uparupapapa 日記

ようやく年金をいただける歳に。
でも完全年金生活に移行できるのはもう少し先。

鉄道ヲタクの事件記録 第二話 「新婚生活」

2024-04-21 16:00:45 | 日記

「あなた、起きてください!会社に遅れますよ!

 朝ごはんを食べなくても良いなら、もう少し寝ていられますけど。」

 (慌てて飛び起き)「あぁ、イヤ、起きる。ああ、腹減った!」

 「あなたって本当に食べないと生きてゆけない方なのね。

  お付き合いしていた時もお汁粉に目が無かったようですけど、今でも三食キッチリお食べになって、更に再三間食なさっているって知っていますわよ。」

 「百合子は僕の事、単なる食いしん坊だと思っているでしょ?」

 「いいえ、そんな事は無くってよ。以前お兄様(義兄)が仰っていましたわ。

 『弟は生まれつきの胃酸過多のせいか、しょっちゅう何か口にしていないと生きてゆけない生き物なんだ。』って。あなたを見ていて合点がいきましたの。」

 「僕は蟒蛇うわばみか!もう~、兄貴ったら、そんな事まで百合子に言い触らしていたの?百合子には何でも話しているんじゃないか?って疑っちゃうよ!」

 「そうですのよ!私には強力なスパイ網がありますの。それらを至る所に貼り廻らせているのでお気をつけ遊ばせ。」

 「クワバラ、クワバラ!サ、飯にしよう!!」

 そう言って階下の食卓に逃げ込む秀則であった。

 

 僕の兄の嫁は百合子の姉。住まいが近いせいで緊密な関係にある。

 と云うのもそうならざるを得ない事情があったから。

 

 その事情とは『関東大震災』。

大正12年(1923年)9月1日に起きた地震のせいで、影山家の僕たち兄弟も、百合子の実家、藤堂家の姉妹も生活がハチャメチャにされてしまった。

 といっても、双方の実家はギリギリ地震による倒壊も火災も免れたが、僕が通った東京帝大も妻の母校誠蘭高等女学校も大きな影響を受けている。

 校舎の一部が壊れ、書籍や書類、備品が失われ、学校全体が茫然自失に陥っていた。

 それに僕の実家から工学部校舎までの鉄道も不通になり、復興までは地獄の徒歩での通学を余儀なくされたし、妻もそれは似たような状態だったらしい。

 苦学の意味は違うけど、僕らは確かにその点に於いて苦労して卒業した苦学生なのだ。

 そんな僕らではあったが、瓦礫と焼け野原をひたすら歩き続け、ようやく辿り着けたのが高輪に奇跡的に焼け残っていた『甘味亭』。

 そのお店のすぐ東隣一帯は、未だに復興できていない状態。だから僕にとって『甘味亭』は砂漠に浮かぶ命の綱のオアシスなんだ。それに多分妻も一緒だったろう。

 

 そんな学校の通学環境に加え、僕たちの結婚もそうだった。

 僕たち夫婦は東京会館で結婚したが、そこは兄夫婦が結婚式を挙げた式場でもある。

 1922年に竣工し、兄たちはそのすぐ後に挙げている。翌年1923年は関東大震災。東京会館は被災により営業停止。僕たちもそれに続く筈だったが、この震災のお陰で1027年の再開まで待たねばならなかった。五年も先だよ!

 両家の親は式場の格式を重んじ他の式場は考えられないし、そもそも他の式場なんて焼け野原と瓦礫から復活できない状況では無いに等しかったし。

 だから散々待たされた挙句の結婚・同居なので、百合子との関係はもう新婚とは呼べない程お互いを知り尽くし、倦怠感すら感じている。

 ただ、妻百合子は僕にゾッコンの所があり、決してぞんざいには接しなかった。

 百合子は自分と話すとき、僕は一生懸命分かってもらおうと汗をカキカキ説明しようとする。

 その姿が滑稽であり、可愛くも感じるらしい。

 結婚を式場再開までお預けされていた数年の期間、百合子は様々な質問を投げかけている。

「秀則さんはどうして鉄道省にお入りになったのですか?」

 そんなのは普段、僕に接していれば聞かずとも分かる筈の質問であるが、僕は「待ってました!」とばかり、説明する声が高揚し一気に声が弾むのが手に取るように分る。

 これまでも「駅名を次々と諳んじる」、父の赴任先で会得した「その土地の時刻表をお経のように暗唱する」などの特技を得意げに披露していた。

 僕は根っからの鉄道ヲタクであり、鉄道の話をするときほど生き生きして見えることは無い。百合子はその表情が大好きなのだ。

 だから僕が身に着けた工学部での技術を活かせる職種を選らんだのは当然であると百合子は理解している。

「どうして鉄道省?それはね、鉄道は一家だからなんだよ。

 機関車を動かす運転手ばかりが鉄道マンでないし、車掌さんだけでもない。

 線路の保全を担当する膨大な人数が関わっているし、信号を維持したり検査する人も必要なんだ。もちろんチョビ髭の駅長や助役だけでもダメだし。

 それらの人たちが心を合わせ、一致団結するために鉄道職員は一家でなければいけないんだ。

 転勤族の子の僕は、幼い頃から列車に揺られる生活に慣れていてね、線路を颯爽と走る力強い蒸気機関車に憧れていた。

 そしていつも線路を眺めるのが日課だった僕は、時折線路でなにやら作業をする人たちに目が留まってね。〘一体何をしているんだろう?〙って疑問に思ったんだ。

 ある日、真夜中にトイレに起きた僕は月明りに誘われトイレの窓の外を覗いたんだ。

 するとずっと遠くの線路でたくさんの人が見えてね。

 その時もこの人たちは何をしているんだろう?と思ったんだ。

 それから僕は線路に人がいないか注意を払うのが習慣になった。

 その謎が解けたのは、ボクが父の転勤で雪国に住むことになった時。

 降りしきる雪の中、多くの人が人海戦術で雪かきをしている様子を見たんだ。

 その時総てを理解したよ。

 あぁ、線路って人がいつも手を加えないと生きられない生き物なんだって。

 親が生まれたての赤ちゃんが一日一日すくすく順調に過ごせるように、無事に生き延びられるように祈りながら接すると同じでね、注意深く見守る人が居るって気づいたんだ。

 そんな地味に鉄道を支える人たちがいるから機関車が力強く疾走出来るんだってね。

 だからこんなに機関車も客車も美しいし、カッコいいんだって思えるんだよ。

 ね、凄いでしょ?

 僕が鉄道省に入った理由?

 そんな彼らに憧れたからだよ。決まってるだろ?」

 百合子はそう熱っぽく話す秀則がこの世の誰よりもカッコいいと本気で思っていたし、心から愛せる人だと確信していた。

 但し、彼女はそんじゅそこいらの撫子ではない。

 時折見せる悪魔の素顔がムクムクと顔を見せる時がある。

 

 「それは良く分かりました。

でも私にはもうひとつ疑問があります。

あなたは今でも私以外の女性に興味はありますか?」

「え?何で?」

「だってあなたはあの日、甘味亭で女性たちを盗み見て物色していたじゃないですか。

私はあなたのそんなところが今でも不安なんです。もしかしたらいつか浮気なさるのではないか?って。」

目を細め、疑惑の眼差しが矢のように秀則に降り注ぐ。

「物色?浮気?そんな訳ないでしょ!

 僕がいつ女性を盗み見たって?ボクがそんな男に見える?見えないでしょ?

 ほらね、そんな風に見える訳ない。」

 冷や汗をかきながら、そんな昔の事をむし返す執念さに心の中で震えた。

「あら、そうかしら?甘味亭でのあなたはいつも片手に本を持ちながら何か別の所を見ているみたいでしたわ。

でもそれは仕方ないって思っていますのよ。

女性に興味を持てない殿方なんて、結婚生活を不幸にするわ。

だから私はあなたが女性に興味を持つことが悪いと思っているのではなく、妻の私から誰かほかの人に心うつりしないかが心配なだけなの。

だから遠慮せず、どうぞドンドン他の女性を凝視してくださいな。

その代わり私だけを変わらず愛して欲しいの。」

ドンドン?他の女性を凝視?人聞きが悪い!

大体あの時他の女性を見ていたのは(百合子の前では他の女性を見ていたなど、絶対に認めないが。内緒ね。)

三高(現京都大学)時代以前からの悪友の島村秀夫から揶揄からかわれていたから。

だってあいつときたらある日の喧嘩中に、言うに余って僕の事【鉄道馬鹿の童貞野郎】って罵ったんだ。

「あぁ、僕は童貞だよ!」って両手を腰に当て胸を反らし、開き直ったら大声で笑うんだ。

「でもね、僕が童貞なのは、決して女性にモテないからでも、相手にされないからでもない。知的興味が鉄道にしか持てないからなんだよ。」

って言ったら、島村の奴、

「じゃぁ、それを証明してみろよ!秀則に彼女が出来たらお前の言う事を認めてやる」

「分かった。証明ね。僕に彼女が出来たら島村は僕に何してくれる?甘味亭のお汁粉五杯、いや、十杯でどう?」

「いいだろ、甘味亭のお汁粉十杯だな?その賭けに乗った!」

 それから暫くの間、島村は陰で僕を監視した。

 でも一向に彼女が出来る気配はないし、女性の前で気取ったポーズをとる僕を「プ!」と吹き出しながら笑っていた。

 「そろそろ勝負はついたな。」と言う島村に、「まだまだ!」と応える僕。

 その翌日だっただろうか?

百合子が僕の前に座って話しかけてきたのは。

「勝負あり!」

僕が島村からお汁粉十杯をせしめたのは言うまでもない。

(後から15杯にすればよかったと後悔した自分がいたが。)

だが、結果的に賭けに勝った僕だが、タイミングよく百合子が現れたのを一番驚いたのも僕だった。

 

そういう事情から百合子には我妻になった今でも絶対に知られてはいけない。

女性をチラ見していたのも、賭けをしていたのも。

 

 「もちろんいつまでも百合子の事、世界一愛し続けるさ!

僕が君一筋なのは、ホントは分かっているくせに。」

と恥ずかしいし僕らしくないけど、精一杯背伸びして惚気のろけてみせた。

 

それにしてもやはり百合子はいつ見ても美しいし、いつまでも飽きない。

あまりに見とれてチューしようとしたら、どこから出したか百合子の手から飴玉が僕の口にねじ込まれた。

「そろそろお腹が空いたとおっしゃる頃ね?」と、とり澄ましていう。

「あぁ、この黒糖アメ、丁度よい甘さだよ」と口の中で転がしながら言う。

万事こんな調子で新婚生活は甘く過ぎてゆく。

 

僕たち夫婦の新婚家庭は、双方の実家とも兄夫婦の家とも近い。

だから頻繁に行き来があるのは自然な状態だった。

ただ、両親も兄夫婦も自然なふりしてやって来るが、実は心配で仕方ないのだ。

だって、見合いの席でのあの奇妙な見栄の張り合いの会話。

誰だって思いっ切り不自然と感じたのは当然だった。

 

いつか破綻する。今すぐ破綻する。

そう確信しながら僕たち夫婦を覗き見るので正直鬱陶しいと思う。

でもホントの事情を知ったらそんな心配はしなかったろう。

僕はもちろん皆を安心させるべく、愛し合っている夫婦をアピールするが、時々悪魔の顔を見せる百合子はそうではない。

訪問してきた親や兄姉の前でワザとその悪魔の顔と性格を出現させるのだ。

 

「ねぇ、お義兄おにい様、秀則さんがお義兄おにい様は私のスパイなんじゃないか?って疑うのよ。そんな事ありませんよね?」

「はて?何のことだろう?」

 自然な調子でシラを切るが、百合子は姉有紀子を通して甘味亭での会話の内容を報告済みだったので、総て筒抜け。その後の付き合い方のアドバイスまで受けていた。

 だから兄秀種から弱みを握る攻略法などもレクチャーされている。

 ハッキリ言って兄は有紀子のエージェントとなり、裏からふたりを操る工作員でもあったのだ。何と油断のならない兄弟なのか?しかも義姉有紀子までが加担して。

 そういう経緯もあり、黒幕の兄夫婦は良心の呵責から(?)弟夫婦の行く末に責任を感じていた。(面白過ぎて興味が湧き過ぎ、夫婦間の仲を偵察に来たとも言う)

 事実の詳細を知らないのは私だけ。まさに道化師だった。

 それと両家の両親も悪魔の芝居の犠牲者だった。

 と云うのも、両親が来るときだけあの見合いの席のお芝居を続けるから。

 

 「ねぇあなた、この街が震災から復興して劇場が出来ましたら、是非クラシックコンサートに連れて行ってくださいね。」

 それに対抗して僕も

「百合子も茶道教室が復活したらまた通うんだろ?

 僕も百合子の習いたての茶を飲んでみたいな。」

 両親も知っている白々しい嘘をワザと話題に挙げる事で、今でも二人は見栄を張り合っているのか?と思わせている。

 それが両親に対する同情と注意を引く手段なのか?

 悪戯に心配させるだけの親不孝な行為だと思うのだが?

 

 百合子は思う。

 人間は善良に生きるだけが幸せの手本ではないと。

 ほんの少しの辛いスパイスが効くから、美味しい料理もある。

 塩をまぶさないおにぎりが美味しいか?

 抹茶の苦みが茶のうま味を感じさせる。

 

 だから私は秀則さんのスパイスでありたい。

 可愛い、飽きない、宝物のような大事なスパイスに。

 

 

 秀則は決して職場の話はしない。

 仕事を家に持ち帰らない。

 

 だが、いつも鉄道の話になると頬を紅潮させながら講釈する。

 そんな秀則が百合子は大好きだった。

 

 

 

 

 

    つづく

 


昨年秋に廃刊した『シベリアの異邦人』をリニューアルして再刊行しました。

2024-04-19 08:41:00 | 日記
#パブファンセルフ


 以前のバージョンは製本元から値上げの通告を受け、やむなく廃刊しました。
今回は本のサイズを縮小しコストダウンを図ったつもりでしたが、値上げ後価格と変わらず、あてが外れてしまいました。
 でも表紙イラストの画像が鮮明になり、サイズダウンにより手持ち感、読み心地感が改善されるなど、良い要素もあったため価格が高めだけど見切り発車しました。
 自主出版は製造コストがどうしても販売価格を押し上げてしまうのは、どうする事もできません。

 苦肉の策として、どうしてもお手元に置いておきたいと思って貰えるごく一部のご危篤な皆様を対象としましたので、ご承知おきください。


 連載の件ですが、
 先週UPしました『鉄道ヲタクの事件記録』第二話は、まだ構想がまとまっていません。
 今までの私の作品は、一話一話の更新ペースが比較的早かったのですが、今回から更新ペースを週一程度にして、その分内容を濃くしようと思っています。
 多分、第二話は順調にいったら明後日頃UPする予定です。

 ご期待ください。

鉄道ヲタクの事件記録 第一話 お見合いと結婚

2024-04-15 13:46:37 | 日記

 大正13年春、影山秀則は百合子を見て驚いた。

 あの日東京会館にて兄秀種の結婚式に出席、兄の花嫁(旧姓 藤堂)有紀子の妹である百合子と出会う。

 花嫁の有紀子は文金高島田がよく似合う古風な美人だったが、妹の百合子は髪が首を隠す程度のショートヘアでひと際目立つ美人であった。

 女子高3年生であるとその時の紹介で知った。いかにも利発で活発な今時の流行はやりの女の子。この時僕が抱いた第一印象だ。

 僕はと云えば東京帝国大学の3回生であり、来年の春には卒業し、前途洋々の未来が待っている真面目で男前の(自分で言うか!)の学生である。

 そんな僕の日課は大好きな汁粉を高輪『甘味亭』で食す無上の時間を過ごす事。

 実家からは少し遠いが、大学の帰り道からは丁度良い位置にあり、上品で美味いと地元では有名な店である。

 食いしん坊の僕は甘いものに目がない。

 しかも大学の講義が終わり家に帰る頃と云えば、無性に腹が減る、育ち盛りの若者なのだから。

 そんな訳で汁粉を注文したらすぐ、インテリっぽく難解そうな英文の専門書を読むふりをする。

 カッコつけている?鼻持ちならない?

 

 放っといてくれ!

 

 そりゃ、そうでしょ。ここはさすが地元で有名な甘味処!

 その証拠に廻りの席は甘いもの好きな若い女性の花盛りだもの。

 この辺りは後世で言う『白金しろがね―ゼ』お嬢様たちの牙城。

 良家の御令嬢が多く住む、育ちの良い上質な客層の落ちついたお店なのだから。

 立ち居振る舞いも優雅で話題も上品だし。

 そうして僕は本を読むフリをしながら、お喋りに夢中のうら若き乙女をチラチラと盗み見る訳だ。

 

 男と云えば大抵僕ひとりだけ。当然あたりを強く意識しちゃう。

 え?男一人で恥ずかしくないかって?

 そんな事言ってたら空腹で野垂れ死にしそうだし、こんな場所にでも来なけりゃお年頃の女性との出会いなんてある訳ないし。

 恥ずかしいなんて言ってられないよ。

 だからこの店は僕にとって唯一無上のパラダイスなんだ。

 そんなある日、いつものように『甘味亭』の扉を開き、いつものように注文を終える。

 ただその日はこれ又いつものように英文の専門書ばかり読んでいたんじゃ飽きちゃったし、そんな本ばかりじゃつまらないと、久しぶりに幼い頃からの趣味である鉄道時刻表に目を通すことにした。

 実は僕、鉄道ヲタクのはしりなんだ。

 全国の駅名は高校の時、丸暗記して制覇しているし。

 だからと云っては何だけど、鉄道については他にも結構詳しいんだよ。

 高校時代はそのヲタクぶりから【鉄道】というあだ名で呼ばれていた程だし。

 全国の鉄道駅名を北は北海道稚内から南は鹿児島まで、スラスラ諳んじる特技で人気者でもあったんだ。

 しかも僕の父は転勤族で、全国各地に転勤する度、その地方の主要駅の時刻表まで丸暗記していたので、クラスの仲間から【時刻表】とも呼ばれていたし。

 いつも悪友の甲斐道太郎や幣原喜重郎から「オイ!時刻表!」なんて呼ばれていたんだ。

 

 その日は時刻表に没頭し過ぎて、周囲が見えていなかった。

 暫くして気づいたら、テーブル席の目の前にジッと僕を見つめる女性が座っている。

「何?」

 怪訝そうな顔をした僕に、ニッコリ笑うその若き女性。

 ア!思い出した!あの結婚式で見た兄嫁の妹だ!

 義妹はいたずらそうな目で、何か言いたげだった。そして親し気に口を開く。

「あなたは私の姉の旦那さんの弟さんですよね?」

「そ・・・・そうですね。あなたはあの時の妹さんでしたね。お名前は何だっけ?」

「百合子と云います。あの時紹介しましたよね?お忘れですか?あなたは秀則さん。私は覚えていますよ。」

「失礼!忘れた訳ではないのです。こんな所で不意に出会って、しかも僕の目の前にあなたが座っていたら、さすがにビックリするでしょ?咄嗟にお名前が出てこなかったんですよ。」

「ホントかしら?まぁいいわ。私が目の前に座ったことすら気がつかない程、本に没頭していたのですものね。フフフ!面白い眺めでしたわよ。」

「酷いなぁ!そんな風に人物観察する趣味でもあるんですか?」

「アラ、あなただっていつもなら見開きの本を片手に、手当たり次第お店のお客の女の人を盗み見ているじゃない?わたくし知っていますのよ。」

「え!どうしてそれを?アワワ・・・じゃなくて、それは濡れ衣です!女の人なんて見ていません!失敬な!!」

「今更遅いと思います。バレバレですのよ。」

 目の前の百合子が悪魔に見えた。

「あれ?あなた今、『いつもなら』って言いましたよね?どうして私がいつもこの店に居るって知っているのですか?

 あなたもいつもこの店に来るのですか?」

 百合子は込みあげる笑いを噛み締めるように

「いつもではありませんことよ。最初に秀則さんに気づいたのは数週間前このお店の前の道を歩いている時。ふと窓の外から中を見ると、あなたが気取ってこれ見よがしに片手で本を持ちながら、別なところを眺めているのを見つけた時よ。

 あたりは女性ばかりですもの。とても分かり易くカッコつけた男性があなただったなんて、その情景を見つけた時はプッて噴き出してしまったわ。」

 僕は見る見る顔が赤くなるのを感じた。

 やはりこの人は正真正銘の悪魔だ。そう僕は確信した。

「だからわたくし、この店を通る度、秀則さんが居ないか窓の外から探していたの。

 そのうちいつもこの時間帯にいらっしゃることが分かって、それ以降はあなたに感づかれないよう、注意してあちらの柱の奥のテーブル席に座って観察していたの。

 だから総て知っていますのよ。」

 

 この逃げ場のない状況に泣きそうになった。

 涙目のまま「その時どうして声をかけてくれなかったのですか?酷いよ!酷すぎる!!」

「だって面白いんですもの。いや失礼。お声掛けしにくいんじゃないですか。あの状況では。

 でもね、わたくし秀則さんに会えるのを毎日楽しみにしていましたのよ。

 また今日も会えるかしら?って。」

 僕はすっかりイジケて

「ああ、そうでしょうとも!どうせ僕は道化者ですよ!あなたにとってとても面白いピエロだったでしょうよ!」

「あら、それは違うわ。(思い出し笑いを噛み締めるように)確かにあの状況は思い出しても面白かったけど、(僕は悪魔!悪魔!悪魔!って心の中で罵った)秀則さんにお会いできるのは、とても嬉しいって思っていたのはホントですのよ。」

(嘘つけ!)と思ったが、「僕に会うのがどうして嬉しい事なのですか?僕は只のピエロでしょ?」

「いいえ、あなたはただのピエロではありません事よ。そのキリリと引き締まったお顔立ち、とてもハンサムだと思いますわ。

 それに秀則さんはとても頭の良い方と伺っています。

 ご本を読まれている秀則さんはとても知的で、わたくしグッときていますのよ。」

 この人は何処までも僕を揶揄からかう気だな?

 僕はいたいたたまれなくなり席を立とうとすると、彼女が僕の裾を掴み

「まだ行かないでください。怒ったのなら謝ります。ごめんなさい。

 実は秀則さんにお願いがあるのです。どうか私に勉強を教えてくださいませんか?

わたくし、数学が苦手で試験の度に苦労していますの。

わたくしが落第点などとろうものなら、我が家始めって以来のお家騒動になってしまいますわ。それだけは避けたいのです。

 秀則さんは工学部のご出身だと聞いております。でしたら数学はお得意ですよね?

 可哀そうと思し召しになって、わたくしをお救いくださいまし。」

 哀れっぽい目で縋りつくように、僕を見つめる百合子。

 改めて彼女を見て見ると、やはり美人の家系なのだろう。兄嫁とは違う魅力を強く感じ、不覚にもドギマギした姿を曝け出してしまった。

 思わず視線を逸らしてしまったが、勘の鋭い彼女には敵わない。

 僕はは狩りで仕留められた哀れな獲物のような感覚に陥った。

 もう無駄な抵抗はよそう。

「分かりました。でも僕なんかのコーチで良いんですか?僕は厳しいからビシバシしごきますよ。」

「秀則さんが良いんです。それにあなたは絶対に鬼コーチにはなれませんわ。

だって秀則さんはとても女性に優しそうですもの。そう、優しいに決まってますわ。」

 この期に及んでまだ皮肉!シバくぞ!

 よおし!ビシバシしごいてやる!フッフッフッ!と心の中で呟いた。

 

 この日以降、秀則の至福の時間は潰え去り、百合子の特訓に費やされる。

 いつもの甘味処で聞き上手、甘え上手な百合子は、瞬く間に僕の心に分け入った。

 百合子は僕の説明に熱心に聞き入っているように見えるが、実は全然身が入っていない。

 人が一生懸命教えているのに、気づいたら僕の顔ばかり見ているんだ。

 「ねぇ、僕の話聞いてる?」って言うと「モチ!」と返してくる。

 ホントに僕の特訓の成果は有るのだろうか?

 不安になってくるが、女学校最後の夏休み前の試験が終わってその結果を聞くと、「ちゃんとパスしましたわよ。」とスンと済まして応える。

 百合子に会える日が僕にとって教えるというより、次第に楽しい会話の時間に思え、完全に恋愛モードに移行していた。

 そして百合子が卒業すると同時に僕も大学を無事卒業。

 鉄道省に入省し、エリート街道まっしぐらに進みだした。

 

 百合子が卒業したら僕の家庭教師としての役割は用なしの筈だったが、何かにつけ彼女は僕に会う口実を設けてきた。

 さすがに鉄道省エリートである僕の平日は殺人的に多忙を極め、実質会えるのは日曜日の日中だけに減ってしまったが、それでも細々と続いていた。

 と云っても会うのは食いしん坊の僕に合わせ、食事が出来る健全なところに限定されるので、それ以上の深い関係にはなれるはずも無かった。

 

 僕が出世街道の花形部署である鉄道省技師に抜擢が決まると、父秀五郎、母ハルからそろそろ実を固めたら?と言われ始める。

 それから見合いの話を三度勧められたが、僕の心は密かに百合子にあるため、良い顔はできない。

 ノラリクラリとかわし続け、両親は途方に暮れ始めた。

 母のハルは、思い余って僕の兄で長男でもある秀種に相談する。

 いつも母が頼りにしてきたその兄は、意外な人物を推薦してきた。

 そう、自分の妻の有紀子の妹、百合子ではどうか?と云うのだ。

 「百合子さん?だってあの人は貴方にとって義妹なのよ。

 うちの兄弟が先方の姉妹と夫婦縁組をするなんて、いくら何でも安易で乱暴過ぎない?」

 「そうかな?案外上手くいくかもよ。」

 何故か兄は自信がありそうだった。

 もしかして僕と百合子の事,感づいていたんじゃない?

 僕たちの事は双方の家族の誰にも話していない筈なのに。

 いや、もしかして百合子は姉の有紀子に何かと相談してきていたかも?百合子の性格なら有り得ない話ではない。

 その真相は分からないが、有紀子も百合子も良家の御令嬢。

 家格的に不足はない。姉妹という以外に問題は無い様だ。

 母も、そして司法官で裁判所の地方所長を歴任してきた経歴を持つ父も、異論を挟むことは無かった。

 

 だが両親にとっては意外であり驚いた事に、僕も百合子も二つ返事でお見合いを承諾する。

「あれ?」両親は拍子抜けし、揃って呆けた顔をしている。

 それまでお見合いに全く興味を示さなかった秀則が、百合子さんが相手の時は信じられない程アッサリ受けるなんて・・・。

 でもことが上手く運んだ喜びに、それ以上深く詮索する思考が働かない。

 双方の気が変わらないうちに良き日の日取りを取り決め、お見合いが決行された。

 その会場は例の東京会館。

 兄夫婦が結婚式を挙げたあの場所だ。

 やっぱり何処か安易すぎる気がする。

 でも、まぁ仕方ない。場所はどうでも、まず形式的にまた顔合わせをすることが重要なのだから。

 見合い会場の席で兄夫婦の仲人だったご夫婦がまた引っ張り出され、今回も仲人を引き受けている。

 よって、僕の両親、百合子の両親、仲人夫婦、本人である僕、影山秀則と百合子がそれぞれの席に座る。

 着飾った百合子はとても綺麗だったが、それよりも取り澄ましたその様子に吹き出しそうになった。

 だっていつもの百合子はもっと悪魔チックなのに、今日はまるで天使を装っているのだから。その白々しさが何とも滑稽に思えた。

 今日はいつもと違い不自然にとり澄ました百合子は、「何?!」と一瞬睨みつけてくる。

 僕の顔がそんなに笑いを抑え込む表情に見えた?

 もうとっくに旧知の仲なのに、まるで数年ぶりの再会でもあるように振るわなければならない。

 席上の両親たちはその微妙な空気を感じたが、その原因が全く分からなかった。

 そうこうするうち、僕と百合子はこの奇妙な雰囲気を楽しもうと決めた。

 「お久しぶりです。百合子さんでしたね?お元気でしたか?」

 「はい、両親共に幸いにも息災に過ごしてこられましたわ。秀則さんもお元気そうで何よりです。

 お仕事の方は如何ですか?順調に進んでいらっしゃいますか?」

 「えぇ、お陰様で万事順調です。

 この度は企画院技師というポストに就く事が決まりまして、そのための事前準備に奔走しています。」

 

 こんな会話の内容は、とっくに甘味処デートで報告し合っている。

 それを初めて話し、初めて聞くフリをするのは、演技以外の何物でもない。

 

 やがて話題が尽き、何を話そうか迷った僕は、またも初歩的な定番の見合い会話を始めた。

 「あの~、ご趣味は?」

 さすがに百合子は「ハァ?」とシラケる話題に呆れたが、開き直りの返答を投げかけてきた。

「はい、わたくしはお茶とお花を少々嗜みます。秀則さんのご趣味は何ですの?」

 僕は百合子がお茶もお花も、性分でないと草々に投げ出している事を知っている。

「私の趣味はクラシック音楽を聴く事です。

 特にブラームスは良いですね。百合子さんは聴いた事ありますか?」

 百合子も僕がクラシック音楽など無縁なのは知っている。僕の興味は鉄道と甘味だけだと云う事も。

「えぇ、ブラームスはよろしゅうございますね。」と済まして言う。

 双方の両親たちはこの化かし合いのような嘘で盛った会話に呆れている。

 その後も嘘の見本市のような会話は続き、その場に居合わせた出席者はジェトコースタ―に連続10回乗った後のような疲れを感じた。

 

 ただこの時、僕がずっと心配していた百合子の勉強の結果について尋ねる。

「百合子さんの出身校はとても優秀なご息女の行かれるところと聞き及んでおります。

 さぞ勉強は大変だったでしょうね。」

  すると百合子の母が

「私の娘百合子は秀則さんのような超エリートの頭脳を持ち合わせている訳ではありませんが、それでも女学校では常にトップの成績を維持してきましたのよ。ホホホ!」

「え?それは凄いですね。誰でも苦手な科目くらいあるものですが、全科目トップですか?」

「そうです。全科目ですわ。ホホホ。」

 え?数学が苦手じゃなかったの?

赤点をとって落第したらお家の一大事じゃなかったの?

 思わず百合子を見ると、百合子はあっちの方向に視線を向け、けっして僕を見ようとしない。

 「図ったな!」心の中で強く思い、あの家庭教師の時間は一体何だったんだ?と臍を咬んだ。

 でもまぁ、いいか。

それを口実にいつも会う事が出来たのだから。

策士百合子の本性と能力と魅力に完全に組み敷かれた僕であった。

 

 そして無事(?)お見合いは終了し、後日結果が両家に伝えられる。

「謹んでこのご縁、お受けさせていただきます」と。

 両家の両親にしたら、嘘で固めた白々しい会話の結果がこれ?

 空恐ろしいが、奇跡的に話がまとまった信じられない事実に身震いした。

 こうして秀則と百合子の夫婦としての未来に両親として大きな不安を感じながら、昭和二(1927)五月二十日再び東京会館にて華燭の典が居り行われた。

 

 秀則25歳、百合子21歳だった。

 

 

 

 

 

   つづく


犯罪は憎む。でも罪を償った者は?

2024-03-24 18:07:00 | 日記

刑務所の前で「出待ち」を毎朝続けるひとりの男性、何をしている? 「刑務官はいい顔をしないが、やめられない」同行して分かった理由と覚悟(47NEWS)のコメント一覧 - Yahoo!ニュース




 例え償っても許せない凶悪犯罪はある。
 自分の身内を傷つけられたり、命を奪われたら尚更。

 それに今多発している外国人犯罪。
 特に埼玉県川口市のクルド人が起こす集団犯罪は目にあまる。
 難民として来日する者、不法入国の末、不法滞在した挙句、恐喝・恫喝・強姦などやりたい放題する者。
 しかも公園で無届集会を開き、一般住民を締め出す、「クソ日本人は○ね!」と暴言を吐く。
「日本人は自分たちクルド人移民に対する扱いがなっていないから、教育しなければならない」など、不法移民がどの口で言う?と憤りを感じる言動と態度を見て、強い危機意識を持たざるを得ない。
 傍観してはいけない、早急に対策を講じなければ、住民である日本人の犠牲が更に増えるだろう。

 中国人や韓国人の犯罪もテレビで報道されていないだけで、凶悪で悪質な事件もたくさん起こしている。

 これら反日不良外国人たちの理不尽な行為は全く看過できないが、ここは日本人が住む日本人の国。
 犯罪の種類や反省の度合いにもよるが、無知や貧困が原因で道を踏み外した受刑者たちの更生のチャンスは確保されなければならないだろう。

 この記事にも書かれているが、国のアフターフォローは決して十分とは言えない。

 不良外国人たちに不当で不適切な手厚い保護や援助を国が行うのも問題だが、社会弱者である犯罪経験者の厚生にもっと力を入れるべきと考える。

 この記事の人のように、勇気をもっての行動は賞賛に値する。
 前回の日記にも触れたが、弱者と思われた人が誰よりも強く正しく生きる姿には、胸が詰まる想いになる。

 では私は何をすべきなのか?

 私は日本の政治の不備を正し、社会をあるべき姿に変革するのが私たち独立した社会人の責務であると思う。











ゆりかご会に預けれれた子が

2024-03-17 11:07:00 | 日記
地域の未来を担う
https://youtube.com/watch?v=W6WLoVmiuYo

 

 

 
 こんな行い、一体誰ができるだろう?
 
 私は今の日本の政治を批判する記事ばかり投稿してきたが、この動画に登場する彼のような活動をしてはこなかった。
 
 人にはそれぞれ役割があり、全員が同じ行為をしなければならない訳ではない。
 でもそれぞれが与えられた環境や条件の中で真摯に生きられなければ、とても恥ずかしいと思う。彼に顔向けができない程に。
 
 私はこの動画を見る機会を得られて幸運でした。
 
 そしてこうした活動を政治に活かせるような世の中にしたい。
 
 だから決意を新たにして『自分にできる事』を精一杯やっていきたいと思う。
 
 私のようなしがない年金暮らしの前期高齢者に何ができる?
 言い訳ならいくらでもできるだろう。
 
 でもこの動画の彼のように、赤ちゃんポストに預けられた経験のある人が、できない言い訳ではなく行動で生き様を示す姿にどのように抗えようか?
 
 気づきと行動に遅すぎるという事などない。
 
 
 
 今の政治家に見せたい訳ではない。
 この動画を観て心を動かせる人を政治家にするために、私は動く。

 彼の起こしたアクションとメッセージに恥じないように。
 自分の人生に恥じないように。