よそ見をしつつも、あとは一本線。
 
 
フェンスの向こうにホームが見えてきて、ああ、やっと着いたと実感するひと時。
ただ、相変わらずホームが長いもので、なかなか駅舎にはつかない。
 
都電荒川線の超短いホームとは雲泥の差。
ホームもいろいろありますねえ。
 
 
 
おっとと、またも駐輪場。
こちらは普通の駐輪場、代わった掲示はありません。
 
駅ロータリーの前に立ちふさがったのは、ランドロームフードマーケット。
こちらはワタクシ、10年ほど前から認識しているスーパーでございます。
ここのもなかなか大きな店舗のようで、換気扇からおいしそうな揚げ物のかほりが。。。。じゅるっ・・・
 
わが故郷、千葉県富里市では、理由はわかりませんが同じくスーパーの「いなげや」があるときからこの「ランドローム」に変わりまして、現在に至っています。
 
ランドロームが強かったのか?
たんなるいなげや撤退か?
 
しかし、ほかに大型スーパーがない地域だったので、住民は完全なスーパー撤退じゃなくて安心したでありましょう。
 
やっぱりまず食糧調達できないと、暮らしていけませんものね。
 
 
ランドロームを抜けると、駅前ロータリーでございます。
 
中央の花壇がかなりきれい。
どの駅前もお手入れが行き届いていて、素晴らしいです。
 
20年位前だと、けっこう荒れてる駅前とか見かけましたが、やはり観光都市を目指す日本的には、なにかお達しが自治体にあったんでしょうかねえ。
 
 
 
ということで、布佐駅でございます。
 
ふさ、と読みます。
 
新木駅からは3キロ越えの距離。
そんなに大回りはしていないのですが、なかなか着かないなあと思ったら、単に距離が長かっただけでした。
 
新木駅からの序盤に線路から離れていた時も、実際にはカーブの曲線の内側をショートカット気味に進んでいたので、たぶん線路直線距離とあんまり変わらない長さを歩いたと思います。
 
駅看板の下は、陰になっておりますが、屋根付き待合所になっていて便利ですな~。
少々の風雨も大丈夫そう。
 
 
 
ちょうどいい感じに地図がありました。
 
長らく歩いた安孫子市も、とうとうこの駅でラストです。
私的には、まだ我孫子だったか!と、この地図を見て驚いたりしましたが。
 
画像が小さくて見ずらい方はすみません、このように、利根川に沿うように我孫子支線もカーブしてきて、今は南東へ向かう途中です。
 
ちなみに、堂々と顔出ししているのはこの布佐地域のキャラクターの「ふさだだしお」だそうな。
初めて見ましたよ。
ちゃんと住民票もある、公式キャラクターだそうな。
 
 
ちょっと休んで、さらに次の駅へ出発~。
 
布佐駅は明治34年の成田ー我孫子間開業時に同時開業した古い駅です。
駅舎は平成5年に橋上駅舎になったそうで、いまもピカピカ。
 
 
線路わきの道が緩く下りになったので、ホームが見上げる高さになりました。
 
おお、電車止まってる。
 
今はこの、緑ラインの各駅停車が走るばかりの我孫子支線ですが、昔々は食堂車もついた特別車両なんてのも走っていたそうですよ。
 
成田ー我孫子間は今だと約30分くらいなのですが、明治の機関車の時代は、もっとかかったんでしょうねえ。
ご飯食べたくなるくらいの時間が。
 
 
 
ちなみに、我孫子支線が電化されたのは昭和48年だったそうです。
じゃあその前は何が走っていたのだ?
蒸気機関車は昭和後期はほぼ姿を消していたと思うのだが。。。ディーゼル車かなあ。。。
どこかに載っていないかと、検索中でございます。
 
道のほうは200メートルくらい線路沿いを行けましたが、途中からちょっと離れます。
 
 
まずは間に川が挟まれましたぞ~。
 
利根川が近いので、支流とか水路とかが多くなってまいります。
 
 
線路の反対側を見ますと、なんだかだだっ広い光景。
 
線路を挟んだ両側に住宅街が広がっているのですが、少し駅と離れたこのあたりから、南側は原風景的な農地な景色に変わっていきます。
 
向こうの北側にはどっちゃりと住宅が建て並べられていますので、布佐駅の利用者はけっこう多いです。
駅員もいるし、普通の自動改札もあります。
 
でも、「反対側には大住宅地」と意識していないと、すごい田舎の光景しか印象にない場所になってしまうかも。
それは明日の記事にて~。

 

♪ 憂、燦々 クリープハイプ