「ヒゲダンス」と「スカイラブハリケーン」 〜正反撞(せいはんどう)の身体操作 | 馬術稽古研究会

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従来の競技馬術にとらわれない、オルタナティブな乗馬の楽しみ方として、身体の動きそのものに着目した「馬術の稽古法」を研究しています。

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  乗馬をある程度やっている方でも、鞍に座ったまま速歩をする、いわゆる『正反撞』が苦手だ、という方は結構多いのではないかと思います。

   習い始めたばかりのころには速歩でお尻がなかなか上げられなくて苦労していたのに、鐙に立つことが出来るようになったら今度は全然座っていられなくなって、人によっては、それこそまるでゴム鞠のようにお尻が高くバウンドしてしまい、
「お尻の下から向こうの景色が見える」などと笑われるようなことになります。


  それにしてもなぜ、座っていようとしているのにもかかわらず、あれほど高く弾んでしまうのでしょうか?


  往年の少年漫画『キャプテン翼』の中で、双子の「立花兄弟」が、お互いの足の裏を合わせた形から跳躍する『スカイラブハリケーン』という大技がありました。






  この技では、下になった弟が足を蹴り上げるのに合わせて、兄が屈めていた脚を伸ばして踏み切ることによって、高く飛び上がります。

  自らのジャンプの高さに、下からの蹴り上げによる移動距離が加わることによって、大きく飛びあがることができる、というわけです。


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  正反撞でお尻がポンポン弾む、というのも、これと同じ理屈で考えることが出来ます。

  お尻が鞍に衝突し、反撞で突き上げられるタイミングで、お尻の痛みを緩和しようと鐙に足を踏ん張ったり、「良い姿勢」を意識するあまり、腰を反らして骨盤を前傾させ、背筋をピンと伸ばすような姿勢をとろうとすることによって、立花兄弟のように大きく飛んでしまう、というわけです。


  「スカイラブハリケーン」が成功するためには、下になった弟が蹴り上げた足が伸びきる直前の、加速度が最大になるタイミングに合わせて上の兄が膝を伸ばして踏み切る、という必要があります。


  このタイミングは、正反撞で言うと、一度放り上げられたお尻が鞍の上に落ちてきて衝突した直後、再び突き上げられて放り上げられる直前のあたりです。

  つまり、お尻が鞍にドスンとぶつかり、「痛っ!」と思わず足を鐙に踏ん張ったり、いい姿勢を保とうと骨盤を前傾させ、内腿に加重しようとするタイミングと、

鞍の後喬が突き上げてくるタイミングとがちょうど重なることになり、これが、高くバウンドしてしまう原因となるのです。

  

  ですから、正反撞で高く放り上げられないためには、この「スカイラブハリケーンの原理」が働かないようにすれば良い、ということになります。


  立花兄弟の場合でも、弟が下から蹴り上げたところで上にいる兄がカクッと膝を抜いてしまったとしたら、二人はお互いの足裏を合わせたまま、飛ぶことは出来ないでしょう。
 
  
  ということは正反撞の場合も、着座後、突き上げられる動きに逆らわないように坐骨を前上方に随伴させて、突き上げてくる力を前に「逃がして」やることが出来れば、とりあえずお尻が大きくバウンドするようなことはなくなるはずです。
 
  これが、いわゆる「お腹で反撞を抜く」という状態です。


・全身の動きを連携させる


  ところが、乗馬の運動というのは前進を伴うものですから、反撞を抜こうと骨盤を後傾させると、お腹や鳩尾が引っ込んで重心が遅れがちになり、バランスを崩してしまいます。

  かといって、前進する動きに遅れないように胸を前に出した形を保とうとすると、骨盤が前傾し、後肢から突き上げてくる反撞をまともに受けて空中に放り上げられてしまう、ということになります。


  放り上げられないように馬の動きについていくためには、坐骨を前上方に随伴させる際におへそを引っ込めるようにして反撞を抜くだけではなく、
坐骨から順に、骨盤からお腹、そして鳩尾の辺りまでを全て前に送り出すようにして、坐骨の「抜き」と、鳩尾の「突き出し」の二つの動きを両立させたいわけですが、

その動きはなかなか複雑で、動きをタイミングよく掛け合わせて上手な人のカッコいいフォームに近づけるのは、なかなか難しいものです。



 そこで、随伴の動きをまずは部位ごとに分けて個別に練習して、それから連携させる、という方法を考えてみたいと思います。


①鳩尾(みぞおち)~上腹部を突き出す


両足を軽く開き、膝を曲げて腰を落として構えます。

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 椅子などに浅めに腰かけてもよいと思います。

  馬が一歩一歩踏み出すときに、加速度によって重心が置いていかれないようにするようなイメージで、鳩尾から上腹部のあたりを、軽く引っ込めたところから前へと突き出すような動きを繰り返してみます。



 頭や首の付け根の辺りを後ろに残すようにして行うのが、前傾姿勢にならないためのポイントです。

  鳩尾が前に出たとき、顎を引いて胸を張ったような形が一瞬だけ現れると思いますが、動きの中で瞬間的に表れるこの形が、写真などでよく見る「いい姿勢」の正体なのだろうと思います。



②坐骨を逃がす

 同じ構えから、今度は腹筋を使って腰の後ろ側を丸め、恥骨の辺りを前に突き上げて坐骨を前に逃がすような動きを、馬の速歩と同じくらいのリズムで繰り返してみます。

 いわゆる「反撞を抜く」動きで、これをやると上体が後傾したり、膝が浮いて鐙が外れたりするために、「お腹で抜いてはいけない」などと指導されるわけですが、
それもあくまで「それだけ」ではいけない、ということであって、実は上手な人もちゃんとやっている、坐骨を馬の背中の動きに随伴させるためにはどうしても必要な動きです。


 股間を突き出すような腰の動きが何となく恥ずかしい感じもするかもしれませんが、周囲に人のいない時にでも、しっかりシミュレーションしてみて下さい。(^^)



③脚の屈伸

 同じ姿勢で、踵をわずかに浮かせる感じで足先に体重を支えて立ちながら、そのまま膝や股関節を軽く屈伸させて、速歩のリズムで身体を上下に揺すってみます。

 膝が伸びるのと同時に足首を柔らかく屈曲させて、踵で地面にトントンと軽く触れるような感じにすると、
身体が伸び上がるときに踵が下がる、というような感じになると思いますが、

このときの感覚が、『足首で反撞を抜ければ』とか、『一歩一歩鐙を踏み込め』といわれることの正体であろうと考えられます。


 この一連の動きを繰り返すことで、鐙に荷重を載せつつ、坐骨の随伴に股関節や膝、足首などの動きを連動させる感覚を掴むことが出来るのではないかと思います。

  

④同時並列

 ①〜③のそれぞれの動きを掛け合わせ、全部同時に行ってみます。

 ③の屈伸運動で腰が浮き上がるのに合わせて、②の要領で坐骨を前上方に随伴させ、さらに、①のお腹から鳩尾の辺りまでを下から順に前に送り出す、というように動きを順に繋げて掛け合わせてやると、
実際の騎乗で、反撞を吸収する坐骨の「抜き」と、重心を随伴させる鳩尾の「突き出し」の動きを両立させながら、鐙に載ったバランスを保つようなフォームに近づくけることができるのではないかと思います。



・あちらもこちらも立てる

 普通、坐骨を前に逃がそうとすれば、鳩尾辺りが後ろに引っ込んで重心が置いていかれる感じになりやすいですし、
逆に鳩尾を前に出そうとすれば、反り腰で骨盤が前傾するような形になりやすいものです。

  また下半身の方でも、膝を下げて深く座ろうとすれば骨盤は前傾しやすくなり、骨盤を後傾させて座ろうとすれば、膝が上がるような感じになりやすいものです。


  このように、一つの動きを意識して頑張ることで『あちら立てればこちらが立たず』となってしまうことが、人から色々とアドバイスを貰ってもなかなかうまくいかない、という理由の一つなのだろうと思います。


 正反撞で上手に乗っている人の身体の使い方を見ていると、身体を波のようにうねらせているようにも見えますが、これは反撞を逃がす動きと、重心を前へ随伴させるための動きを両立させるための工夫なのです。





 ①〜③の動きをタイミングよく掛け合わせるような身体の使い方を錬ることによって、
お尻が弾まないように坐骨を随伴させつつ、重心が馬の動きに遅れず、鐙もしっかり踏んでいられる、というような動き方が見えてくるのではないかと思います。



⑤拳の静定

 速歩や駈歩で身体が上下に揺れるとき、拳も一緒に揺れてしまうと、手綱の張りを一定に保つことができず、馬の制御に支障をきたしてしまうことがあります。

 拳が揺れないようにするには、脇を締め込んだりして腕を固定しようとするのではなく、肩や肘の関節を自由に動かせるようにして、拳の動きを上体の随伴の動きから独立させて、上体の揺れに関係なく拳と馬の頭の距離を一定に保つ必要があります。


 そのための稽古としては、④の屈伸運動を、テーブルなどに拳を置いたり、仮想の台を想像しながら行う方法が有効です。


 昔流行った、「ヒゲダンス」の要領で、身体が浮き上がるときに肘関節を伸ばして拳を下げるようにして、横から見た高さを一定に保つようにしてやると、拳を静定させるための腕の使い方がわかるのではないかと思います。  







 拳を下に置いた状態を保とうとするあまり、前傾して猫背の姿勢になってしまわないように、おでこが前に行かないように、頭を揺らさないように、と意識してやると良いでしょう。



 これらの稽古によって、足首、膝、股関節、腰、鳩尾、肩、肘、手首といった全身の関節を、馬の動きに合わせてタイミングよく連動させる感覚を掴むことができれば、

速歩だけでなく、常歩や駈歩でも、きれいなフォームで気持ち良く乗れるようになるのではないかと思います。



  「正しい姿勢」というのは、上手な動きの結果である、と考えると、

ただ固まって我慢するのではなく、

必要なモーションをしっかり押さえながら、自分に最も合った気持ちの良い動き方を見つけることを目指すのが、

「正反撞の稽古」の、よりベターな楽しみ方だと言えるかもしれません。