30分でわかる今の日本。完全な日本の終わりとノアの方舟 | 高澤 一成 「真の哲学者とは」

高澤 一成 「真の哲学者とは」

■哲学・社会学・社会思想に基づく「社会衰退の克服論」
■成人道徳教育(啓蒙)の必要性と、道徳と自由の両立

30分でわかる今の日本。完全な日本の終わりとノアの方舟
 





■自著「いま僕らに必要な道徳」の文庫版が9月13日に発売 !    

 私の家の近くでは八王子駅前「セレオ八王子」8階の有隣堂に平積みされていた(中央下の灰色の本)。
 私の担当だった課長代理である田中さんからの評判も良く、私の本を愛読して携帯しているとのこと。但し初版は、都市部の紀伊国屋、有隣堂、三省堂などの大きな書店にしか置かれていない。

 今回の文庫版は、幻冬舎グループがこれまで出版してきた1000冊以上もの著書の中から、新書や絵本、写真集を除いた単行本のうちの3%にも満たない作品だけを厳選し、「売れる本」だけを文庫化して、重版を目指していくための再出版である。

 

 非常にありがたい話であるが、フジテレビの「バイキング」や朝日新聞が「こども六法」(法律)を特集し、また一躍時の人となった大人気ユーチューバー国会議員である立花孝志がメンタリストDaiGo(心理学)を絶賛しており、そうした影響下では、私の本はまだまだ劣勢であり、若者、特に男性の「道徳離れ」はいかんともしがたい。

 

 欧米の宗教倫理のような、最低限の道徳すらない現代日本では、たとえエリートであっても、元財務省で自民党の国会議員である石崎徹が秘書への暴行で書類送検されたように、道徳がなく、どうしても世俗の人は、個人的な武器としての法律論や心理学と言った「近道」や、表面的で形式的な方法論だけに飛びついていってしまう。

 一方で、社会の構成員がほぼ均質的で同質的な日本とは違い、欧米では人種や宗教が異なるさまざまなルーツの人たちとの共生の中で、社会の中で宗教倫理を実践する機会にあふれている。

 

 そしてそもそもが朝日新聞も、いじめとは「暴力・犯罪ではない無視、陰口、仲間はずれが大半」と認めており(下の画像)、つまり理論的に言って、「こども六法」のような「法律」ではなく、「道徳」以外に解決の方法はなく、また、児童虐待も繰り返しになるが、昨年児相が対応した児童虐待は15万9850件であり、そのうち摘発されたのはわずか1380件であり、摘発されない残りの15万8470件、全体の99.99%は理論的に言って親の道徳でしかなくすことができないのである。
 

 

     

 

 曽野綾子が「子どもは悪いから学校に行くんです」と言うように、子どもは人として未熟であり、多感であるから、いじめではなく、単なる人としての好き嫌い、つまりヘーゲルの言う「好悪(こうお)の情」でしかない「無視、仲間外れ、陰口」まで「違法」として、厳格に「こども六法」で縛るとなると、完全に子どもの内心まで支配することになってしまう。

 むしろそうしたこどもたちの内心にある好き嫌いや心象こそが、こどもたち各自の存在意義であり、各人の道であり、パーソナリティーであり、こだわりである。無論、物事に対する好き嫌いは育てていくとしても、人さまに対する好き嫌いは学校で直していかなければならないが。

 

 ところでメンタリストDaiGoさんも、「こども六法」の著者も、学生時代にいじめられていたというから、心理学や法律ではない根本的な解決である、高校の倫理科で習うような道徳の存在に目を向けて欲しかったと思う。

 しかし、そもそも自民党や文科省のバカ道徳が「友達を大切にしよう」という、主観極まりないエセ道徳であり、つまり「×友達」という時点で「自分の好き嫌いによる排外的で排他的な人付き合い」を学校が推奨してしまっているのであり(フランス共和国憲法の道徳は「○博愛」)、北野武が「新しい道徳」で、「友だちが一人もいなくたって、幸せに生きてる奴はたくさんいる。」と言ったり、美輪明宏が「悩みのるつぼ」で「友達が欲しいなんて寝言言うな」と言うように、友達は普遍的な道徳ではなく、むしろ「友達はいじめの始まり」であり、日本の学校教育の前提からして完全に間違っているのである。

 逆に「友達作りを推奨しつつ、仲間はずれをなくすこと」自体が完全に矛盾しているのだ。

 それでも多くの日本人はけげんな顔をされるだろうが、いじめる側の人たちとは当然複数であり、「排外的で未熟な友達関係」にある。

 無論、良い友達関係もあるが、「いじめの絶対条件」が何らかの徒党であり、友達関係なのである。

 

 そして今の日本国民の多くとは、女性や若者、3500万人の高齢者を中心とした、自民党や大マスコミに利用されるだけの「B層」に加え(政治の項で詳しく書くが)、我々40代より下の世代に多い人格障害、統合失調症や発達障害、いわば社会性のない人たちであり、いわば道徳や哲学を軽視する風潮の人たちである。

 こればかりは美輪明宏が言う「本人の気づき」がない限りどうしようもないが、厳しい学歴社会や競争社会に勝ち残ったことで得た副産物である(美輪明宏が最も嫌う)「優越感」という観念しかないような薄っぺらいエリートが、「道徳的確信」なく、心ない言動を繰り返したり、パワハラや強制わいせつをして人生を台無しにしている。

 

 彼らには人としての最低限の行動規範や社会性が欠如しており、逆に彼らの内心を支配しているものとは、競争社会で得た「優越感」に加え、「バレなければ何をやってもかまわない」であるとか、大学生による特殊詐欺や、医大生による強制わいせつなど、他人をわが物にしようという「悪意」である―。

 

 道徳を理解しない彼らに特有の優越感や悪意とは、彼らには純粋さがないことの証しであって、健全な精神状態や運気、インスピレーションといった「一切の目に見えない良いこと」から、全く遠ざけられ、自己本位的で悪い精神状態ばかりの廃人となって過ちを犯し、ヘーゲルが言うように「思い上がった個は社会によって襲撃され、没落」し、現に司直の手に委ねられているというのが現実なのである。

 

 メンタリストDaiGoさんや「こども六法」を支持している若い人たちに言いたいのは、皆さんが今生きている人生とは、美輪明宏さんが言うように、人としての「修業」や「学び」として生きているのであって、つまり我々人間とは、道徳的になるためだけに生まれてきたのであって、道徳を否定する左寄りの大マスコミの陰謀を信じて、小手先の方法論だけを聞きかじっても、心から道徳的にならなければ現世を生きている意味が全くないのである。

 

 但し、このお二方自体は道徳的なので、私がとやかく言うことはないが、道徳を知らない人が、外部観察的な心理学や法律論だけで、すべての問題が解決できるわけでは全くなく、現にその二つによって児童虐待やいじめは全く解決できていない。

 

 こんな本を出して、こんなことばかりを書いていると私がさも道徳的な人間であり、人さまに対してエラそうに諭(さと)しているように思われる人も相当数おられると思うが、「全く逆」であり、私自身も、道徳を学ぶことのできない今の時代に生まれて、「完全に道徳がなかった」から、好きな人に嫌われ、大いに挫折し、孤立して、絶望し、失った物の大きさの代償として、このような罪滅ぼしをしているというだけの話である。そして何よりいじめ自殺や児童虐待をなくすためである。

 

 

■人への攻撃は必ず自分に返ってくる

 

 今のネットは、名前を名乗らず覆面を被った人たちからの「攻撃の場」であり、たとえばツイッターで、私が道徳的なブログの更新や道徳的なツイートをしても一切「いいね」はつかないが、他者に対する政治的な批判には非常に多くの「いいね」が付くので、私は批判的なツイートをやめることにした。  

 私と親交のあるN国党の立花孝志氏は、ネット、ことにYouTubeを、「NHKを改革するための炎上の場」として、多くの人を攻撃していることが批判の対象となっているが、いずれのケースも、最初は彼が攻撃される側であり、正当防衛のための配信であった。

 しかしたとえそうであっても、不毛な論争、罵(ののし)り合い、法廷闘争は終わらず、そうした中で私は、三木大雲の次の言葉によって、批判的なツイートをやめることにしたのである。

 

 私は、仏教では美輪明宏と同じく、日蓮上人(しょうにん)を尊敬しているが、その日蓮宗である三木大雲は次のように言っている。

 
「お経の中には ※ 還著於本人(げんじゃく お ほんにん)と言って、本人が出したものってすべて本人に帰ってくるので、結局怒りを出せば、どっかで誰かに怒りを抱かれると。

 良いことすればその分帰ってくるというのが因果応報ですので。

 本当に、怒りの心を出してしまうということは、非常に危険なことで。

 呪いをかけた人がどうなっているかの方が、本当に一番恐いでしょうね。」

 (三木大雲   ※ 法華経観世恩菩薩普門品第25の文)

 無論、「人を攻撃すれば、自分に返ってくる」というのはヘーゲル哲学の中でも核心の真理であり、私の中にもこの真理は入っていたが、その法華経との符合に正直驚いた。

 日蓮上人とはヘーゲルよりもはるかに前の時代から大ヘーゲルに通じる哲学を持った偉大な宗教家だったのである。

 

「犯罪とは、自然の破壊である。そして自然とは、ただ一つのものであるから、破壊する者[犯罪者]において、破壊された者[犯罪を受けた者]におけるものと同じだけが、破壊されているのである。犯罪者は他人の生命を手にかけたと思った。けれども彼は実は自分自身の生命を破壊したにすぎない。なぜなら生命とは、ただ一つの神なるもののうちにあるのだから。」(ヘーゲル著 「キリスト教の精神とその運命」/高山守「ヘーゲルを読む 第3回」 放送大学)

 

 元日本哲学会会長・元東大教授の高山先生の番組ではここまでだが、同著では「彼が暴虐を加えたの同じように、彼に向かって暴虐を加える云々(うんぬん)」(木村毅 訳 現代思想社)と続く。

 そして「還著於本人(げんじゃく お ほんにん)」の言葉通り、攻撃すれば攻撃され返され、すなわち立花孝志氏の戦線、法廷闘争も無限に拡大し続けている。

 そのため、時間が全く足りずに対応できなかった、私と親交のある久保田学市議の裁判で、反訴されて、敗訴してしまったという。

 

 

 

 

■立花孝志はヤマトタケルノミコトの再来? 

 

 立花孝志氏は人から攻撃を受けることを恐れず、これからも戦いを続けていくのだろうが、私自身は炎上そのものではなく、児童虐待やいじめ、あおり運転、パワハラなどの原因である「道徳退廃」を克服するため、また、日本国民の「経世済民(けいせい さいみん)」のための反緊縮増税、反グローバリズムといった、難しくも建設的な戦いを続けていきたい。

 

 しかし私自身はそれでも立花孝志を、「ヤマトタケルノミコトの再来」として絶賛している。

 立花孝志は体躯(たいく)に恵まれ、どんな有力者に対しても、はばかることなく、破壊的だが、純粋で、愛国心があり、強い勢力を征伐するなど、ヤマトタケルノミコトとの符合があまりにも多い。

 そして私がアドバイスし、絶対に無理に思えた、最初はたった10人での参院選の比例での議席獲得も、神がかった強運と選挙戦術の変更を駆使して、奇跡を起こした。

 

 そしてどんなに下世話に見える有名人に対する攻撃も、すべてに悪意はなく、純粋に批判していることを私は知っている。だが、私は聖パウロやスピノザに近い精神性なので、道徳に否定的で新自由主義的な橋下徹やホリエモンを絶賛し、メンタリストDaiGoを信奉する彼との共通項はあまりに少ない。

 

 昨年の動画で立花氏は「道徳を重視している」と言って、私も支持してきたが、昨今はメンタリストDaiGo氏(心理学)に「こども六法」が注目され、若い男性の道徳離れはますます顕著であり、私の道徳のための戦いも衆寡(しゅうか)敵せず、焼け石に水であり、少年の間で倍増している特殊詐欺はもちろんのこと、児童虐待の増加や公務員の犯罪など、これから先の日本社会は全く良くなっていかないだろう。

 

 また、書くことのない朝日新聞は、立花孝志の「虐殺発言」を社説で取り上げ、議員辞職を求めている。

 この虐殺発言については、左派メディアや小西洋之など野党の議員が大騒ぎしているが、純粋でミーハーで政治に疎(うと)い立花議員が中田敦彦氏の世界的な人口爆発の動画を見て感動し、率直な感想を述べたに過ぎない。そもそもが完全に朝日新聞寄りである坂本龍一も過去に全く同じような「人口を統制すべき」という発言をしている。

 

(朝日新聞 10月2日)

 

 「反日」、「道徳全否定」の朝日の編集委員が口先だけできれいごとを書いても、哲学的に言えば、偽善者ぶって、つまり読者をコントロールするためだけに、自分たち「だけ」が正しいとして「自己正当化」しているだけであり、朝日が何を書こうが、国会議員を早く辞めたがっている立花氏が、虐殺に関わることはないし、現にアフリカや中東で虐殺は「行われている」のである。


 また中国やロシアも虐殺と言えば虐殺であろう。
 プーチンも自国の高層マンションを爆破して、何百人もの自国民を虐殺し、プーチンが長官を務めたFSBの元部下であるリトビネンコは、真相を知ってイギリスに逃げたが、放射性物質で暗殺されている。
 中国でも一宗教団体に過ぎない法輪功を共産党が政府を挙げて虐殺し、生きたまま女性の心臓、腎臓などの臓器を摘出している。
 これが日本で言えば、安倍首相が、人のいる六本木ヒルズを爆破したり、創価学会員を捕まえて人体解剖したりという、戦後70年で完全に平和ボケした我々日本人には到底想像できない話だが、それが世界というものである―。
 

 ただ私自身は、立花議員や中田敦彦氏のように、世界的な人口爆発が日本人にとって重要な問題に到底思えないし、坂本龍一のように人口統制すべきと思う時点で、我々日本人が傲慢(ごうまん)であると思っている。

 つまり立花氏や三橋氏に欠けている、世界の人口問題(具体的に言えば、アフリカからの難民の流入に悩むヨーロッパ圏)の観点とは、以下の3つであろう。
 つまり①宗教倫理、②ヨーロッパサッカー、③人生観の3つの観点である。

 我々日本人が愉悦(ゆえつ)に浸って、アフリカからヨーロッパへの人口流入を問題視するのは非礼である。

 まず、ヨーロッパには、我々にはない道徳、つまり宗教倫理が行き渡っているので、損得勘定しかない俗人が余計な詮索をする必要はない。

 困っている人を助ける自己犠牲の精神がキリスト教の核心であり、まさにキリスト教の教えを実践する修行の場であって、かつ各国が抱える移民問題を我々がとやかく言うのは内政干渉である。

 そもそもヨーロッパとは、日本のように極度の反日の国々や核兵器を保有する道徳のない三大超大国に囲まれているわけでもなく、キリスト教倫理などの道徳的な国々から成り立っており、世界中が注目する世界最高峰の欧州サッカーが毎年開催され、日本から見れば相当恵まれた地域なのである。

 

 ②ヨーロッパサッカーの観点で見れば、全世界が注目するUEFAチャンピオンズリーグが開幕し、ザルツブルグの南野拓実、奥川 雅也とヘンクの伊東純也の日本人対決も実現した。両チームともアフリカ系の移民が多いが、ことにヘンクでは多くのアフリカ系の選手たちが躍動していた。

 サッカーを知らない多くの日本の識者は、アフリカの人たちを「下だけ」に見ている節があるが、世界最高峰のヨーロッパのメガクラブにはアフリカの移民の選手が多く、日本人とは比べ物にならない。

 フランスのニースの試合では、監督がセネガル系のパトリック・ビエラで、選手も皆アフリカ系だが観客席はほとんど白人だ。

 最近ではシリア人選手も来ているが、そうした人口爆発による移民を経て、逆境と激しい競争の中で、多くの人種の選手たちと共に融合して強いチームを作り、大会を競い、世界中に輝かしい活躍を見せて、窮乏する祖国の励みとなっているし、カメルーンのエトーのように基金を作ってアフリカに貢献している。

 ③内戦で虐殺が続くスーダンで、命からがら逃げ延びた数人の若者がアメリカに渡って第二の人生をスタートさせている様子をアメリカCBSが報じた。彼らは「20時間働く」と言い、また「働きながら勉強して医者を目指す」と言っていた。極限の状態から奇跡の生還を遂げて文明化した世界に渡り、有意義な人生を送っている。

  マズローの「欲求階層理論」を踏まえれば当たり前の話であるが、自殺や交通戦争、児童虐待が非常に多い現代の我々日本人がそんな彼らよりも、幸せだと断言できるだろうか? 

 そもそもがマズローを持ち出さなくとも、主観的な哲学のニーチェも、客観的な哲学のヘーゲルも「命がけで生きること」に意義があると言っている。

 テレビで仲良し番組だけを見て、格差が拡大して、パイが取りつくされて、人格障害、発達障害で道徳のない、率直に言って性格の悪い我々日本人に生きている意義なんてあるだろうか?

 

 そしてそうした優越感を持つ道徳のない日本人も安心しろ。

 道徳のない皆さんも必ずそうした国々に生まれ変わるから!

 

 美輪明宏の「正負の法則」を持ち出してもいい。つまり平和を得れば何かを失うのである。

 社会学者のデュルケムは、統計によって「戦時には自殺が極端に少ない」という結論を出している。

 つまり戦時は敵に備えて1億国民が味方であるが、平時は1億人が敵となるのである。

 ホッブスの言う「万人の万人に対する戦い」がごとく。

 

 もっとわかりやすく言いますか。アフリカで本屋さんを開業するのと、日本で本屋さんを開業するのではどちらが有意義だと思いますか? 日本では地方でも本屋がどんどん閉店して行ってますよね? 

 日本も戦後の貧しい時代から高度経済成長までは未来があった。

 そして当時は人格障害もなく、児童虐待もほとんどなく、少なくとも今よりは道徳的だった。

 

 一介の日本人が世界の人口爆発について、とやかく言うことはおこがましい。

 ディズニーランドに来て「今日は混んでるねーっ」(自分もその一人)と言っているようなものである。

 「人口統制」という解決策自体が傲慢(ごうまん)この上ないのだから。

 せっかくディズニーランドまで来たのに、「人が多すぎるから」という理由だけで、他の国の客から「帰れ」と言われて、あなたの家族だけ何もせず素直に帰れますか?

 

 そもそもがバカ自民党やバカ財務省、バカテレビメディアによれば、日本には「1000兆円の借金」があるから、アフリカの国々よりも貧乏であり、大変なハズ(?)なんでしょう?と。

 

 日本はむしろ地方の過疎化の問題が深刻であり、世界の人口問題とかそうではなくて、思うに現代日本人にとって重要な問題とは、①消費増税のような緊縮、新自由主義、グローバリズムと、②メディアによる道徳の排斥であり、今の日本人とは、これら二つの「社会実験」にさらされたモルモットに相違ない。

 

 それくらい子どもたちは貧困に苦しみ、また道徳のない親たちによって虐待されている。

 その中で私一人だけは日本と日本人を救う戦いを続けているが、未だ「日暮れて道遠し」である。この故事成語は春秋時代の呉の伍子胥(ゴシショ)のものだが、彼の故事成語には「屍(しかばね)に鞭(むち)打つ」もあり、私も彼のように、小泉純一郎の墓を掘り起こして屍に鞭打ちたいという、「復讐の鬼」として恐れられた伍子胥(ゴシショ)に近い心境である―。


■「完全な日本の終わりと盲目の奴隷と化した日本国民」

 消費税がついに10%に増税された。
 格差売国・世襲政治の惰性による横暴は尽きない。

 無論、野党も皆「反日、アベガー、対案なし・道徳なし、批判だけ、経済音痴」であり、国政を担う資格は1ミクロンもない。

 消費増税とは、446兆円の内部留保を抱える大企業をさらに儲けさせるために法人税を減らして、その分だけ貧困化する国民から税金をまき上げるという「完全なる悪政」である。

 また、政府広報や自民党の公約で「全額、社会福祉に使われる」とされた消費増税分、つまり2014年に5%から8%に上げた時の8兆円の税収のうち、社会福祉に使われたのはたったの16%である。残り84%の使い道の内訳は出さないという。

 また、2014年の5%から8%の増税によって、個人消費が8兆円落ち込んだ。
 リーマンショックの時には個人消費が6.3兆円落ち込んだ。
 消費増税による落ち込みがリーマンショックによる落ち込みを上回っている。

 アメリカの対日年次要望書・財務省の因習・小泉・竹中によるグローバリズムの前提のための緊縮路線によって、日本国民は塗炭の苦しみを味わっている。


■政治を知らない「B層」が売国自民と反日テレビ・新聞に囲われて、この国を滅ぼす。

 自民党を信じ、メディアを信じて小泉進次郎を応援している大半の国民はこの国を滅ぼす「B層」である。

「郵政民営化担当大臣である竹中平蔵が…『IQが低く、構造改革に賛成する層』をB層と名付けて、この層を狙い撃ちする宣伝を展開した。B層と言われるのは『主婦層…』『シルバー層』『小泉総理を支持する層』…である。」(菊池英博 著(共著)「ゆうちょマネーはどこへ消えたか」)


 財務省や麻生太郎財相、日本テレビ「news zero」のキャスターで元財務官僚の村尾信尚(のぶたか)らが、「国の借金1000兆円問題」というデタラメを国民に広めて、国民を貧しくするだけの「緊縮増税」を猛然と進めている。

 

 何のためにそんなことをしているのかといえば、「国に莫大な借金がある」というウソの前提があって初めて竹中平蔵ら「政商」が、国がきちんと予算を組んで実施すべき公共サービスを、国ではなく民間企業の金もうけに変えてしまうという「新自由主義」を進めることができるのである。

 無論、関空のように外資の金もうけにしたり、パソナのように、大阪市内の区役所で非正規雇用の派遣を働かせて「ピンハネ」して儲けるのである。

 

(2019年4月13日 朝日新聞)

 自らの「政商」のために、朝日新聞の紙面で、政府に適正にお金を使わせない「緊縮」の論陣を張る竹中平蔵。朝日新聞を信じ込む読者とは、竹中の言う「B層」である。

 

 また百歩譲って国に借金があっても、同時に国には莫大な資産もあるはずであるが、「国に借金がある」とする彼ら新自由主義の政商たちが、我々日本人の共有財産である国の資産を、破格の安値で買い叩いて「盗み」、かっぱらって、国の借金を増大させているのだ。

 日本郵政の国有財産である「かんぽの宿」のダンピング(不当に安く買い叩くこと)がその典型である。

 

「郵政民営化法が成立してから、多くのレント・シーカー(利権をむさぼる人々)たちが日本郵政の不動産に群がり、国有財産を安く買って高く売り逃げようとする利権屋として暗躍した。

 鳩山邦夫総務大臣は…総額2400億円かかった70施設を109億円で一括売却することに…大きな疑問を呈した。

 …国有財産を売却するのであれば、少しでも高くするのが総裁・公務員の責務である。それに反したことが堂々と行われていたのである。

 …『かんぽ宿の騒動は氷山の一角!、郵政国有地ころがし20兆円ビジネスの詐術』(週刊ポスト2009年3月3日)、…など枚挙にいとまがない。

 …宮内義彦氏が不当に安い金額で『かんぽの宿』を買おうとした行動に疑念を持った総務大臣・鳩山邦夫氏が反対したことは国民にとって救いであった。」(「ゆうちょマネーはどこへ消えたか」)  

 

 そして「国の借金1000兆円」を前提としてついに消費増税が行われてしまった。

 

 しかし、世界中の人が日本の車に乗り、日本製のテレビを持っていて、日本のアニメを見て、日本のゲームで遊び、日本の食文化に興じ、日本を訪れ、日本の家電を買い、日本にインフラを作ってもらい、さらには日本の原発と…、

 

 世界中が日本の「モノ」であふれ返っているのに、そんな日本が、アフリカの中の小国やギリシャ、ボリビアそれ以下の財政状況であるはずがない!



 「日本は有史以来の最も裕福な国である。対外純資産は367兆円…(菊池英博)。」(同著)。

 つまりNHKの受信料だって無料にできるし、消費税も余裕で廃止することができるし、水道代、電気代もその気になれば、中東や中央アジアの一部の国々のように無料とまではいかないまでも、少なくとも半額にできる。

 そして日本のGDPの6割が個人消費、つまり内需であって(自民党が重視する外需ではなく)、ひと月分の給料ほどにもなる消費税や、公共料金の浮いたお金を国内の消費に回せるのであって、したがって消費税とNHKの廃止、公共料金の大幅な値下げによって、その分だけ国民を豊かにし、中間層をブ厚くすることによって、国民の購買力を高めることで、かつての70年代の高度経済成長も可能である。

 さらには446兆円もの内部留保を抱えて大儲けしている一部の大企業から、70年代の税制に戻して、適正に法人税を徴収することもできる。
 

 ところが今の安倍政権の復興予算の規模は1兆円にも満たない。日本政府には367兆円の対外純資産があり、大儲けしている大企業には内部留保が446兆円もあるわけだから、いかに政府、財務省がケチケチしているかがわかる。また、西田昌司が指摘するように、大企業は大儲けしているにも関わらず、労働分配率は低く、実質賃金は低下し続けている。

 

 つまり政府の役割である「富の再分配」をしっかりやること「だけ」で、急激に貧困化している日本人を豊かにすることは余裕で可能なのである。

  

 ・・・というか、竹中・小泉父子がいなかった時代まではそれを実行できていた。

 

 つまりは2000年代前半までの「財政投融資(財投債の発行による大規模・長期プロジェクトのための投融資活動)」、古くは田中角栄の日本列島改造論、ハマコーのアクアライン、小渕政権の財政拡大、あるいは政権交代して郵政民営化を止めた亀井静香による積極財政こそが今一番必要なのである。

 西田昌司や三橋貴明が強調する、国民を豊かにして安全に生きることを実現する「経世済民(けいせいさいみん)」である。

 しかし、自民党もテレビも、票田でありスポンサーでもある「大企業」の言うことしか聞かず、富の再分配はおろか、国民に真実を伝えることすら全くしないのである。

 現に経団連も、日本商工会議所も、連合も、消費増税を政府に強く要求しているのである。

 しかし、国の借金問題をでっち上げ、国にお金を使わせないことで、日本のお金を、外資や、一人で何兆円も持っているソロスのような外国人投資家に献上したり、日本の相互扶助システムである「郵政」を民営化したり(小泉純一郎)、「農協」を株式会社化して(小泉進次郎)、外資や外国人投資家にカネが回る仕組みに仕組んだり、あるいは水道、空港など、日本政府が余裕で運営できる公共サービスを、金儲けに利用する竹中平蔵、オリックスの宮内などの「政商」が小泉父子と結託して、日本を解体し、かつてのインドがイギリスの東インド会社によって搾取され、中国が列強によってアヘン漬けにされたような現状が今起きているのである。

 

 

 

 そして日本のカネが小泉の郵政民営化によって、ストレートに300兆円もアメリカに渡ってしまったのである。

「●日本は米国に3兆ドル(330兆円)をプレゼント
…『ファイナンシャル・タイムス』(英国の経済誌)は『日本は米国に3兆ドル(330兆円)をプレゼント』と題する記事を掲載していた。日本の選挙で『郵政民営化をすれば3兆ドルの金融資産が米国に流れて、日本では使えなくなる』という英国の論調があるのに、日本の大マスコミにはこの種の記事は皆無であり、いかに国民に事実が伝えられていないかがわかるだろう。」
(菊池英博 著(共著)「ゆうちょマネーはどこへ消えたか」)

 

  また、私が明治大学を卒業した時の学長であり、明治大学の顔とも言える岡野加穂留学長もまた、郵政民営化に対して警鐘を鳴らしていた。

 

(朝日新聞  2005年)

 

「一時的にアメリカに300兆円を奪われただけ」なら、日本には新たな300兆円を生み出すことができるので、政治を知らない著名人が言うように「日本はすばらしい国」として、まだ未来があって、まだマシな状況だが、竹中平蔵や小泉父子によって、アメリカの富裕層である1%によって、永遠に搾取され続けて、貧困化するためだけに、日本国民の大半であるB層には全く知る由(よし)もないかたちで制度作りが行われているのである。

 たとえば民営化する前までは、日本の郵政の「相互扶助システム」のあり方として、郵便事業の赤字をゆうちょとかんぽの黒字で補てんしていたのが、民営化され、分社化されることで、ゆうちょとかんぽの黒字が外国人投資家の配当金に流れ、郵便事業の赤字には我々の税金が投入されると三橋貴明氏は指摘する。

 

「農協は農産物の販売、配合飼料とか農薬とか肥料の販売だけやってたら、赤字(経済事業)。 

 ガソリンスタンドとかスーパーも赤字で提供している。
 地元のインフラがない状況では誰も住まなくなるから。

 黒字を出すのは簡単で農産物を高く売ればいい。
 その赤字分を農林中金とかJA共済、金融事業の黒字で補填して、全体でバランスを取っているのが総合農協の在り方。
 公共公的サービス。

 日本郵政の場合、日本郵政という親会社の下に簡保生命、ゆうちょ銀行、日本郵便の三つがぶら下がっている。

 日本郵便は赤字。
 日本郵政、簡保生命、ゆうちょ銀行が上場してバラバラになっていくと、日本郵政は日本郵便の赤字を補えなくなる。多分、税金投入。
 …ということは、我々の税金が日本郵便に移転されて、その分、簡保生命とゆうちょ銀行に投資した投資家に配当金がチャリンチャリン入るという構図になるのはみえみえ。
 農協も同じでアメリカの商工会議所が農林中金とJA共済を農協から切り離せって言ってるんです。

 農協じゃなくて金融庁の傘下にしろと。
 農林中金とJA共済って絶対儲かるけど、(総合農協の)体制がなくなるから、農林中金とJA共済に投資した人は配当金で儲かる。
 農協は赤字を補填できなくなって潰れていく。
 そうなるとボロボロになった農協に新規参入で投資が入ってくる。
 だんだん株式会社化していって。 ガソリンスタンドとかスーパーは撤退。
 そうなるとその地域に誰も住めなくなっちゃうという道がみえみえに見える。
 我が国の食料安全保障と地域の生活を維持するためには農協は必要という株式会社とは違う理論を理解していただく。
 (小泉進次郎の)レトリックがうまいでしょう? 

 「農家に対して0.1%しか融資してないから、農協に属している必要ないんだよ」と。

 「アメリカの商工会議所が言うように、切り離して株式会社にすべきだ。」というふうに持って行きたいのだ。」(三橋貴明 文化放送「おはよう寺ちゃん」 2016年1月20日)

 

「…小泉​首相の構造改革の実態は、米国の対日年次要望書を具体的に実行することであった。

 …米国の要求は『1%の富裕層』だけの利益を目指す要求、しかも『アメリカの1%』であり、いずれも『99%』の日本国民に不利になるものばかりである。​​​​​​
 …2009年8月30日の衆議院選挙で政権交代が実現し、・・・直後の臨時国会で成立した最初の法案が『日本郵政会社の株式と不動産の売却停止法』であった。
 当時の郵政改革担当大臣は亀井静香であり、…驚くべき事実が浮かび上がってきたのである。

 …日本郵政会社の株式は2010年から市場で売却されることになっており、米国系ファンドや投資家が一挙に株式を買い取って、『かんぽ生命』と『ゆうちょ銀行』を買収する計画であった…。」

(「ゆうちょマネーはどこへ消えたか」) 

 

 

 郵政民営化に賛成した国会議員は全員国賊である。
 安倍首相、小泉父子の属する森派・清和会から唯一反対した、気骨のある政治家は城内(きうち)実であるが、政治に疎(うと)い眞鍋かをりの、城内を突き放すような常識を欠いた発信によって、選挙前に無様な姿をさらしてしまい、文字通り「城内」が「窮地」に陥り、人気グラビアアイドルに叩かれてしまうのである。

 また、財政拡大した小渕恵三も、国有財産を売国奴から守った鳩山邦夫も早逝(そうせい)し、この世になく、亀井静香も政界引退し、緊縮狂のとっつぁん坊や財務大臣による社会実験の下、日本はすでにして完全に風前の灯火である。

 
 かつて中国と国交を結び、アメリカに楯突いたため、ロッキード事件というアメリカの陰謀によって失脚させられた田中角栄を間近で見ていた若い小泉純一郎は、「自分は同じ轍は踏むまい」と、保身のためにアメリカに屈服して日本を売ったのである―。

 

 三橋貴明は「このまま行けば、日本はあと10年で発展途上国になるだろう」と警鐘を鳴らす。

 

 今も日本史上最大級の国賊、売国奴である小泉・竹中が進める「新自由主義」の名の下に、日本の金融資産の流出と、公共サービスの民営化、非正規雇用の増加による格差拡大と貧困化が進められているのである。




■あきる野市長選出馬断念、為す術なしの日本解体 

(朝日新聞  9月30日)


 ブログを更新できなかった9月、私は東京都で最も財政状態の悪いあきる野市長選に立候補するため、あきる野市政と地方行政の勉強をしていた。

 選挙支援を期待できるのは、昨年からボランティアに参加していて、7月の参院選で国政政党になったN国であり、9月に立花党首に会いに行ったが、タイミングが最悪であり、話すことすらできなかった。

 参院選前の4月の八王子と、6月の新宿に、ふわっと政治活動の場を訪れたときには、立花さんの方から熱心に話しかけて下さったが、7月に国会議員になって、テレビにも出演し、竹中平蔵と同様、「新自由主義」の申し子であるホリエモンなどの著名人と対談して仲良くなり、一躍時の人となった9月は、完全に「雲の上の人」となってしまい、参院会館、中央区役所ともあいさつすることすら叶わなくなっていた・・・。

 無論、「すべての政治家は有権者に対してそんなもんだよ」と思われる人も多いと思うが、TOKYO MXデモや二瓶区議への脅迫で報道された問題などで忙しく、連日の大きな動きで電話しづらい状況が続き、さらにタイミングが悪いことに、N国が候補者を立てている東大阪市議選、同市長選、小牧市議選の3つの選挙の投開票日があきる野市長選の告示日と重なっていた。

 一応メールで公認は頂けたが、告示の5日前であり、ポスターを作成する時間もなく、N国側との意思疎通もないため、出馬は見合わせることとした。

 私がどうしても出なければならない状況にある、あきる野市政については、私のブログを訪問される多くの人があきる野市在住ではないため、ここでは省略するが、小泉政権で地方の補助金が削減され、地方の財政がひっぱくして、緊縮を余儀なくされ、青梅と同様シャッター街になりつつあって急激に衰退し、かつ消費増税されるタイミングでの選挙であり、また、二人の有力な候補者が共に緊縮路線であり、かつSNSを全く使わず、「あきる野市を宣伝できない」ため、あきる野市民に財政拡大の選択肢を示し、かつあきる野市長として、厚労省に児童虐待の抜本解決を説きたかったのが正直なところだったが、ここに来て立花氏と疎遠になってしまい、また、多くの人が殺到するN国の他の選挙と重なっていたのが致命的であった・・・。

「PB(財政収支)を均衡させるために、小泉首相は国が地方へ支出している『地方交付税交付金・国庫支出金と公共投資』を削減した。これで地方経済が疲弊し、格差が拡大する要因になった。」(「ゆうちょマネーはどこへ消えたか」)

 無論、私が市長になっても、国が財政出動しない限りどうしようもない。あくまでデモンストレーションに過ぎない。ただ、麻生派の井上信治の支援の下、のんべんだらりと市長を続ける沢井氏に代わって、それが必要な時期に来ていると私は思ったのだ。

 

 また私が「N国初の首長」となれば、秋川渓谷(けいこく)、サマーランド、五日市憲法のあるあきる野市をPRするために、YouTube収入が月1200万円を越える大人気ユーチューバーである立花党首の助けを借りることができるという狙いもあった。だが、私はN国の中には理解者がなく、全く相手にされていない存在である。

 そして、昨年までは道徳を重視し、水道民営化反対を訴えていた立花孝志も、国会議員になってからは日本を救った功労者である亀井静香をつぶすために刺客として送り込まれた「小泉チルドレン」であるホリエモンと親しくなり、つまり竹中平蔵寄りの新自由主義の人たちに取り込まれていき、さらには「スクランブル化したらNHKがつぶれてしまう」として、NHK改革もトーンダウンした。

 そして早く政治家を辞めたい立花氏は、ホリエモンに党の運営を委譲するようである…。

 私は一体何のために彼一人のためにボランティアをしてきたのか? 

 今はまさに天を仰ぐ心境である・・・。

 無論、ホリエモンは刑務所で服役して多くの本を読み、人としても変わられて、最近ではベーシックインカムを主張されているというが、やはり小泉純一郎に「新しい時代の息吹を感じますね」と絶賛された、新自由主義の象徴のような人物である。

 

 私としては、日本国民を、8000億円も持っていて年7000億円も国民から徴収する肥大化したNHKの魔の手から救うはずの戦いが、今のところは年1億円以上のYouTubeの広告収入がある立花議員一人の出世劇だけを見せられている体(てい)となっている。

 

 そして立花孝志の書類送検報道で、N国との関わりについて私の家族からは議論の余地なく相当厳しく反対されてしまった(しかし、その後家族に対しては、「警察に届け出た地方議員が問題の発端であり、立花氏も提訴しており、また『書類送検』だけで犯罪者のように報じるのは、B層をだまくらかすマスコミの印象操作である」と説得して、私個人としては、まだ引き続き「ヤマトタケルノミコト」の再来である立花氏とN国とを応援していくつもりである)。  

 

 日本にただの一人もいない、「愛国の反緊縮増税、反グローバリズム、道徳家」が作るノアの方舟はただの一人の理解者もなく、また数々の必然によって、またも日の目を見なかった。


 道徳を知らない若い男性や小泉進次郎を信じるB層で満たされた日本はもう「完全に終わり」である。

 それはかの運気が強い、バラ色の運気を持つ美輪明宏が、NHKの生放送直後に脳梗塞で倒れ、全国公演を中止したことでも示されている。

 

 令和の時代になって日本の命運は尽きたに等しい。

 今の日本人は、大マスコミや自民党によって、だまされて搾取されるためだけに生まれてくる。

 

 私が多くの人に知らせようとする道徳は、数々の妨害にあって、ほとんど国民には届かない。

 

 それでも私は、せめて私のブログを読む人や私の本を読まれる人にだけでも語りかけたい。

 

 私はまたノアの方舟を作り始めるだろうか? 

 

 私の母校である明治大学の学長、岡野加穂留の遺志を受け継ぎ、「救国戦線・日本」という政治団体でも立ち上げてみようかと。

 

 

 

 

 

 だがすべての偉大な文明は必ず滅びるものである。

 日本は、何も知らない日本国民は、麻酔をかけられたまま、まさにそうさせられている。 
  

 次の著書は、本ブログになりそうである。

 

 

 

 

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