「真っ直ぐ」動くことの難しさ | 馬術稽古研究会

馬術稽古研究会

従来の競技馬術にとらわれない、オルタナティブな乗馬の楽しみ方として、身体の動きそのものに着目した「馬術の稽古法」を研究しています。

ご意見ご要望、御質問など、コメント大歓迎です。




    スポーツの練習では、
「真っ直ぐな姿勢で」とか、相手やボールなどに対して「真っ直ぐに踏み込んで」といったようなアドバイスを受けることがよくあると思いますが、

そう言われて「真っ直ぐ」に身体を使おうとしても、いつのまにか身体が捻れて姿勢が崩れたり、力の角度がズレてしまったりということも多いのではないでしょうか。


  その原因の一つに、

 人間が頭で簡単に考えたような単純な動きのイメージだけでは、
実際の動作中に起こっている三次元の動きに対応しきれず、そこに働いている様々な方向への慣性力といったものによって、だんだんズレが生じてきてしまう、ということがあるのではないかと思います。


例えば乗馬の際、馬の動きに一致した「真っ直ぐな」随伴が出来るようになるためには、身体を前後、上下、左右の各方向へ同時に、三次元で動かしてやる必要があるわけですが、

人間の思考というのはどうしても「二次元的」な処理になりがちですし、
またウエイトトレーニングで行うような、局部の筋肉だけを使った単一の関節の曲げ伸ばしでは、どうしても平面的な動きになってしまいますから、
上下前後左右各方向へ同時に動くような複合的な動きはなかなか難しいわけです。



・「正面の斬り」の稽古

  柔術や合気道などの稽古法の一つに、
『正面の斬り』というものがあります。
 
   二人で向き合って正座し、互いに同じ側の手を前に出して、手刀を斬り結ぶようにして手を合わせたところから、



  相手を真っ直ぐ後ろへ崩すように押し合う、というものです。



単純なようですが、

触れている相手の手を押し返すことを意識すると、肘を支点に腕を伸ばして拳を外側へ振ろうとするような感じになったり、肩関節を支点に前に腕を突き上げようとしたり、膝で踏ん張りながら股関節を進展させようとしたり、といった、単一の関節を支点とした「ヒンジ運動」が起こりやすくなり、


相手に力の方向を察知されることで、簡単に止められたり振り払われたりしやすくなります。


  相手にこちらの力の出所を察知されないように「真っ直ぐに」押し込んでいくためには、

肘や肩、膝などの意識しやすい部分を一箇所だけ使って頑張るのではなく、

前に出した腕と同側の肩や胸、腰などを前に出していくようにして重心を前に移動させながら、
床を蹴らずに、逆に膝を瞬間的に浮かそうとするようにすることで、触れ合っている相手の腕に自分の体重を乗せていく、というように、

多くの支点を持つ動きを同時並列的に行う必要があります。





  相手に接している手が、様々な動きの複合によって三次元の空間を「結果的に真っ直ぐ」に進んでいくようにしてやることで、
少ない努力で、素早く大きな力を発揮することが出来ます。



  


   この『正面の斬り』のような「真っ直ぐ」な動きを実現するための身体操作の感覚を身につけることで、

乗馬時の随伴や日常的な馬の取り扱いの際の動作が、より精緻で効率的なものになるのではないかと考えられますので、

  ここからはそのための稽古法について考えてみたいと思います。



①「正中線」を立てる

  武術書などによく登場する用語に、
「正中線」というのがあります。

 身体の中心を垂直に通る仮想の軸線、といった意味ですが、

『正面の斬り』で相手を押していくときも、

自分と相手の「正中線」を通る平面上に、相手と触れ合っている手首の部分を置き、その距離感をキープするようにしながら、真っ直ぐ」に押し込んでいくようにするのがコツです。


  このときの、前に出した手を真っ直ぐに押し込んでいく感覚は、乗馬で駈歩や巻き乗りなどを行う際、馬の重心移動や頭の動きに対して「真っ直ぐに」腰や拳を随伴するためのイメージトレーニングとしても有効なのではないかと思います。




②相手のどこに力みがあるかを感じる

 『正面の斬り』は、押す側(取り)だけでなく、それに堪える側(受け)をやってみるのも、身体の感覚を養う良い稽古になります。

  手を合わせて相手が押し込んでくるのに対し、手と自分の身体との距離感をキープするようなつもりでじっと堪えてみると、

相手の手から伝わる力の方向から、腕や肩、腰など、身体のどこの筋肉に力が入っているのか、どのように身体を使おうしているか、というようなことが、なんとなくわかるようになってきます。
 

 このような感覚は、乗馬で、手綱に伝わる馬の力の方向から、馬のテンションや身体の使い方、バランスといったことを察知するためにも必要なものです。




 ③二ヶ所、三ヶ所を同時に使う

  お互いに相手の筋肉の動きを察知して止めることができるくらいになったら、

今度は、肘と肩、腰と下半身など、複数の箇所を同時に働かせて押すようにしてみると、相手に力の出所を察知されることなく、大きな力で押し込むことが出来るでしょう。
 
  初めは身体の近い部分どうしを連携させ、慣れたら遠く離れた部分も連携させられるようにして、だんだん全身を同時並列で使えるようにしていくと良いでしょう。



④もう片方の手を添えてみる

  片手である程度出来るようになったら、相手と触れている腕にもう片方の手を軽く添えて、そちら側の半身の力も使うようにしてやってみると、

相手には力の出所がわかりづらくなり、混乱したまま崩されてしまいます。


 この時の受け側が味わう、予想と違う方向からの力によってわけのわからないままに圧倒されるような感覚は、

初めて折り返し手綱で顎を抑えられた時の馬の気分と近いのかもしれません。



  両手になったことで、働きやすい腕の力だけで押すような感じになるとやっぱり「詰まって」しまうので、

後から添えた手の方は、少しだけ手伝うくらいの感じでやってみると良いでしょう。



⑤足も繋げる

  次は、下半身も連動させてみます。

膝で踏ん張って伸び上がるような感じだと、膝を支点とした「ヒンジ運動」になって簡単に止められてしまいますから、

一瞬膝を宙に浮かすようなつもりで、太腿をお腹の方へ引きつけるようにしてみると、そのことでバランスが崩れて重心が前に移動し、相手に触れている手に一気に体重が載る感じになります。




  以上のような身体の使い方が組み合わされることによって、結果的に、強く、真っ直ぐに相手に入っていくことが出来るようになります。



  と、ここまで書いてきて、ふと、

この真っ直ぐに入っていく感じというのは、
槍や杖などを構えて、正面に向かって真っ直ぐに突いていく時の身体の使い方にも似ているな、とも思いました。


こちらの方が、駈歩の時などの重心移動のイメージとしてはわかりやすくて良いもしれません。



いずれにしても、このような身体の使い方は、身体を捻らず、鐙を蹴ったり、反動をつけたりせずに馬の動きに「真っ直ぐに」ついていくために有効なのではないかと思います。

ご興味の湧いた方は、以下の動画などを参考に、研究されてみてはいかがでしょうか。


(「正面の斬り」は26分くらい〜)



(「対杖奪りの突き」は8:14くらい〜)