どうして、わざわざ“発声”を強く意識するような練習をするのでしょうか? | メンタルアガリカルチャー

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あがり症・場面緘黙症・イップス・強迫性障害などの苦しみの中で得たことを活かして、新しい精神文化(精神の向上を目指した文化)=メンタルアガリカルチャーを作っていきます!

「あがり症を治す・克服する教室」と呼ばれるようなところで、“発声練習”を取り入れているところがあるようです。
 

どうして、わざわざ“発声”を強く意識するような練習をするのでしょうか?
 
 
 

これまでブログの中で何度も書いてきましたが、あがり症で苦しんでいる人は、ただ、“アガルこと”を強く意識しているからうまくできていないだけです。
 
“アガルこと”を強く意識しないようになれば、元のように普通に話せるようになるのです。
 
ですから、苦しみをなくすためにやらなければいけないことは、「どうやって、元のようにアガルことを意識せずに発表できるようにするか」ということなのです。
 

“発声練習”をすると、声を出すことに意識がいき、アガルことを強く意識することにつながってしまいます。
 
 
 
アナウンサーを目指している人が、言葉をはっきり伝えることが目的で、発声練習をするのだったらわかります。
 

あがり症で苦しんでいる人が努力している目的は何でしょうか?
目的は、あがり症の苦しみをなくすことではないですか?

あがり症の苦しみをなくすことが目的であれば、アガルことを意識しないで発表できるようにしなければいけないのに、どうして敢えて“発声”を強く意識させ、アガルことを意識するような練習をするのでしょうか。
 
 
 
 

あがり症の苦しみをなくすためにいちばん大事なことは、「どうやって“アガルこと”を(マイナスに)意識しないようにするか」ということです。

 
「あがり症の苦しみをなくすためにおこなっている」と思われる、あがり症を治す・克服する教室で“発声練習”を取り入れていることに対して、あがり症の苦しみをなくすためにいちばん大事なことを理解できているのか疑問に思います。
 
 
 
 
 

精神的な病で苦しんでいる人が望んでいることは、「一日も早く精神的な病の苦しみがなくなる」ということです。
 

精神的な病で苦しんでいる人の苦しみが一日も早くなくなるように、「おかしい」と思うことはちゃんと指摘しなければいけないと思っています。
 
 
 
 
精神的な病で苦しんでいる人が「精神的な病の苦しみをなくそう」と必死な思いで通っている、あがり症を治す・克服する教室を運営している人は、「おこなっているカリキュラムは、本当に苦しみをなくすためになっているのか」をもう一度しっかり見直してもらいたいと思います。
 
 
 
 
ここに書いていることは、あくまで私個人としての意見です)
 
 
 
 
 
 
 
 
 

スリルハートでは、「精神的な病で苦しむことはすごいこと。精神的な病で苦しむ人はすごい人」です。
 
 
スリルハートでは、精神的な病は障害ではなく、“才能”として捉えています。

ですから、「“精神的な病を治す・克服する”という行為は必要ない」という考えです。
 
(「“精神的な病を治す・克服する”という行為が、精神的な病に対する意識をさらに強くし、苦しみを大きくすることが多くなる」と考えています)
 
 

スリルハートでは、“精神的な病を活かす”活動をおこなっています。
 
(“精神的な病を活かす”という考え方が、精神的な病をプラスに捉えることとなり、苦しみもなくなっていく)
 
 
 
「精神的な病を活かしたい」という方は、スリルハートに参加してみてください。
(現在は、“あがり症の人”を募集中です)
 
 詳しくは『スリルハート』ホームページをご覧ください。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
いつも読んでいただきありがとうございます。


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