小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

エリートたちの思考停止

2019年10月11日 13時34分38秒 | 思想



2019年10月8日、遠藤金融庁長官が、厳しい経営環境が続く地銀について「他力本願的だ」と指摘し、主体的な改革推進を求めました。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191008-00000013-jij-pol&fbclid=IwAR0cYwfhmTgvK_gBb10SJlrX8IlWIOouMyF6T6Qzuwmq1dlKAUNVwCMnFMo
 遠藤長官は、地銀の収益改善策について「顧客と中長期的な信頼関係を結ぶビジネスを真剣に考えれば資金利益は確保できる」と強調しました。
また、預金口座の維持手数料を利用者から徴収する議論が浮上していることに対しては「サービスが変わらないまま、収益向上のためだけに手数料を取るのであれば顧客が納得しない」と指摘し、利便性を高めるなど、現行取引に付加価値を加えることが大事だと語りました。
一見正しいことを言っているように見えます。

しかし地銀の経営が厳しさを増している背景には、安倍政権のデフレ政策の誤りがあります。
そしてその根源には、金融緩和さえやればOKというリフレ派の考え方があったのです。
日銀は、いまだにこれを続けています。
この政策のために金利が極端に低下し、銀行はいま青息吐息です。

銀行の主な利益は、貸出金利と預金金利の差額、それに取引に伴う手数料です。
しかし肝心の金利がこんなに低くなってしまっては、経営が圧迫されるのは当然でしょう。
おまけに需要が冷え込んでいる地方企業が、銀行からお金を借りて投資に踏み出そうとしません。
それは、このデフレ状況では、将来的に儲かる見込みが立たないからです。
そういうわけで、地銀はどこも断崖に立たされています。
島根銀行が一番に破綻しましたね。
この状況は、政府が大胆なデフレ対策を打たない限り、解決不可能です。

そんなことは一目瞭然なのに、金融庁長官はその根本原因に言及する代わりに、地銀に対して、効果のないスポ根型精神論をひたすら押し付けているわけです。
知っていながら知らないふりをしているのか、マクロ経済に蓋をして、ミクロ経済の問題にスリカエているのですね。
間違った前提をそのまま受け入れて、自分の役職の範囲内でしかものを考えたり発言したりしないのです。
ここには、全体的な流れやプロセスを見ようとしない思考停止の典型が現れています。

しかもこれには後日談があります。
信頼できる筋からの情報ですが、今度は、自民党の金融調査会で、国会議員が同じ論調で当の金融庁を責めていたそうです。「金融庁の指導が足りない」「地銀はもっとニーズに合ったサービスをしないからダメなんだ」という具合に。
真相から目を背ける人々の、見苦しい「罪のなすり合い」ですね。

このように、手を汚さないで済むエリートや財界人たちのなかで、いま思考停止による無責任な言動が横行しています。

もう一つ例を挙げておきましょう。

一日後の10月9日、ファーストリテイリング会長の柳井正氏が日経ビジネスのインタビューに答えています。
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/depth/00357/?fbclid=IwAR0q2FElDohYtgGKOwaZE4OykqTNXOKN70joIMZ7zM0ypMj-U4AftKtixUk
このインタビューで、柳井氏は、日本はこのままでは滅びるから、大改革が必要だというのです。
ではその大改革とは何かといえば、次のようなトンデモ政策です。

まずは国の歳出を半分にして、公務員などの人員数も半分にする。それを2年間で実行するぐらいの荒療治をしないと。今の延長線上では、この国は滅びます。
 参議院も衆議院も機能していないので、一院制にした方がいい。もっと言えば、国会議員もあんなに必要ないでしょう。町会議員とか村会議員もそう。選挙制度から何から全部改革しないと、とんでもない国になります。


これは、維新が掲げている政策と酷似していますね。
アメリカで盛ん(だった)「小さな政府」論への盲従です。

柳井氏は、日本の公務員が人口比で世界一少ないということも知らないらしい。
これ以上公務員を減らしたら、公共サービスの劣化はますます進むでしょう。
災害時などの繁忙期に、公務員がいかに心身をすり減らして死にたくなるまで働いているか、氏は想像したことがあるのか。
公務員は少なくとも、いまの2割は増やさなくてはならないのです。
また、歳出を半分にして、デフレ脱却、社会福祉の充実、インフラ整備、教育、医療、防災、国防その他、いま日本にとってぜひ必要とされる案件をどうやって解決しようというのか。
何よりも、こういう「大改革」をすれば、どうして「滅びゆく日本」を少しでも食い止めることができるのか、その理路がまったく立っていません。
いまの日本の衰退のおおきな原因が、柳井氏のアイデアとは真逆の、緊縮財政路線にあるということも、彼はまるで分っていないようです。
要するに、ふだんから、「小さな政府」を実現して、自分たちのビジネス領域を拡大しようとしか考えていないので、何の根拠もない思い付きをフカしているだけなのです。

儲けることに専念して(それはそれで結構なことですが)経営に成功してきた者が、ちょいと偉くなって政治に口出しなど始めると、バカなことしか言えない、その無残な例がここに現れています。
日本の衰退を政治的に問題にするなら、もう少し政治について勉強してはどうでしょうか。
あなたのような人がいるから、日本は滅ぶのだと言いたい。

御用学者のたぐいにも無知をさらしている人はたくさんいますが、それはこのブログで何度も取り上げてきましたので、今日は控えておきましょう。
いずれにしても、これら著名人の発言が、じつは私的利害や主観的信念や自己保身のためだけなのに、公共的な体裁のもとになされている例が氾濫しています。
こういう無責任な言論状況が積み重なることもまた、「滅びゆく日本」をいっそう前に進めるでしょう。
一国が滅んでゆく最大の原因は、その国の国民が、自国の滅亡過程を自覚しないことです


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