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『採れ砂利』釈伴州

久しぶりにAさんから電話があった。
Aさんというのは本に関して僕の師匠、というか僕が勝手に師匠と心の中で呼んでいる知人で、本に関してわからないことがあった場合、Aさんに聞けば大抵のことは嫌そうな顔をしながらすぐに教えてくれる。この嫌そうな顔が本当にものすごく嫌そうで、罪悪感にとらわれることもしばしばなので可能な限りは自分で調べて、それでもわからなくって、だったら諦めてしまおうと二、三日何もなかったかのように過ごして、それでも諦めることができなかった場合にだけ尋ねることにしている。
そんなAさんからめったにかかってこない電話がかかってきたので、これは一体何事かとおもいながら恐る恐る電話に出たところ、釈伴州の短編集を手に入れたんだけど、見に来るかいという電話だった。
釈伴州というのは幻の作家で『亜莉子とボブ』というこれまた作者以上にとんでもない本を書いた作家だった。そのあたりは以前にに書いたことがあったので省くとして、釈伴州の本はこれ一冊だけだと思っていたのだが、短編集があったとは。
ということでさっそくAさんの家に行くことにした。
『亜莉子とボブ』は変な本だったので短編集もそうかなとAさんに聞いてみると、自分で確かめなといって手渡ししてくれたのでその場に座ってパラパラとページをめくり始めると貸してやるから家で読みなというのでお言葉に甘えてお借りすることにした。


『採れ砂利』釈伴州




で、結論をいえばそんなに面白くはなかった。
冒頭の「転生航路」はタイトルはかっこいいけれども、中身はというと、人類全体の功徳の量が一定数を超えたため、輪廻転生が確実に起こるようになった世界の話だ。そして世代間宇宙船を作り新たな惑星目指すことになるのだが、輪廻転生が行われるので生前の知識や記憶を持ったまま生まれてくる。そのため知識は個人に依存するようになる。なので、新たに学習しなおすという必要がなくなり教育という概念がなくなる。この点は世代が変わるうちに知識が失われていくというパターンから外れているのでちょっとおもしろいのだが、やがて目的の惑星に近づいてきたところで事件が起こる。惑星に着陸するために必要な知識を持った人物が生まれ変わっていないのだ。子供は人工授精で生まれてくるので急遽その人物が生まれ変わってくるまで子供を作り続けることになるのだが、こんどは人口が増えすぎて船のキャパシティを超えてしまうことになってしまう。
そこで老人には死んでもらうことにして帳尻を合わせようとするのだが、それでも該当の人物は生まれ変わってこなくって、やがて大人と子供の比率が大きく崩れ始めてこのままでは子供だけになってしまうことになったため、今度は生まれてきた子供が該当の人物ではなかった時、死なせてしまうという手段を取らざるを得なくなる。しかしここで問題になるのは子供を殺すということが功徳に対してマイナスになってしまうということで、はたして功徳が減ったことで輪廻転生が行われなくなってしまうのが早いか、それとも該当の人物が生まれ変わってくるのが早いかというタイムリミットが生まれてくるのだが、読んでいるほうはわりとどうでもいい展開だ。で、結末はというとなんとか生まれ変わって来てくれたけれども、功徳は減りすぎて輪廻転生は行われなくなってしまう。そして新たな惑星に無事着陸できた人々はこの地を「地球」と名付けようと言って終わる。
いやはやいまどきこんな落ちはないだろうと思うのだが書かれた時代が時代なので当時であればこんな落ちでもまだよかったのかもしれない。
「ビザ申請」は奇妙な味の系統の話で主人公はビザの申請をするために発行している建物に向かうのだが、ものすごい行列待ちで、それでも申請しなければいけない事情があるのでしぶしぶ列の最後につく。少しづつ列は前に進んでいくので申請はしっかりと行われているようなのだが、果たして今日中に申請できるのか不安になる。もちろん待っている間にも主人公のうしろには人が並んでいく。しばらくすると主人公の後ろに並んでいた男が主人公に話かけてきて、主人公も退屈だったので後ろの男と会話をする。で、会話の端々から舞台が日本らしいことがわかる。そしてその日本も今の日本とは異なっていて今よりもおそらくは未来の日本であり、どこかの国と戦争をして負けて敗戦国となる。そんな戦後間近の時代らしいことがわかってくる。主人公は日本から他の国へと移民しようとしているらしい。そんな会話のなか、少し前に起きた列車事故の話題を男が振ってきて、ああ、あれは悲惨な事故でしたねというのだが、男はあれは神の意思なのだという。そのあたりから男の不気味さが滲み出してくるのだけれども、主人公はとっとと会話を終わらせたいと考える。しかし男の不気味さに会話を終わらせることができなくって、列から外れてしまおうかと思うのだが、かといって列にならんでここまできたのにその苦労を捨ててしまうのも嫌で、どうしようかと思案しているところで男が、この行列にも神の意思が働こうとしているのです。という。
で終わりである。
「落下」は落下しながら成長する生物の話だ。地面まで落下する前に羽が生えたら生き延びることができるが、できなかったら地面に衝突して死ぬ。そんな生物の視点から描いた話だが、設定は面白いけどそれだけだ。
「走れ、走れ」も同じで、走り続けなければ死ぬ生物の一生をその生物の視点で描いた話だけれども、生態系はよく考えられているわりに話はそんな面白くはない。短いのでそのまま全文を引用しよう。


走れ、走れ、我は王。
誰も我の前には行かせぬ。
走れ、走れ、走ることこそ生きること。
幾世代にも渡り、我らは走り続けてきた。

走れ、走れ、我は風。
大地を蹴り、風とともに走りつづける。
息子よ、息子よ、我が息子。
我に追いつき、追い越せ。

父よ、父よ。
我は、王の子。
我もまた、走る。
いずれ父の身を裂き、我は王となる。

走れ、走れ、我はこの世の全て。
息子よ、息子、疲れたか。
ならば、我が背に乗るが良い。
父はお前をのせて走り抜く。

父よ、父よ、父の背よ。
幼き頃の記憶。
父の大きな背よ。

父よ、父よ、我は走る。
父よ、父よ、我は抜く。
父よ、父よ、我の背に。

息子よ、息子よ、大きくなった息子よ。
しばしの休息。

走れ、走れ、我は王。
闇を抜け、光を切り裂き、走ることこそ命。
立ち止まるときこそ、命の尽きる時。

いつまであがくのだ、小さきものよ。
いつまで走るのだ、小さきものよ。
王と思っているのか。
王は俺だ。
お前は俺の餌だ。
もうじき追いつくぞ、餌よ。



最後に作者のあとがきがついていて、このなかで「転生航路」で出た功徳に関して、功徳を利用した功徳経済システムというアイデアで小説を書いてみたいと書かれていたのがちょっと興味深かった。なんでもミャンマーでは小鳥を売っていて、それはペットとしてではなく、買って野に逃してやることで功徳を積むためのものだという話を聞いて、功徳を利用した経済システムのアイデアが浮かんだということだ。変な設定だなと思いつつも贈与経済システムという概念は実際にある。ブルース・スターリングもたしか、この贈与経済システムが実現した世界の話を書いていたことがあった。もちろん贈与経済システムは成熟した市民になることが必要なので実現は困難だけれども功徳を積むというシステムであれば功徳というものがいわば信用の担保になりうるのでこちらのほうが実現可能かもしれない。……のだが、実際に書かれたのかどうかはわからない。Aさんもこの作家にはあまり興味がないようなので、調べてもくれそうにもない。
読み終えてこの本のタイトルでもある「採れ砂利」という題名の短編が収録されていないのに気がついたのだが、これってひょっとして砂利のような短編が採れましたという意味なのかもしれないと思った。タイトルだけは自虐的だけど洒落てるな。




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