチンも治療薬もないからヤバイと皆さん口を揃えますが、インフルはワクチンや治療薬があってこの数字。ヤバかありやせんか。インフルも重症化すればICUのお世話になりやすし、病状次第ではECMOも使うに違えありやせん。コロナに周章てて首相が「学校ぜんぶ休みにせい!」とお達しする以前から、インフルでの学級閉鎖や学校閉鎖が繰り返されておりやした。
ただねぇ、こいつについちゃ、やれ有名人の某がインフルに罹った、やれ今日は何人インフルで死んだ、本日のインフル感染者数とか、いちいちご親切に報じてくれるメディアがなかったんで、日本中「知らぬが仏」だっただけのこってすね。このあんまりの差別にインフルウイルスは「不公平だ! 偏向報道だ! 新顔のコロナばっかりに目を掛けやがって!」と怒っとりやすよ。
てなわけで、3年続きのインフル流行にも、年々増えるインフル死者数にも無関心なマスコミや世間に、「このままじゃヤバイ!」「もう当てにせんわい!」と、誰が号令するでもなく黙って三密回避を始める日本人が出てきて、それがインフル急減させたに違えねえ。え? 「そんな話きいたことない、そんなことした覚えない」とおっしゃるんで? ふむ、そこがそれ「黙って秘かに」なされた証しでさ。メディアやネットで騒ぐばかしが日本人じゃありやせん。不言実行。男は黙ってサッポロビール。奥ゆかしいなあ。
ところが上久保先生のお説は、こうなんすね。日本には昨年末から1月にかけて中国からすでに初期の新型コロナが渡ってきて、それがインフルとの間で「ウイルスの干渉」を起こした。インフル急減が起きたのはそのせい、と。ふーむ。わが「秘密裏のロックダウン説」は、なんせ「秘密裏」ですから証拠が無え。エビデンスがないのがエビデンスじゃあね・・・。インフルフル急減の説明としちゃ、ウイルス干渉説のほうが何やら科学的ですなぁ。
しかし、御説鵜呑みも癪なんで、ちょいと屁理屈をこねやす。「ウイルスの干渉」たあ、要は椅子取りゲーム、侵入口となる細胞レセプターの奪い合いで、問題は何が勝敗を決めるかすね。早いもん勝ちだったり、大量動員したもん勝ちだったり、ウイルスによってレセプター侵入力に優劣があったり、勝利の方程式は複雑なんでしょうな。インフルがわが世の春とばかりに、いや、わが世の冬とばかりにのさばっていた日本国に初期新型コロナが襲来、驕るインフルに待ったをかけたちゅうのが、上久保先生の干渉説。でも、インフルは急減したもののすぐ新型コロナの流行が始まったわけじゃない。勝利の方程式は複雑で、コロナ圧勝とはいかずインフルの足を引っ張るのが精一杯だったのか、双方譲らず相打ち共倒れになったのか。
なぜ、すぐコロナ流行が起きなかったか。ここが上久保説のミソで、干渉を起こした初期新型コロナは、感染力に比して病原力は弱かったからだ、と。現在の新型コロナも感染者の8割は無発病か軽症ですから、これは十分考えられやす。だから、感染しても発病しなかったり「おや、風邪かな」で済んだりで、誰もコロナ襲来には気付かなんだ。気付かねば、「ロックダウン」だ「三密」だ「マスク」だの言い出す者もいやせんね。渡航制限もなし。こうなりゃ、遠慮なく感染は拡がりますよねぇ。「病気」として表面化しないだけで、水面下で「感染」がどんどん拡がる。免疫は感染によって得られるんで、この見えねえ新型コロナの感染拡大に合わせて、このコロナに免疫を獲得する者も知らぬ間に急増。これが上久保説ですな。人工的に無害な感染を起こして免疫をつけるのがワクチンなら、こいつはいわば天然自然のワクチン接種。
ところが武漢で流行ったのは、上久保先生によればその変異型(g型)の新型コロナだった。こっちは病原性が高く、当初の隠蔽もわざわいして、武漢にパンデミックをもたらし、このウイルスが欧米に渡って多数の死者を生みだし、グローバルなコロナパニックに火をつけた。ところが、その欧米に比べ、日本の死者数は現時点では去年のインフル死者にも遠く及ばないほど少ない。初期型コロナの水面下の流行によって多数がすでに免疫を獲得しており、それが変異型の新型コロナにも有効だったからだと先生は仰いやす。
社会内でその伝染病に免疫をもつ人口比が一定以上になれば、感染がネズミ算的に拡がることはなくなり、パンデミックの心配は消える。これが「集団免疫」で、日本はこの域に達しとるちゅうのが、先生の主張すね。ラッキー、ああ、よかった! それに対して、欧米は早々と渡航制限、ロックダウンを徹底したのが裏目になって、初期コロナによる「天然自然のワクチン」接種を経ることなく、いきなり変異型のウイルスを迎え撃つ羽目に。アンラッキー!
以上が、頭のテッペンの毛が三本でキャッチした上久保説の骨子でして。先生は初期コロナをs型とk型に分けてもうちょい話をややこしくしとりますが、これはインフルの流行曲線に落ち込みが二か所あるためでしょうな。このようにマスとしての病気の動きを数理的・統計的に解析するってぇのは、疫学研究でよく使われる手。ただ、s型、k型、g型の検証となりゃ、各時期のウイルスの物質構造の緻密な解明が必要で、その道の技術をもつ専門家を待つほかありやせんなあ。理論物理と実験物理みてぇな関係。
あたくしが上久保説にいちゃもんつけるとすれば、日本人に免疫をもたらした初期の新型コロナが中国生まれで中国からの渡来なら、中国でもその水面下の大流行が起きて大勢に免疫が獲得されていたはずではないかという疑問でしょうなあ。このへん釈然といたしやせん。
ついでに言やあ、集団免疫ができたとは、感染爆発やパンデミックの心配がなくなったってぇことで、個々の人がコロナになる心配が消えたってぇこっちゃありやせん。免疫をまだ得てない人口の何割かは感染のチャンスも発病のリスクも幾らでもありやす。「集団免疫があるから」マスクもソーシャルディスタンスも不要っていう先生のご託宣は、大きな誤解を招きやすね。同じ理由で「感染者がまだ毎日でてるじゃねぇか」てぇのも、集団免疫獲得説への反論・反証になりやせん。
さて、毛が生えた程度の医学談義、お粗末な前座噺はこの辺で。お後はいよいよ真打ち、馬風師匠のご登場を。

                 *

馬風:
おう、よく来たな。このコロナ渦中で。よっぽど感染が怖くねぇ命知らずめ。自粛で仕事なくなっちまって、どうせ行くとこねえんだろ。ま、カップ片手にソファにくつろいでステイホームしとる優雅なお方は、寄席なんぞに来なさらねえよな。『デカメロン』も黒死病蔓延の巷を逃げて別荘にステイホーム、艶笑譚に興じていられる特権的な方々のお話よ。ステイホームなんて横文字の居場所なんぞ、わしらにはねえんだ。ハチミツだかサンミツだか知らねえが、このとおり寄席もがらがらだ。来てくれてありがとう。
ステイホームと言やあ、そんなもんいらんっていう、あの上久保先生のナントカ説。理屈が難し過ぎらあ。カミクボ先生、もうちょいカミクでえて説明してくだせえよ。ま、理屈なんかどうでもいいんだ。あの御説がけっこう受けてるのは、自粛やら三密禁止やらソーシャルディスタンスやらに、あたしらみんな、内心、イヤになっちゃってるせいじゃありやせんかい。ああ、やんなっちゃった。ああああ、驚いたって。やってられっか、こんなこと! おっと(見まわして)・・・でえじょうぶ、でえじょうぶ、ほとんど誰もいねえな。こんならネットで叩かれる心配はあるめえ。客がいなくて喜んでどうする。ま、こんなふうに気を遣わにゃなんねえ空気が情けねえ・・・。さあ、ここなら気兼ねはいらねえ、お客さんも大声でどうぞ。パチンコいきてえ! 飲み屋にどっと繰り込みてえ! 行楽に行きてえ! どうせいくなら賑やかなとこ行きてえ! 歌舞伎町のどこが悪い! 寄席は大入りじゃなきゃ寄席じゃねえ!
国民の生命が優先か、国の経済が優先かみてぇな大上段の議論は、あたしにゃどうでもいいんで。パチンコいったり飲みにいったりのふつうの暮らし、ふつうの楽しみがなくって、何が生命、何が経済でぇ。マスクして高座あがって何が落語でぇ。
いやあ、こいつは、この「非常時」にあたしのワガママ、自己チュウですかねえ・・・。どーもすいません。三平だね。反省。いやいや、そうたぁ言い切れねえ。あたしらの心の底には、ロックダウンだの自粛だのステイホームだの、ホンマに役に立つんかい?って疑惑がヒソカに頭もたげちゃいやせんか。上久保先生の話は、小難しい理屈はともかく、その疑惑の琴線に触れてくるんじゃありやせんか。だって、あんだけ泡食って国民あげて自粛しあって、「やったぜ、頑張ったぜ」「日本モデル」とか自画自賛したのは一瞬のマボロシ。緊急事態宣言解除したらみるみる感染拡大。元の木阿弥。一体あたしらは何を頑張ってきたんだ? あの自粛、なんだった? と疑わねぇほうがおかしいや。
ど素人の頭で考えても、おかしいだろ。自粛してみんな引きこもっておりゃ、そのうちにコロナウイルス、「日本人ちとも出てこないあるね。来た甲斐ないあるね。国に帰るあるね」と中国に引っ返してくれるんかい? 感染先に窮してウイルス野郎みんなホームレスになって、そのまま野垂れ死んでくれるんかい? ホームレスになりそうなのは、こちとらだ。解除早すぎたとか、また緊急事態宣言せよとか、自粛守らん奴には罰則をとか言うんなら、何年何月何日まで自粛続ければウイルスどもが消えちまうのか、そいつを責任もって言ってくれ。
いくら自粛したって消えちまわねぇだろな、きっと。上久保先生の話からあたしの頭でも分かるのは、メンエキってもんが出来ねえかぎり、感染は起きるってこった。だが、感染しねえかぎり、メンエキってもんは出来ねえ、と。ややこしいこったなあ。あたしゃ、酒がなきゃあ働く気になれねえが、働かなきゃあ酒が買えねえ。や、これは違うか。自粛しとれば、確かに感染はしねぇが、代わりにメンエキもできねぇ。だから自粛やめたとたん、またぞろ感染が増えるのは当たり前の話じゃねえか。第二波もへったくれもあるかい。
感染の増加ってぇのは、メンエキの増加で、長い目で見りゃだんだんコロナ発病減ってくってこっちゃありやせんか、めでてぇ、めでてぇ。え? 感染して死ぬ者もいるんだ、「めでてえ」なんてもってのほかって。どーもすいません。また三平だね。人の命は何より大事、感染なんて万が一にもあっちゃなんねえ。それもご尤もなご意見だが、去年インフル感染で大層な数の高齢者が亡くなっても、そのときゃ誰もそんなこと言わんかった。そこが、わけ分からねえ。
あたしみてぇなよいよい爺さんはいいやね。どっちみち長ぇことねえからな。若えもんが可哀想だ。若くて元気だから感染しても滅多にゃ発病しねえ、しても大概軽く済む。遊びてぇ盛りだ、もっと遊ばせればいいじゃねえか。働き盛りだ、もっと仕事させればいいじゃねえか。ところが、若えもんが外に出りゃコロナ拾って帰ってきて、本人は発病しねえとしても、そのコロナが高齢者に感染する。だから、若者よ、高齢者を護るため外に出るな、とのたまう。いつから日本は敬老精神溢れるお国になったんだ。だったらあたしの老齢年金、もうちっとは上げてくれ。
誰がのたまっているかと思やあ、中高年のエライさんじゃねえか。元気な若者への焼き餅か、巻き添えで手前がコロナに罹るのがイヤなんだ。ロックダウン、自粛、ステイホーム。どれをとっても、それをしたってとうぶん困らねぇ金のある年寄りの生き延び策に違えねえ。たんと長生きするがいいさ。金のねえ若者こそ災難だ。明日の釜の蓋は開くのかい?
商売もおんなじだ。このぼろい寄席小屋はもうもたねぇよ。今宵が最後か。ひい、ふう、みい・・・お客さんは四ったりだ。来てくれてありがとうよ。寄席の向かいの蕎麦屋。爺さん婆さんふたりで細々やってる旨い店だが、たたむってよ。あのふたり、これからどうやって食ってくんだ。敬老精神よろしくな。個人のちっぽけな、でも味のある店や仕事がどんどん潰れていく。いやさ、潰されていく。このコロナ騒ぎで世界中そうなってくんだろうなあ。ロックダウンや自粛にも生き残り、焼け太るのは、エゲツねえグローバルな大資本ばっかりだ。いずれ、コロナ不況からV字回復するにはこれしかねぇとか言って、そいつらをどんどん受け入れてくことになるだろうよ。何もかも巻き上げられちまわあ。この寄席も蕎麦屋の跡地も、この懐かしい街界隈、ひとまとめに買い叩かれて、ローラーで押し潰されて、そこにおっ建つのは中国資本やラスベガス資本のド派手なカジノか。やったあたしに言わせりゃ、博打、賭け事なんざ隠れてやってこそ味わいがあらぁ、どっかの検事長さんもそうだったじゃねぇか。情けねえ。落語がこんな愚痴になっちゃおしめえだ、お後がよろしいようで。いや、もう後はねえかも・・・友よ、サラバ。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿