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BL小説・風のゆくえには~時効の話・前編

2018年08月10日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切


2018年8月9日(木)


【浩介視点】


 慶は酔うと寝てしまう。
 本人も分かっていて、外での飲み会の時はかなり飲む量をセーブしているらしい。だから、家飲みだと気にせず飲めていい、と言って、気にせず飲んで、すぐ寝る……。年々、その時間が早まっているのは、さすがの慶も歳を取ったということなんだろう。

 でも……

「こいつ、ホント変わんねえよな。一人だけ時間進むの遅くね?」

 高校の同級生、溝部がローテーブルに突っ伏して寝ている慶の横顔を見ながら羨ましそうに言った。

「風呂上がりに特別なケアとか……、しないか」
「うん。してない」

 面倒くさがって髪の毛も乾かそうとしない慶が、そんなことをするわけがない。体を鍛えることには、時間を惜しまないのに、外見には本当に無頓着なのだ。こんな完璧な美形のくせに……

「慶のうちって、お母さんもお姉さんも妹さんも見た目若いんだよ。遺伝子的に若いのかも」
「あー、そういう家系ってあるよな」

 長谷川委員長が納得したように肯いた。

「お父さんはわりと普通だよね」
「あ、うん。そうだね」

 弟さんの家が慶の実家と近い関係で、慶の家族を知っている山崎の言葉に同意する。慶のお父さんは年相応な気がする。

「ん……」
「あ、慶」

 みんなに注目されたせいか、慶が小さく唸りながら身じろぎをしたので、トントン、と肩を叩いてやる。

「慶、腕痺れちゃうよ? 寝るならベッドに行ったら?」

 誰もいなければ横抱きにして連れて行くところだけど、みんなの前では慶が嫌がるかな……と思って、声をかけたところ、

「あー、うん……」
「え」

 身を起こした慶の頭が、そのままストンと隣に座っているおれの腿の上に落ちてきた。膝枕、だ。

「………あ」

 まずい。溝部に「人前でイチャイチャするな!」とツッコマレル、と思って身構えた。………けど、

「本寝だな、こりゃ」
「渋谷ってすぐ寝るよね」
「それが若さの秘訣か?」

 みんな膝枕に関しては何も言わないでくれたので、このままで大丈夫みたいだ。溝部も結婚して1年以上たつし、12月には子供も生まれるっていうし、人のこととやかく思うことがなくなったのかな……

 慶はいつもみたいに丸くなって、安心したようにくーくー寝ている。ああ、可愛い。可愛すぎる………


「幸せそうな顔してるな……」

 山崎がボソッと言った。山崎は今日はずっと元気がない。さっき理由を聞いたときは誤魔化していたけれど……

「だから、山崎。今日のお前のそのテンションの低さは何なんだよ? いい加減、話せ」
「…………あ、うん……」

 溝部に詰め寄られ、ようやく、ポツリポツリと話し出した山崎。アルコールも回ってきて、話す気になれたのかもしれない。

 なんでも、奥さん(慶の元同僚で、おれの主治医だった戸田菜美子先生だ)が、5月に生まれた赤ちゃんを連れて、また里帰りしてしまったそうなのだ。

「自分達がいると、オレに迷惑がかかるからって……」

 仕事から帰ってきた山崎が、赤ちゃんの世話や家事を熱心に手伝ったことで、逆に戸田先生に申し訳ないと思われてしまったそうで……

「なんだそれっ!」
 溝部が驚いたように叫んだ。

「んじゃ、手伝わないほうが良かったのか? 先輩、どうなんだそれ?」

 溝部に振られた委員長は、うーん、とうなると、

「もしかして………、山崎、子供の世話、奥さんより上手い?」
「それはまあ……甥っ子をよく預かってたから慣れてるというか……」

と、口ごもった山崎に、委員長がうなずいた。

「そういうのもあるかもな。奥さんは初めての育児で思うように出来ないのに、仕事から帰ってきた旦那にサクサクこなされて、余計に落ち込んだ、とか……」
「………」
「奥さん、完璧主義っぽいもんな?」
「………」

 言い返せない山崎。おれもなんとも言えないけれど……。

 シン、としてしまった中、いつものように、溝部が「そういえばさ!」と雰囲気を変えるように明るく言った。

「今思い出したんだけど、うちの鈴木も、結婚した当初は、自分が出張の時、おれが陽太と留守番するの、申し訳ないってすげー謝ってたぞ」

 今じゃそんな低姿勢な言葉、考えられないけどな! と笑った溝部。溝部は高校の同級生の鈴木さんと結婚して、鈴木さんの息子の陽太君の父親になった。家族3人とても仲が良い。だから……、

「今じゃ考えられないって、それは『申し訳ない』から『ありがとう』に変わったんじゃない?」

 言うと、溝部はキョトンとしてから、いきなりバシバシおれのことを叩いてきた。

「いいこと言うね~桜井先生! そうだな! ありがとうに変わった!」

 楽しそうに笑った溝部。と、同時に、山崎がローテーブルに突っ伏した。

「オレは……ありがとうもいらない」
「……………山崎」

 再びシンとした中に、山崎の辛そうな声が響き渡った。

「オレはただ、一緒にいられるだけでよかったのに………」
「……………」
「……………」
「……………」

 山崎…………

 さすがの溝部も何も言えず黙ってしまったところ………

「あ」

 いきなり、長谷川委員長が「あ」と言った。

 何だ?と、視線を向けたけれど、委員長は口に手を当てて、天井を見ている。なんだなんだ?

「何?」
「何だよ?」

 おれと溝部が同時に言うと、委員長はなぜかおれの膝の上の慶に視線を向けて………それから、「まあ、いいか」とつぶやいた。

「ま……、時効だよな」
「え?」

 時効?

 委員長は苦笑いを浮かべると、意外なことを言った。

「昔、今の山崎と同じようなこと、渋谷も言ってたなーと思ってさ」




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お読みくださりありがとうございました!
前後編に分けることにしました。
こんなマッタリ話、誰得? いいの。私が読みたいからいいの。と、いつもの自問自答をしつつ……

そういえば本日はブログ開設12周年記念日でした。お付き合いくださり誠にありがとうございます。

後編は火曜日の予定です。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

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今後ともどうぞよろしくお願いいたします!

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