「腰椎すべり症」とは「背骨が骨折し、癒合していない状態」なので、座位や立位だけでなく、日常生活動作(洗面・歯みがき、いすから立ち上がるなど)全てにおいて「鍛えたい筋肉を収縮させ、脊髄・神経を傷つけないよう細心の注意を払う」必要があります(「動作の注意点」を参照)。
が、「腰椎すべり症」にまでなってしまうと、鍛えたい筋肉(大殿筋+短背筋群)を鍛えるのはとても大変なことが多いです。
なぜなら、「腰椎すべり症」の人の「大殿筋が弱い理由」には、「単に収縮を怠ったり血流が悪かったりしたために起こった筋力低下」のみではなく「椎骨がずれたために起こった脊髄・神経の圧迫・損傷(マヒ)」が加わっていることが多いからです(注1)。
筋肉は、「脳→脊髄→神経を通ってくる電気信号」の指令を受けて収縮・弛緩します。
よって、それらが圧迫・損傷(マヒ)すると、電気信号が不完全になったり異常になったりします。
すると、「十分収縮しない(弛緩性マヒ)」もしくは逆に「収縮しすぎる、十分弛緩しない(痙性マヒ)」となってしまう場合があります。
前者の症状は「筋力低下」と似ており、後者の症状はA 「乳酸・カルシウムがたまり、短縮・収縮したまま」と似ていることが多いです。
しかし、「単なる筋力低下」の場合は、血行をよくしながらうまく鍛えれば回復しますが、「マヒ」の場合は
①「鍛える前に、ずれた脊椎を整復し、脊髄・神経が再生するまでずっとその状態を維持し続ける」ことが大切です(注2)。
そしてその上で
②「血行をよくする」
③「うまく鍛える」ことが必要です。
①を行うのは、「脊髄・神経の圧迫をとり、脊髄・神経をなるべく正常な状態にすることで、正常な電気信号を送れるようにする」ためです。
脊髄・神経の圧迫をとらずに③を行っても、つぶれた脊髄・神経は正常な電気信号を送れないので、筋肉が正常に収縮・弛緩するのは難しいです。
ところが、「整復せずに鍛える」人や、「整復しても、その後に姿勢・動作の注意点を守れないため、またすべった状態で鍛える」人が多いです。
すると、鍛えたい筋肉がうまく収縮しないため、緩めたい筋肉が手伝いすぎたりします。
しかも、その際、つぶれた脊髄・神経が筋肉を無理やり動かそうとすることになります。
よって、不完全もしくは異常な電気信号を発生させてしまうので、緩めたい筋肉が痙性マヒとなりやすいです。
②は「単なる筋力低下」でも必要ですが、「マヒ」の場合は、筋肉だけでなく脊髄・神経の再生にも血流が必要です。
よって、「単なる筋力強化」の場合よりも、さらに血行をよくする必要があります(注3)。
③は「単なる筋力低下」でも必要ですが、「マヒ」の場合は、負荷↑としないよう特に気をつける必要があります。
なぜなら、「脊髄・神経がまだ十分再生していないうちに、その人にとって負荷↑の運動を行うと代償(「用語の解説」を参照)が入ってしまいやすいので、脊髄・神経が代償の入った動きを覚えてしまいやすい」そして「脊髄・神経が十分再生し正常になっていたとしても、損傷していた脊髄・神経が支配している筋肉はかなり弱っていることが多いので、負荷↑だと代償が入ってしまいやすい」からです。
一見楽な運動に見えても、その人にとって負荷↑の運動であれば、すべて自分で行うと代償が入ってしまいやすいです。
「それでは、代償が入らないようにすれば、負荷↑の運動をしてもよいだろう」と思う人もいるかもしれませんが、そうするのは難しいです。
それに、それができたとしても、そうすると、まだ十分再生していない脊髄・神経が筋肉を無理やり動かそうとすることになります。
よって、不完全もしくは異常な電気信号を発生させてしまうので、脊髄・神経が疲労しマヒ↑となったりしやすいです(注4)。
また、脊髄・神経が十分再生し正常になっていたとしても、負荷↑だと筋肉が過労でA「乳酸・カルシウムがたまり、短縮・収縮したまま」~B「短縮がある程度進行したら、その後は収縮しないことで短縮の進行を防ぐ」となりやすいです。
ですから、「マヒ」の場合は「鍛える」というよりも「介助によって筋肉を収縮・弛緩した形をつくり、その感覚を体に覚えさせる」方がよいです。
それには、「自動介助運動」を行うとよいです(注5)。
ところが、多くの人は「マヒと筋力低下の区別がつきにくい」ため、もしくは「筋力低下であろうがマヒであろうが、負荷↑の運動をたくさん行えば筋肉がつくと思っている」ため、鍛えすぎてしまいます。
よって、代償↑やマヒ↑となったり、A~B↑となったりしてしまいやすいです。
ところが、多くの人は、このとき「鍛えるのが足りないせい」とか「気合が足りないせい」などと考え、さらに鍛えてしまいます。
よって、さらに、代償↑やマヒ↑となったり、A~B↑となったりしてしまいやすいです(注6)。
①の話に戻りますが、「それでは、どうすれば整復できるのか?」と思った方もいると思います。
本書で紹介したエクササイズを行い、骨盤前傾↓・腰椎前弯↓にすれば、整復できる人もいます(注7)。
ただし、この場合、「腰椎が大きく動くエクササイズ」を行うと、椎骨がずれてしまいやすいのでNGです。
ですから、たとえば「鍛えたい筋肉を鍛えるエクササイズ」の場合は、腰椎が大きく動く「おじぎエクササイズ」よりも、腰椎があまり動かない「うつぶせでの筋力強化」や「仰臥位での筋力強化」を採用してください。
また、整復できたとしても、骨折部が癒合し脊髄・神経が再生するまで(もしくは鍛えたい筋肉が十分発達し、骨折部を固定できるようになるまで)は、「エクササイズ以外の時間はなるべく安静にし、骨盤前傾↓・腰椎前弯↓を保つ」必要があります。
癒合する前に「座位になる」だけでも、腰椎に体重がかかるので、「癒合しかけていた部分がはがれ再びすべってしまう」危険が増えます。
それに、「腰椎すべり症」にまでなると、短背筋群が「壊れてしまった椎間関節」の分まで頑張って椎骨同士をつなぎとめる必要があります。
が、実際はまだ短背筋群が弱いので、体が「短背筋群の分まで脊柱起立筋群が頑張らないと」などと思い、緩めたい筋肉↑としてしまいがちです。
しかし、体(脳)の指令は脊髄・神経を通ってくるので、つぶれた脊髄・神経が無理やり指令を伝達することになります。
よって、不完全もしくは異常な電気信号を発生させてしまうので、緩めたい筋肉が痙性マヒとなりやすいです。
緩めたい筋肉↑(もしくは痙性マヒ)となってしまうと、やはり、「癒合しかけていた部分がはがれ再びすべってしまう」危険が増えます。
ところが、多くの人は仕事などがあるため、1日中横になって休んでいるわけにはいきません。
そこで、座位・立位や動作の注意点を指導します(注8)。
が、疲れても休めない環境だったり、注意点を守る重要性を十分理解していなかったりすると、発症前と同じ姿勢・動作をとってしまいます。
腰椎すべり症の場合は、姿勢・動作の注意点をかなり厳格に守らないと、再びすべってしまいやすいです。
そのような事情により、多くの方は、せっかく骨折部が癒合しかけたとしても、はがれ再びすべってしまいます。
よって、またはじめからやりなおしになってしまいますが、それだけではありません。
再びすべる際に、再生しかけていた脊髄・神経がまた損傷してしまうことがあるのです。
そのため、大殿筋のマヒもさらにひどくなってしまう場合があります。
すると、さらに姿勢・動作の注意点を守りにくくなるため、さらに脊髄・神経が損傷し、大殿筋のマヒもひどくなる悪循環に陥りやすいのです。
ですから、できれば、腰椎すべり症にまでならないよう、本書で紹介するエクササイズや姿勢・動作の注意点を行った方がよいです。
それでも、すべり症になったら、骨折部が癒合し脊髄・神経が再生するまで「骨盤前傾↓・腰椎前弯↓を保つ」方が、脊髄にはよいです(注9)。
脊髄・神経は再生しにくいので、思ったより時間はかかりますが、結局はその方が近道であることが多いのです。
「腰椎すべり症と診断されたが、本書で推奨する通りにしたら回復した」というケースもあります(「症例Aさん」の項を参照)。
(注1)すべり症に限らず、椎間板ヘルニアなどでも脊髄・神経の圧迫・損傷(マヒ)が起こることがあります。
それにマヒが起こるのは大殿筋のみとは限りません。
たとえば、L3の位置の脊髄がつぶれると、L3以下(つまりL3~仙骨)を通る脊髄・神経が支配する筋肉はすべてマヒする可能性があります(※)。
このとき、完全につぶれた場合は「L3以下を通る脊髄・神経が支配する筋肉すべてが完全にマヒ」するのに対し、一部つぶれた場合は「L3以下を通る脊髄・神経が支配する筋肉の一部が不完全にマヒ」することになります。
ちなみに、大殿筋は「L5~仙骨を通る神経」が支配しているため、頚椎・胸椎・腰椎のいずれが損傷してもマヒする可能性があります。
なお、大殿筋を支配する神経(下殿神経)は、坐骨神経の近くを通るので、梨状筋症候群などで坐骨神経マヒになると、一緒にマヒしやすいです。
(※)L3以下の支配する筋肉は、L3~仙骨の短背筋群と大殿筋・腸腰筋、大腿四頭筋・大腿裏の筋、内転筋・中殿筋、下腿・足の筋肉などです。
「それなら、大殿筋だけでなく腸腰筋もマヒしたのだから、もう腰椎前弯↑になることもないのでは?」とも思えます。
が、一部つぶれた場合は両方マヒするとは限りませんし、大殿筋は弛緩性マヒ・腸腰筋は痙性マヒとなれば、腰椎前弯↑になってしまいがちです。
ちなみに、鍛えたい筋肉は弛緩性マヒやBとなりやすく、緩めたい筋肉は痙性マヒやAとなりやすい傾向があります。
特に、脳卒中による片マヒなどの場合は、その傾向が顕著に現れやすいです。
(注2)ただし、脊髄・神経は再生しにくい組織なので、脊髄・神経が強く圧迫され傷つきすぎていたり、圧迫されている時間が長すぎたりすると、圧迫をとっても再生しなかったり、再生にかなりの時間がかかったりすることがあります。
(注3)ただし、マヒしている部分はデリケートなので、温熱などで血行をよくする場合はヤケドなどに注意が必要です。
「呼吸エクササイズ」によって血行をよくすれば、酸素も供給できます(「運動せずに血流を良くする方法」の項を参照)。
ちなみに、血行↓だと、マヒ↑となります(ただし、正常でなおかつ血行↓が多量・長時間でなければ、一過性でなおることが多いです)。
「正座すると脚がしびれる(マヒする)」のは、「神経が圧迫されたせい」だけではなく「血行↓となったせい」もあることが多いです。
なお、しびれると「脚がうまく動かない」だけでなく「触られるとくすぐったい」ことがあります。
これは、「運動神経」だけでなく「感覚神経」がマヒし「過敏」になったからです。
神経には、「運動神経」だけでなく「感覚神経」があります。
「感覚神経」がマヒすると、「十分感覚を伝えない(鈍感)」もしくは逆に「感覚を伝えすぎる(過敏)」となってしまう場合があります。
(注4)あまり知られていませんが、神経も過労(たくさん伝達)すれば、疲労しマヒ↑となります(ただし、正常なら一過性でなおります)。
脊髄・神経が十分再生していなかったり、血行↓だったりすると、過労→マヒ↑となりやすいです。
なお、過労すると、弛緩性マヒが痙性マヒに変わる場合もあります。
「それでは、鍛えたい筋肉が痙性マヒになれば、うまくいくのでは?」と思う方もいるかもしれません。
が、大殿筋↑→股関節伸展のままとなれば、股関節が曲がらなくなる=座れなくなることになります。
しかし、多くの方はそれでも座ってしまいます。
すると、仕方なく動くのは股関節とは限らず、腰椎や仙腸関節であることも多いです(「筋肉は強く伸ばさない方がいいのか?」注3を参照)。
癒合していない腰椎が動いてしまうのはNGですし、仙腸関節も股関節の代わりに動いてしまうと痛みが出やすいのでNGです。
(注5)本書では、「ある運動を、自ら行っても負荷↑とならず代償が入らない部分は本人が行うが、自ら行うと負荷↑となり代償が入ってしまう部分は介助によって行う」ことを「自動介助運動」と呼んでいます。
「大殿筋エクササイズ2」も、「自動介助運動」となっています。
「手伝うと、本人の神経や筋肉が発達しないのでは?」と思う方もいるかもしれません。
が、本人が「自力で行っている」とイメージしながら行えば、正しい動きを覚えることができます。
ただし、損傷している(いた)脊髄が支配している筋肉はかなり弱っていることが多いので、筋肉を鍛える際は(イ)「その筋肉をある程度収縮した姿勢にする」を採用した方が安全です(「大殿筋エクササイズ2」注10を参照)。
ですから、「負荷がほとんどない運動」(たとえば「机上に前腕をのせ、前腕を回内外する運動」)は、運動のはじまりから終わりまで「自力で行っている」とイメージするのでよいのですが、「負荷↑となりやすい運動」(たとえば「大殿筋エクササイズ2のように、重い脚を持ち上げる運動」)は、「脚を持ち上げる部分や下ろす部分」(大殿筋が(ア)や「収縮しながら伸ばされる」になる部分)は介助者が行い、「脚を持ち上げた状態を維持する部分」(大殿筋が(イ)になる部分)だけを「自力で行っている」とイメージするとよいです。
なお、「自力で正しく行っているとイメージしながら行えば、代償の入った動きでもよいのでは?」と思う方もいるかもしれません。
が、そうすると、「神経や筋肉が、代償の入った動きを正しい動きと勘違いし、覚えてしまいやすい」のでNGです。
ですから、「脚を持ち上げた状態を維持する部分」を大殿筋の力だけで行うのが難しい場合は、「自力で行っているとイメージする」にしても、実際は「本当に全部自力で行い大殿筋を大腿裏の筋などが手伝う」ではなく「大殿筋のみ収縮し、不足分は介助者が持ち上げることで補う」とすることが大切です。
(注6)「それでは、負荷↓とし代償が入らないようにすれば、筋収縮・弛緩をたくさん行った方がよいだろう」と思う方もいると思います。
しかし、筋収縮・弛緩をたくさん行ってしまうと、筋肉が血流を多く必要とすることになりやすいです。
ところが、まだ脊髄・神経が十分再生していないうちは、脊髄・神経も血流を多く必要とするのです。
脊髄が損傷すると、脊髄やその支配する筋肉は「あまり使えなくなるために、血流↓・毛細血管↓となりやすい」ので、筋収縮・弛緩をたくさん行うことによって、筋肉も神経も血流を多く必要とすると、血流が不足となりやすいです。
このとき、体が「筋肉への血流」を優先すれば、その分、神経の血流↓となるため、マヒ↑となりやすいです。
体が「神経への血流」を優先すれば、その分、筋肉の血流↓となるため、A~Bとなりやすいです。
ですから、筋収縮・弛緩は、たくさん行いすぎない方がよいです。
が、「あまり使えないために血流↓・毛細血管↓となったのなら、たくさん使うことで血流↑・毛細血管↑とした方がよいのでは?」とも思えます。
しかし、毛細血管を増設するには時間が必要なので、「あまり使えないために血流↓・毛細血管↓となった」からといって、いきなりたくさん使えば血流↑・毛細血管↑となるわけではありません。
それは、「呼吸↓となったために胸からみぞおちの皮膚や腹斜筋が短縮した」からといって、いきなりたくさん呼吸すればすぐに本来の状態に戻るわけではないのと似ています(「呼吸エクササイズの実際」の項を参照)。
ですから、筋収縮・弛緩は、毛細血管の発達に合わせ、少しずつ増やしていくことが大切です。
(増やす際は、筋収縮の時間を長くするよりもまずは回数を多くした方がよいです。また、連続して行うよりも間隔をあけた方がよいです)
なお、「たくさん行いすぎて本人が疲れた結果、途中で自動介助運動がただの他動運動になってしまったとしても、動かすことで血行をよくできるのだから、別によいだろう」と思う方もいるかもしれません。
が、脊髄・神経や筋肉が過労や血流↓の状態で、限界まで「自動介助運動」を行うと、マヒ↑やA~B↑となりやすいです。
ですから、血行をよくする目的で動かすのであれば、本人には力を抜いて(リラックスして)もらい、完全に「他動運動」とすることが大切です。
ただし、神経が痙性マヒやAになりかけていると、「本人は力を抜いているつもり」でも「他動運動」に反応し筋肉がピクピク動くことがあります。
その場合は、「他動運動」では神経や筋肉が休まらないので、「温熱」などで血行をよくした方がよいです。
痙性マヒやAを改善するには、「自動介助運動」よりもまずは「力を抜く練習」を行った方がよい場合もあります。
「大殿筋エクササイズ2」は、最後に「力を抜けていることを確認する」ようになっています。
が、それでも抜けない場合は、「腕の力を抜く練習」のように、「脚の力を抜く練習」を行うとよいです。
「脚の力を抜く練習」では、「介助者は本人の股関節を内外旋させるが、本人は仰臥位でただ脱力しているように意識する」という具合にします。
「他動運動に反応してでも、動くのはよいこと」と思うかもしれませんが、痙性マヒやAだと、実生活では役立ちにくいです。
むしろ、「整復」を妨害しますし、大殿筋が痙性マヒとなれば、股関節が曲がらず座れなくなったりします。
それに、痙性マヒやAのままだと、ずっと(もしくは頻繁に)過労になるので、神経や筋肉は十分休息(弛緩)できません。
神経が再生したり筋肉が回復したりするには、休息(弛緩)も必要です。
また、「痙性マヒやAとなり、筋肉が硬く収縮し十分弛緩しなくなる」と「血液が入りにくくなり、血行↓となる」ので、回復しにくくなります。
ですから、筋肉が「収縮できても弛緩できない」場合は「弛緩」を優先し、「鍛えると血行↓となる」場合は「血行をよくする」を優先すべきです。
(注7)ただし、すべり方がひどい場合や複雑な場合は、単に骨盤前傾↓・腰椎前弯↓としただけでは整復できない可能性もあります。
なお、カイロプラクティックや整体などで整復できる場合もあります。
その場合、整復台やベッドに横になり、整復してもらうことが多いです。
ところが、せっかく整復してもらっても、「整復台から起き上がる際、動作の注意点を守れないため、起き上がる瞬間にまたすべってしまった」などという人も多いです。
それに、筋肉(特に緩めたい筋肉)が、痙性マヒやAになっていると、カイロや整体によって整復するのは難しいです。
しかも、整復しても、すぐにまたすべってしまいやすいです。
ですから、整復を受けるだけでなく、整復の前後に本書で紹介するエクササイズを行ったり、姿勢・動作の注意点を守ったりすることも大切です。
ちなみに、「手術で、腰椎骨折部を整復し、ボルトで固定する」方法もあります。
「この方法なら、手術すれば、もう安静にしたり姿勢・動作の注意点を守ったりする必要はない」ようにも思えます。
が、手術は脊髄のそばを切るため、「手術の際に脊髄を傷つけないよう、気をつけなくてはならない」ことが多いようです。
それに、手術が成功すれば、固定した部分は動かなくなりますが、今度は、固定した部分より上もしくは下(たとえば、L4/L5を固定したのであれば、L3/L4もしくはL5/仙骨など)が骨折しすべってしまう場合もあります。
また、手術では固定する部分の短背筋群を切ったり骨からはがしたりすることもあるので(切った後ぬい合わせたとしても)術前よりさらに短背筋群が弱ることもあります。
「それでは、いっそのこと、すべての脊椎をボルトで固定してしまえば、すべり症にならないのでは?」と思う方もいるかもしれません。
実際、「長い金属棒を背骨に寄り添うように埋め込み、金属棒と多くの椎骨をボルトによってつなぐことで固定する」手術を受ける人もいます。
が、そうすると、背骨を曲げたり回旋したりできなくなるため、「寝返り」や「玄関でくつを履くための前かがみ」ができなくなる場合があります。
(注8)「まだ大殿筋が弱いが、どうしても座位・立位をとらなくてはならない」という人には、「骨盤後傾させるために、大腿裏の筋も収縮させる」よう指導する場合もあります。
ただし、この方法は、長時間使うと、大腿裏の筋が過労→短縮し、「膝が曲がる」「膝関節の裏面が痛む・腫れる」などの症状が出やすくなります。
それに、大腿裏の筋が短縮すると、その下を通る坐骨神経を圧迫するため、坐骨神経の支配領域(大腿裏~下腿)がしびれることもあります(「大殿筋エクササイズ2」を参照)。
「そんなに不利益が多いのなら、大腿裏の筋は使用しない方がよいのでは?」とも思えます。
が、大腿裏の筋を収縮させなかったために腰椎前弯↑となり腰椎がすべってしまうと、坐骨神経よりもっと中枢の脊髄神経を損傷してしまいます。
「大腿裏の筋の短縮」によって起こるマヒは「大腿裏より下」なのに対し、「腰椎すべり症」によって起こるマヒは「腰椎より下」です。
よって、後者だと、大殿筋もマヒしてしまう可能性があるため、「大殿筋マヒと脊髄損傷の悪循環」に陥ってしまう危険があるのです。
なので、この方法は、応急処置としての採用はやむをえないですが、将来は大殿筋の収縮によって骨盤後傾させられるようになることが大切です。
(注9)多くの方が、一番難しいと感じるのが、「整復した後も、脊髄・神経が再生するまでずっとその状態を維持し続ける」という点です。
このとき、「コルセットなどを使用すれば、安静にしなくても、骨盤前傾↓・腰椎前弯↓を保てるのでは?」と思う方もいると思います。
が、腰のそばには内臓があるため完全には固定できませんし、長時間使用すると血行不良になります(「補正下着・コルセットの話」の項を参照)。
が、「腰椎すべり症」にまでなってしまうと、鍛えたい筋肉(大殿筋+短背筋群)を鍛えるのはとても大変なことが多いです。
なぜなら、「腰椎すべり症」の人の「大殿筋が弱い理由」には、「単に収縮を怠ったり血流が悪かったりしたために起こった筋力低下」のみではなく「椎骨がずれたために起こった脊髄・神経の圧迫・損傷(マヒ)」が加わっていることが多いからです(注1)。
筋肉は、「脳→脊髄→神経を通ってくる電気信号」の指令を受けて収縮・弛緩します。
よって、それらが圧迫・損傷(マヒ)すると、電気信号が不完全になったり異常になったりします。
すると、「十分収縮しない(弛緩性マヒ)」もしくは逆に「収縮しすぎる、十分弛緩しない(痙性マヒ)」となってしまう場合があります。
前者の症状は「筋力低下」と似ており、後者の症状はA 「乳酸・カルシウムがたまり、短縮・収縮したまま」と似ていることが多いです。
しかし、「単なる筋力低下」の場合は、血行をよくしながらうまく鍛えれば回復しますが、「マヒ」の場合は
①「鍛える前に、ずれた脊椎を整復し、脊髄・神経が再生するまでずっとその状態を維持し続ける」ことが大切です(注2)。
そしてその上で
②「血行をよくする」
③「うまく鍛える」ことが必要です。
①を行うのは、「脊髄・神経の圧迫をとり、脊髄・神経をなるべく正常な状態にすることで、正常な電気信号を送れるようにする」ためです。
脊髄・神経の圧迫をとらずに③を行っても、つぶれた脊髄・神経は正常な電気信号を送れないので、筋肉が正常に収縮・弛緩するのは難しいです。
ところが、「整復せずに鍛える」人や、「整復しても、その後に姿勢・動作の注意点を守れないため、またすべった状態で鍛える」人が多いです。
すると、鍛えたい筋肉がうまく収縮しないため、緩めたい筋肉が手伝いすぎたりします。
しかも、その際、つぶれた脊髄・神経が筋肉を無理やり動かそうとすることになります。
よって、不完全もしくは異常な電気信号を発生させてしまうので、緩めたい筋肉が痙性マヒとなりやすいです。
②は「単なる筋力低下」でも必要ですが、「マヒ」の場合は、筋肉だけでなく脊髄・神経の再生にも血流が必要です。
よって、「単なる筋力強化」の場合よりも、さらに血行をよくする必要があります(注3)。
③は「単なる筋力低下」でも必要ですが、「マヒ」の場合は、負荷↑としないよう特に気をつける必要があります。
なぜなら、「脊髄・神経がまだ十分再生していないうちに、その人にとって負荷↑の運動を行うと代償(「用語の解説」を参照)が入ってしまいやすいので、脊髄・神経が代償の入った動きを覚えてしまいやすい」そして「脊髄・神経が十分再生し正常になっていたとしても、損傷していた脊髄・神経が支配している筋肉はかなり弱っていることが多いので、負荷↑だと代償が入ってしまいやすい」からです。
一見楽な運動に見えても、その人にとって負荷↑の運動であれば、すべて自分で行うと代償が入ってしまいやすいです。
「それでは、代償が入らないようにすれば、負荷↑の運動をしてもよいだろう」と思う人もいるかもしれませんが、そうするのは難しいです。
それに、それができたとしても、そうすると、まだ十分再生していない脊髄・神経が筋肉を無理やり動かそうとすることになります。
よって、不完全もしくは異常な電気信号を発生させてしまうので、脊髄・神経が疲労しマヒ↑となったりしやすいです(注4)。
また、脊髄・神経が十分再生し正常になっていたとしても、負荷↑だと筋肉が過労でA「乳酸・カルシウムがたまり、短縮・収縮したまま」~B「短縮がある程度進行したら、その後は収縮しないことで短縮の進行を防ぐ」となりやすいです。
ですから、「マヒ」の場合は「鍛える」というよりも「介助によって筋肉を収縮・弛緩した形をつくり、その感覚を体に覚えさせる」方がよいです。
それには、「自動介助運動」を行うとよいです(注5)。
ところが、多くの人は「マヒと筋力低下の区別がつきにくい」ため、もしくは「筋力低下であろうがマヒであろうが、負荷↑の運動をたくさん行えば筋肉がつくと思っている」ため、鍛えすぎてしまいます。
よって、代償↑やマヒ↑となったり、A~B↑となったりしてしまいやすいです。
ところが、多くの人は、このとき「鍛えるのが足りないせい」とか「気合が足りないせい」などと考え、さらに鍛えてしまいます。
よって、さらに、代償↑やマヒ↑となったり、A~B↑となったりしてしまいやすいです(注6)。
①の話に戻りますが、「それでは、どうすれば整復できるのか?」と思った方もいると思います。
本書で紹介したエクササイズを行い、骨盤前傾↓・腰椎前弯↓にすれば、整復できる人もいます(注7)。
ただし、この場合、「腰椎が大きく動くエクササイズ」を行うと、椎骨がずれてしまいやすいのでNGです。
ですから、たとえば「鍛えたい筋肉を鍛えるエクササイズ」の場合は、腰椎が大きく動く「おじぎエクササイズ」よりも、腰椎があまり動かない「うつぶせでの筋力強化」や「仰臥位での筋力強化」を採用してください。
また、整復できたとしても、骨折部が癒合し脊髄・神経が再生するまで(もしくは鍛えたい筋肉が十分発達し、骨折部を固定できるようになるまで)は、「エクササイズ以外の時間はなるべく安静にし、骨盤前傾↓・腰椎前弯↓を保つ」必要があります。
癒合する前に「座位になる」だけでも、腰椎に体重がかかるので、「癒合しかけていた部分がはがれ再びすべってしまう」危険が増えます。
それに、「腰椎すべり症」にまでなると、短背筋群が「壊れてしまった椎間関節」の分まで頑張って椎骨同士をつなぎとめる必要があります。
が、実際はまだ短背筋群が弱いので、体が「短背筋群の分まで脊柱起立筋群が頑張らないと」などと思い、緩めたい筋肉↑としてしまいがちです。
しかし、体(脳)の指令は脊髄・神経を通ってくるので、つぶれた脊髄・神経が無理やり指令を伝達することになります。
よって、不完全もしくは異常な電気信号を発生させてしまうので、緩めたい筋肉が痙性マヒとなりやすいです。
緩めたい筋肉↑(もしくは痙性マヒ)となってしまうと、やはり、「癒合しかけていた部分がはがれ再びすべってしまう」危険が増えます。
ところが、多くの人は仕事などがあるため、1日中横になって休んでいるわけにはいきません。
そこで、座位・立位や動作の注意点を指導します(注8)。
が、疲れても休めない環境だったり、注意点を守る重要性を十分理解していなかったりすると、発症前と同じ姿勢・動作をとってしまいます。
腰椎すべり症の場合は、姿勢・動作の注意点をかなり厳格に守らないと、再びすべってしまいやすいです。
そのような事情により、多くの方は、せっかく骨折部が癒合しかけたとしても、はがれ再びすべってしまいます。
よって、またはじめからやりなおしになってしまいますが、それだけではありません。
再びすべる際に、再生しかけていた脊髄・神経がまた損傷してしまうことがあるのです。
そのため、大殿筋のマヒもさらにひどくなってしまう場合があります。
すると、さらに姿勢・動作の注意点を守りにくくなるため、さらに脊髄・神経が損傷し、大殿筋のマヒもひどくなる悪循環に陥りやすいのです。
ですから、できれば、腰椎すべり症にまでならないよう、本書で紹介するエクササイズや姿勢・動作の注意点を行った方がよいです。
それでも、すべり症になったら、骨折部が癒合し脊髄・神経が再生するまで「骨盤前傾↓・腰椎前弯↓を保つ」方が、脊髄にはよいです(注9)。
脊髄・神経は再生しにくいので、思ったより時間はかかりますが、結局はその方が近道であることが多いのです。
「腰椎すべり症と診断されたが、本書で推奨する通りにしたら回復した」というケースもあります(「症例Aさん」の項を参照)。
(注1)すべり症に限らず、椎間板ヘルニアなどでも脊髄・神経の圧迫・損傷(マヒ)が起こることがあります。
それにマヒが起こるのは大殿筋のみとは限りません。
たとえば、L3の位置の脊髄がつぶれると、L3以下(つまりL3~仙骨)を通る脊髄・神経が支配する筋肉はすべてマヒする可能性があります(※)。
このとき、完全につぶれた場合は「L3以下を通る脊髄・神経が支配する筋肉すべてが完全にマヒ」するのに対し、一部つぶれた場合は「L3以下を通る脊髄・神経が支配する筋肉の一部が不完全にマヒ」することになります。
ちなみに、大殿筋は「L5~仙骨を通る神経」が支配しているため、頚椎・胸椎・腰椎のいずれが損傷してもマヒする可能性があります。
なお、大殿筋を支配する神経(下殿神経)は、坐骨神経の近くを通るので、梨状筋症候群などで坐骨神経マヒになると、一緒にマヒしやすいです。
(※)L3以下の支配する筋肉は、L3~仙骨の短背筋群と大殿筋・腸腰筋、大腿四頭筋・大腿裏の筋、内転筋・中殿筋、下腿・足の筋肉などです。
「それなら、大殿筋だけでなく腸腰筋もマヒしたのだから、もう腰椎前弯↑になることもないのでは?」とも思えます。
が、一部つぶれた場合は両方マヒするとは限りませんし、大殿筋は弛緩性マヒ・腸腰筋は痙性マヒとなれば、腰椎前弯↑になってしまいがちです。
ちなみに、鍛えたい筋肉は弛緩性マヒやBとなりやすく、緩めたい筋肉は痙性マヒやAとなりやすい傾向があります。
特に、脳卒中による片マヒなどの場合は、その傾向が顕著に現れやすいです。
(注2)ただし、脊髄・神経は再生しにくい組織なので、脊髄・神経が強く圧迫され傷つきすぎていたり、圧迫されている時間が長すぎたりすると、圧迫をとっても再生しなかったり、再生にかなりの時間がかかったりすることがあります。
(注3)ただし、マヒしている部分はデリケートなので、温熱などで血行をよくする場合はヤケドなどに注意が必要です。
「呼吸エクササイズ」によって血行をよくすれば、酸素も供給できます(「運動せずに血流を良くする方法」の項を参照)。
ちなみに、血行↓だと、マヒ↑となります(ただし、正常でなおかつ血行↓が多量・長時間でなければ、一過性でなおることが多いです)。
「正座すると脚がしびれる(マヒする)」のは、「神経が圧迫されたせい」だけではなく「血行↓となったせい」もあることが多いです。
なお、しびれると「脚がうまく動かない」だけでなく「触られるとくすぐったい」ことがあります。
これは、「運動神経」だけでなく「感覚神経」がマヒし「過敏」になったからです。
神経には、「運動神経」だけでなく「感覚神経」があります。
「感覚神経」がマヒすると、「十分感覚を伝えない(鈍感)」もしくは逆に「感覚を伝えすぎる(過敏)」となってしまう場合があります。
(注4)あまり知られていませんが、神経も過労(たくさん伝達)すれば、疲労しマヒ↑となります(ただし、正常なら一過性でなおります)。
脊髄・神経が十分再生していなかったり、血行↓だったりすると、過労→マヒ↑となりやすいです。
なお、過労すると、弛緩性マヒが痙性マヒに変わる場合もあります。
「それでは、鍛えたい筋肉が痙性マヒになれば、うまくいくのでは?」と思う方もいるかもしれません。
が、大殿筋↑→股関節伸展のままとなれば、股関節が曲がらなくなる=座れなくなることになります。
しかし、多くの方はそれでも座ってしまいます。
すると、仕方なく動くのは股関節とは限らず、腰椎や仙腸関節であることも多いです(「筋肉は強く伸ばさない方がいいのか?」注3を参照)。
癒合していない腰椎が動いてしまうのはNGですし、仙腸関節も股関節の代わりに動いてしまうと痛みが出やすいのでNGです。
(注5)本書では、「ある運動を、自ら行っても負荷↑とならず代償が入らない部分は本人が行うが、自ら行うと負荷↑となり代償が入ってしまう部分は介助によって行う」ことを「自動介助運動」と呼んでいます。
「大殿筋エクササイズ2」も、「自動介助運動」となっています。
「手伝うと、本人の神経や筋肉が発達しないのでは?」と思う方もいるかもしれません。
が、本人が「自力で行っている」とイメージしながら行えば、正しい動きを覚えることができます。
ただし、損傷している(いた)脊髄が支配している筋肉はかなり弱っていることが多いので、筋肉を鍛える際は(イ)「その筋肉をある程度収縮した姿勢にする」を採用した方が安全です(「大殿筋エクササイズ2」注10を参照)。
ですから、「負荷がほとんどない運動」(たとえば「机上に前腕をのせ、前腕を回内外する運動」)は、運動のはじまりから終わりまで「自力で行っている」とイメージするのでよいのですが、「負荷↑となりやすい運動」(たとえば「大殿筋エクササイズ2のように、重い脚を持ち上げる運動」)は、「脚を持ち上げる部分や下ろす部分」(大殿筋が(ア)や「収縮しながら伸ばされる」になる部分)は介助者が行い、「脚を持ち上げた状態を維持する部分」(大殿筋が(イ)になる部分)だけを「自力で行っている」とイメージするとよいです。
なお、「自力で正しく行っているとイメージしながら行えば、代償の入った動きでもよいのでは?」と思う方もいるかもしれません。
が、そうすると、「神経や筋肉が、代償の入った動きを正しい動きと勘違いし、覚えてしまいやすい」のでNGです。
ですから、「脚を持ち上げた状態を維持する部分」を大殿筋の力だけで行うのが難しい場合は、「自力で行っているとイメージする」にしても、実際は「本当に全部自力で行い大殿筋を大腿裏の筋などが手伝う」ではなく「大殿筋のみ収縮し、不足分は介助者が持ち上げることで補う」とすることが大切です。
(注6)「それでは、負荷↓とし代償が入らないようにすれば、筋収縮・弛緩をたくさん行った方がよいだろう」と思う方もいると思います。
しかし、筋収縮・弛緩をたくさん行ってしまうと、筋肉が血流を多く必要とすることになりやすいです。
ところが、まだ脊髄・神経が十分再生していないうちは、脊髄・神経も血流を多く必要とするのです。
脊髄が損傷すると、脊髄やその支配する筋肉は「あまり使えなくなるために、血流↓・毛細血管↓となりやすい」ので、筋収縮・弛緩をたくさん行うことによって、筋肉も神経も血流を多く必要とすると、血流が不足となりやすいです。
このとき、体が「筋肉への血流」を優先すれば、その分、神経の血流↓となるため、マヒ↑となりやすいです。
体が「神経への血流」を優先すれば、その分、筋肉の血流↓となるため、A~Bとなりやすいです。
ですから、筋収縮・弛緩は、たくさん行いすぎない方がよいです。
が、「あまり使えないために血流↓・毛細血管↓となったのなら、たくさん使うことで血流↑・毛細血管↑とした方がよいのでは?」とも思えます。
しかし、毛細血管を増設するには時間が必要なので、「あまり使えないために血流↓・毛細血管↓となった」からといって、いきなりたくさん使えば血流↑・毛細血管↑となるわけではありません。
それは、「呼吸↓となったために胸からみぞおちの皮膚や腹斜筋が短縮した」からといって、いきなりたくさん呼吸すればすぐに本来の状態に戻るわけではないのと似ています(「呼吸エクササイズの実際」の項を参照)。
ですから、筋収縮・弛緩は、毛細血管の発達に合わせ、少しずつ増やしていくことが大切です。
(増やす際は、筋収縮の時間を長くするよりもまずは回数を多くした方がよいです。また、連続して行うよりも間隔をあけた方がよいです)
なお、「たくさん行いすぎて本人が疲れた結果、途中で自動介助運動がただの他動運動になってしまったとしても、動かすことで血行をよくできるのだから、別によいだろう」と思う方もいるかもしれません。
が、脊髄・神経や筋肉が過労や血流↓の状態で、限界まで「自動介助運動」を行うと、マヒ↑やA~B↑となりやすいです。
ですから、血行をよくする目的で動かすのであれば、本人には力を抜いて(リラックスして)もらい、完全に「他動運動」とすることが大切です。
ただし、神経が痙性マヒやAになりかけていると、「本人は力を抜いているつもり」でも「他動運動」に反応し筋肉がピクピク動くことがあります。
その場合は、「他動運動」では神経や筋肉が休まらないので、「温熱」などで血行をよくした方がよいです。
痙性マヒやAを改善するには、「自動介助運動」よりもまずは「力を抜く練習」を行った方がよい場合もあります。
「大殿筋エクササイズ2」は、最後に「力を抜けていることを確認する」ようになっています。
が、それでも抜けない場合は、「腕の力を抜く練習」のように、「脚の力を抜く練習」を行うとよいです。
「脚の力を抜く練習」では、「介助者は本人の股関節を内外旋させるが、本人は仰臥位でただ脱力しているように意識する」という具合にします。
「他動運動に反応してでも、動くのはよいこと」と思うかもしれませんが、痙性マヒやAだと、実生活では役立ちにくいです。
むしろ、「整復」を妨害しますし、大殿筋が痙性マヒとなれば、股関節が曲がらず座れなくなったりします。
それに、痙性マヒやAのままだと、ずっと(もしくは頻繁に)過労になるので、神経や筋肉は十分休息(弛緩)できません。
神経が再生したり筋肉が回復したりするには、休息(弛緩)も必要です。
また、「痙性マヒやAとなり、筋肉が硬く収縮し十分弛緩しなくなる」と「血液が入りにくくなり、血行↓となる」ので、回復しにくくなります。
ですから、筋肉が「収縮できても弛緩できない」場合は「弛緩」を優先し、「鍛えると血行↓となる」場合は「血行をよくする」を優先すべきです。
(注7)ただし、すべり方がひどい場合や複雑な場合は、単に骨盤前傾↓・腰椎前弯↓としただけでは整復できない可能性もあります。
なお、カイロプラクティックや整体などで整復できる場合もあります。
その場合、整復台やベッドに横になり、整復してもらうことが多いです。
ところが、せっかく整復してもらっても、「整復台から起き上がる際、動作の注意点を守れないため、起き上がる瞬間にまたすべってしまった」などという人も多いです。
それに、筋肉(特に緩めたい筋肉)が、痙性マヒやAになっていると、カイロや整体によって整復するのは難しいです。
しかも、整復しても、すぐにまたすべってしまいやすいです。
ですから、整復を受けるだけでなく、整復の前後に本書で紹介するエクササイズを行ったり、姿勢・動作の注意点を守ったりすることも大切です。
ちなみに、「手術で、腰椎骨折部を整復し、ボルトで固定する」方法もあります。
「この方法なら、手術すれば、もう安静にしたり姿勢・動作の注意点を守ったりする必要はない」ようにも思えます。
が、手術は脊髄のそばを切るため、「手術の際に脊髄を傷つけないよう、気をつけなくてはならない」ことが多いようです。
それに、手術が成功すれば、固定した部分は動かなくなりますが、今度は、固定した部分より上もしくは下(たとえば、L4/L5を固定したのであれば、L3/L4もしくはL5/仙骨など)が骨折しすべってしまう場合もあります。
また、手術では固定する部分の短背筋群を切ったり骨からはがしたりすることもあるので(切った後ぬい合わせたとしても)術前よりさらに短背筋群が弱ることもあります。
「それでは、いっそのこと、すべての脊椎をボルトで固定してしまえば、すべり症にならないのでは?」と思う方もいるかもしれません。
実際、「長い金属棒を背骨に寄り添うように埋め込み、金属棒と多くの椎骨をボルトによってつなぐことで固定する」手術を受ける人もいます。
が、そうすると、背骨を曲げたり回旋したりできなくなるため、「寝返り」や「玄関でくつを履くための前かがみ」ができなくなる場合があります。
(注8)「まだ大殿筋が弱いが、どうしても座位・立位をとらなくてはならない」という人には、「骨盤後傾させるために、大腿裏の筋も収縮させる」よう指導する場合もあります。
ただし、この方法は、長時間使うと、大腿裏の筋が過労→短縮し、「膝が曲がる」「膝関節の裏面が痛む・腫れる」などの症状が出やすくなります。
それに、大腿裏の筋が短縮すると、その下を通る坐骨神経を圧迫するため、坐骨神経の支配領域(大腿裏~下腿)がしびれることもあります(「大殿筋エクササイズ2」を参照)。
「そんなに不利益が多いのなら、大腿裏の筋は使用しない方がよいのでは?」とも思えます。
が、大腿裏の筋を収縮させなかったために腰椎前弯↑となり腰椎がすべってしまうと、坐骨神経よりもっと中枢の脊髄神経を損傷してしまいます。
「大腿裏の筋の短縮」によって起こるマヒは「大腿裏より下」なのに対し、「腰椎すべり症」によって起こるマヒは「腰椎より下」です。
よって、後者だと、大殿筋もマヒしてしまう可能性があるため、「大殿筋マヒと脊髄損傷の悪循環」に陥ってしまう危険があるのです。
なので、この方法は、応急処置としての採用はやむをえないですが、将来は大殿筋の収縮によって骨盤後傾させられるようになることが大切です。
(注9)多くの方が、一番難しいと感じるのが、「整復した後も、脊髄・神経が再生するまでずっとその状態を維持し続ける」という点です。
このとき、「コルセットなどを使用すれば、安静にしなくても、骨盤前傾↓・腰椎前弯↓を保てるのでは?」と思う方もいると思います。
が、腰のそばには内臓があるため完全には固定できませんし、長時間使用すると血行不良になります(「補正下着・コルセットの話」の項を参照)。