パトリック・ヴォルラス監督作品『7500』は、どう見られるのか? | Tempo rubato

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TVアニメ『呪術廻戦』にキャラクターデザインなどで参加しております。

5月20日に制作会社とスタッフの情報が更新されPVが発表されました。

お楽しみに!

 

 

                                                     

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 『7500』は6月19日からAmazon Prime videoで配信されている映画です。同名のホラー映画がありますが、「7500」の意味が同じなだけで、内容は全く関係ありません。

 「7500」とはハイジャックされた場合の緊急用コードだそうです。

 

 監督はパトリック・ヴォルラスで、長編デビュー作品。検索しても出てこないわけだ。

 主演はジョセフ・ゴードン=レヴィットで、映画は数年ぶりだったそう。Amazonレビューを見ると、この俳優目当てで見た人が高評価をつけていた。

 

 

 

 

 

 

アマゾンレビューも下にリンクしたレビュー記事も、見たあとで確認しました。

 

 

 さて、公開されたばかりなのでネタバレは控えたいのですが、この映画の内容と表現はかなり巧妙で興味深いので考えてみたくなり、ブログで整理してみました。

 

 深刻なネタバレを含みますので、まっさらな状態で見たい方はここで180度旋回してください。また、映画を見たあとで、ご関心であればお読みいただくと一興かもしれません。


 

 

 この映画は、緊迫感が長くつづくため心理的にしんどいです。

 

 また、舞台は旅客機の操縦室に絞られており、主人公の副操縦士が見ていないところは、冒頭の空港施設の監視カメラ映像のみです。ただし、主人公の主観映像だけで編まれているわけではありません。

 

 本題に入る前に、既出のレビューをご紹介します。このレビューにもネタバレが含まれるのでご注意ください。

「7500(2020)」 感想 ハイジャックのドキュメント記録映像のような映画

https://www.gokkan-chinsaku.com/2020/06/7500.html

 

 見出しに、「記録映像のよう」とあります。

《初めからずっとコックピットの中だけしか映されません。徹頭徹尾副操縦士目線を貫き通し、リアルタイムで進行し、かつ劇伴の一つさえ全くかからない。徹底してリアリズムを追求したリアルハイジャック再現映画と言えます。》

 確かに、監督および脚本家は実際にハイジャックが起きた場合をシミュレーションして映画を作っていると思います。ただ、それは記録映像のように作りたかったのではなく、リアリティの中に含まれた「ある要素」をあぶり出すためではなかったのか、と考える。

 

 まず、演出技術の話をしましょう。

 この映画を見て、記録映像のようだと感じるのはわかります。先に書いたように主人公視点に絞っているからですが、それ自体は記録映像的なのではなく、純粋に映画的な技術です。記録映画であれば、乗客が撮ったスマホビデオで客席側の状況を編集することも、管制塔や連邦捜査局の動きを撮って編集することも(許可を得られるかはともかく)記録映像の条件を崩しません。記録映画にも監督や編集者の主観が入りますが、映画のように、「何を撮るか」をゼロから作り出すことはできない。そこが記録映画と純粋な映画の決定的な違いです。記録映像のように感じるとすれば、現代の映画があまりにも作為に満ちているからで、そういう作為的な映像に慣れてしまっているのかもしれませんよ。

 主人公の視線を追ってカメラをPANする速度にしても、状況によって巧みにコントロールしています。ひとつひとつの映像に演出が濃厚に存在するのですが、派手な映画に比べれば控えめなので気が付かないのかもしれませんね。

 この映画には、人物創作というゼロからの設定に、この映画を映画足らしめている重要なもの、問題提起があるのだ、と考えます。

 

 

 さてさて、あらすじです。かなり詳しく書きます。そうでないと深堀りできないので。

 くどいようですが、ネタバレするので、予断なしで見たい方は引き返してくださいね。

 

 情報が少ないので正確な人物名を確認できません。なので「主人公」「恋人」「機長」「テロリスト」とという具合に書きます。レビューコメントによれば、主人公のファーストネームは「トピアス」という。恋人の名前も他の登場人物が聞き間違えていることから、馴染みのない名前だとわかる。主人公たちが聞き慣れない名前(海外でどうなのかわからないけど、リチャードとかデイビッド、キャサリンとかジェニファーのような馴染みのある名前ではない)なのも重要なポイントだと思います。

 

 

 

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 オープニングタイトルのバックは空港施設の監視カメラ映像で、坊主頭の男が繰り返し出てくる。カメラはその男に注目して寄りサイズになったり全景になったりします。特徴的なデイバッグを背負っているのも印象付けられます。

 主人公はアメリカ出身の副操縦士。ベルリン発パリ行の旅客機の任につきます。機長はベテランのドイツ人だ。主人公には恋人がおり、2歳の子供がいる。詳しい事情は語られないが、彼女はトルコ出身(トルコ系)だということがわかる。彼女はCAで、同機に搭乗しています。フライト前、恋人は子供を入れたい幼稚園が通らなかったと言い、主人公は他を探せば良いと慰める。この会話から、ふたりがドイツ在住だとわかります。

 恋人は、幼稚園には「なるべくドイツ人がいないところが良い」と言う。

 旅客機は無事に離陸。オートパイロットに切り替えてしばらくすると、年長のCAが機内食を持ってドアを開けたのと同時に「アッラーアクバル!」と叫びながら男が押し入ってくる。男はガラス片に布のようなものを巻いた武器を持ち、主人公の左腕に切りつけ、機長の腹を何度も刺した。主人公は消化器で男の頭を打ち、昏倒させると、他のテロリストを押し出してドアをロックする。

 主人公は管制塔に「7500」を伝え、テロリストがハイジャックしようとしていることを告げます。ここからしばらく、コクピットのドアを開けろと怒鳴るテロリストたちとの押し問答がつづき、その間に機長は力尽きて死んでしまう。乗客を人質にドアを開けろと要求されるが、このような場合、何があってもドアを開けてはいけない。人質は殺されてしまいます。つづいて、CAを人質にドアを開けろと要求してくる。そのCAは主人公の恋人だ。若いテロリストは明らかに怯んでおり、仲間に殺さないよう訴える。恋人は、主人公にドアを開けないよう叫び、自分もイスラム教徒だと言い、テロをやめるよう説得するが、殺されてしまいます。

 主人公の協力要請で、客席側ではテロリストの一人と格闘する音が響く。

 (このあたり展開は若干前後しているかもしれない)

 結局、ドアを開けることになり、目を覚ましたテロリストの一人と、若いテロリストのふたりがコクピットを占拠する。ここでようやく、テロの目的が明らかになります。彼らは、西洋文明への復讐を果たすため、どこの街だろうが構わずに墜落させ、多くの人を道連れに殺すことだった。

 街へと高度落とす中、若いテロリストが「死にたくない」と手のひらを返して操縦席に座っていた仲間を殺してしまう。 

 主人公と若いテロリストの2人だけになる。若いテロリストの携帯が鳴る。かけてきたのは母だ。主人公は、身の上話をはじめる。ドイツでは若いテロリストと住居が近いことがわかる。

 主人公は死んだテロリストが持っていた武器を隠し持ち、反撃のチャンスを伺うが、若者にバレてしまい奪われます。

 軍機が先導してハノーヴァー空港へ降りることになるが、若いテロリストは燃料補給したら再び飛ぶよう要求します。

 左腕が使えない主人公を若いテロリストが手伝って空港へ着陸成功。乗客が外へと逃げていくのが見える。

 警察との交渉が始まります。若いテロリストはコクピットの非常口(窓)を開け、交渉に応じるが、激昂して主人公の首にガラス片を突きつける。主人公はまだやり直せると説得する。しかし、僅かな隙きをついて狙撃され、若いテロリストは殺される。

 警察が突入してきて主人公は解放されます。コクピットの外には恋人の死体が横たわっている。映像から誰もいなくなると、コクピットの中から若いテロリストの携帯が鳴っているのが聞こえる。 

 

 会話の内容や登場人物の感情面を省略して、主要な「起きたこと」を書きました。

 

 上掲のレビュー記事では、このわかりやすいテロリスト像がステレオタイプなのがマイナスポイントだと書いています。若いテロリストは気弱で、仲間を裏切ってしまい、おそらくどこか空港でないところに着陸して逃げてしまおうと考えていたのかもしれない。それほどに、このテロリストグループは計画性がなく、宗教的にも徹底していないのです。

 操縦のプロセスや非常事態の対応、主人公の視点に絞った演出など、リアリティを突き詰めている中で、テロリストグループにはわざと隙きを作っているようにすら感じた。主人公と乗客が協力すれば、準備不足で感情的なテロリストたちに勝てるのではないか? 恋人を救えるのではないか? 気弱な若者を説得できるではないか? あるいは、反撃して倒せるのではないか? そのような期待をもたせるように仕向けられ、ことごとく失敗します。「主人公の期待は裏切られる」ように演出されていると考えざるを得ないほどに。

 

 ではなぜ、この作品は主人公に究極の選択をさせ、ことごとく絶望させる展開を作ったのか。

 

 この主人公はアメリカ人。恋人はトルコ人だ。住居はドイツにあり、ふたりはドイツにとって「移民」です。

 2人の子供が幼稚園に受からなかったのは、結婚していないからだとも考えられる。ではなぜ結婚していないのか。詳しく語られないが、ふたりが移民であることが、または宗教が障壁になっていたと想像できます。いや、日本人には想像し難いことですが、移民の急増した欧州人ならピンとくる設定ではなかろうか。

 序盤のセリフを思い出してください。このセリフだけは外せなかったので書きました。

 恋人は「なるべくドイツ人がいないところが良い」と言っていた。

 恋人が、本当にイスラム教徒だったとしたら、ドイツ人(またはキリスト教徒)が多いところには入れたくないのではないか。イスラム系の人が多いところを選びたいのではないか。イスラム系への差別が存在しているのではないか。念を押して「わかるでしょ?」と主人公に言うのは、複雑な事情を示唆していると思えますし、アメリカ人の彼とは移民問題を共感できているのではないかと思えます。

 

 このセリフは重要だと思った。なので、テロリストたちの統制が取れていないのは演出ではないかと疑った。ヒッチコックの言う「マクガフィン」、つまり物語を動かすための口実です。マクガフィンは意味がないほど良い。別な言い方をすれば、誰もが知っているような「敵」であるほど良いのです。重要なのは、それ以外の描写なのですから。

 テロリストたちが、計画性が高く、宗教的意志の強い、隙きのないグループであったなら、主人公や恋人の複雑なバックグラウンドがなくとも、ハイジャックサスペンス映画として成立したでしょう。そうしたいなら、犯人側の巧みさを練りあげ、主人公側が抗し難い条件を作ります。しかしその逆に、明らかにテロリスト側に隙きを作っているのです。繰り返しますが、テロリスト以外、ハイジャック事件以外の、欧州に横たわっている要素が最も重要なのだと考えざるを得ません。

 主人公カップルが「移民」である、という事実を映画の序盤に示したのは、重要な伏線だったのです。

 

 上掲のレビュー記事も、Amazonレビューも、欧州の移民問題に着目したものは一つもない。

 星1つをつけたコメントは、「レイシズム全開の救いのないプロパガンダ映画です」と書いている。あらすじでは省略してますが、主人公も映画の作り手も、テロリスト側の事情を汲もうとする意志がある。自身が移民である主人公は、近所に住んでいるらしい若いテロリストに「移民同士」の感情すら伺うことができる。少なくとも、そう受け取れるように演出されています。アメリカ出身の主人公は、トルコ出身の恋人に配慮してドイツ人との会話に距離をおいているのがわかる。一方でドイツ人の機長をとても尊敬しているのも感じ取れる。ですから、白人至上主義とは言えず、白人対有色人、キリスト教対イスラム教、そのような対立構造をしめす要素は、むしろ否定されている。と言いますか、対立でなく、溶け込むでもない、割り切れない複雑な状況があるとこを示しています。

 

 他のレビューコメントでは、恋人を殺された主人公が若いテロリストに感情移入する会話は必要だったのかと疑問を呈したものがありますが、テロリストたちも、アメリカ人の主人公も、トルコ人の恋人も、みな事情を抱えた「移民」なのだ。だから、あの会話が必要だった。

 

 何のために作られたのかわからない、というレビューもあった。

 この映画の目的は、映画を見た人が欧州の現実をどう捉えるているか、という問いかけでしょう。欧州の移民問題を知らないと制作者の意図は伝わらないのかもしれない。

 

 狙撃で殺された若いテロリストの携帯がなっているところで映画は終わります。

 かけてきたであろう彼の母は、ドイツに住んでいるのか、または中東の母国にすんでいるのかわからない。しかし、母が呼びかけてきた、という締めくくりには大きな意味があると思うのです。

  臨床心理学者の河合隼雄さんは、母系的(包み込む)社会の重要性を説いた。欧米は父系的(区別する)社会であり、それゆえ母系的な救いが必要なのではないかと示唆しました。その意味も、この映画で納得できるところがあった。決して簡単ではありません。河合隼雄さんのことばを借りれば、「付き合っていく」考え方が必要なのかもしれない。

 

 

 世界を席巻している新自由主義、グローバリズム。この問題点を観察できているかどうかで、『7500』の見え方は全く違ったものになる。新自由主義とグローバリズムは、国家や民族といった共同体を壊し、個々に分離していく思想です。

日本では、気がつく人はまだ少ないでしょう。欧米が抱える移民問題は他人事ではありません。数十年、いや数年後には、『7500』が痛切に理解できるようになっているかもしれない。

 理解できない状況のほうが良い。しかしすでに、新自由主義とグローバリズムの「この道」に進んでしまっている。そんな絶望的な想いに駆られる映画だった。幾重にもダメージを食らう映画でした。

 

 あぁ…映画って本当に良いものですね。

 

 

 

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