「乗り込み 」〜ラン二ングと乗馬の共通点 | 馬術稽古研究会

馬術稽古研究会

従来の競技馬術にとらわれない、オルタナティブな乗馬の楽しみ方として、身体の動きそのものに着目した「馬術の稽古法」を研究しています。

ご意見ご要望、御質問など、コメント大歓迎です。



『私のパフォーマンス理論 vol.36 -乗り込みについて- | 』

為末大・侍オフィシャルサイトhttp://tamesue.jp/blog/archives/think/20190909

より引用



「走るという行為において唯一加速できるのは

地面が足に着いている局面だ。

その中でも自分の体重をかけて地面に圧をかけている瞬間が、

走速度のほとんどを決める。


挟み込みや、腕振りなど、様々な技術があるが、短距離選手の技術練習はこの『乗り込む瞬間』の精度を高めることに向かっていると言っても言い過ぎではない。


『乗り込む』という行為をもう少し詳細に説明すると、

立位の状態で自分の体重を自分の足を通して地面に伝え、その反発を体にもらうこと、

になる。


実はこのような理解をすれば、立位で行うほとんどのスポーツにはこの乗り込むという要素が入っていることに気づく。


陸上競技で言えば、走るという行為は、この乗り込みで得た力を身体に伝え前方方向への移動に転換することだ。


乗り込みで得た力を上方に跳ね返せば高飛び、

やや前方に運べば幅跳び、

さらに低く抜ければ三段跳び、

ほぼ水平に抜ければハードルになる。


バスケットのレイアップは乗り込みで得た力を上方に、

野球の外野からの送球は乗り込みで得た力を上半身に伝えボールを投げ、

サッカーのシュートは乗り込んで得た力を逆足のキックに伝える。


乗り込みは立位で移動を伴う全ての動作の根幹を支えている。」



  


  乗馬の2ポイントシートや正反撞などでも、足首や膝、あるいは背骨の動きを使って反撞を抜く、というようなことが言われますが、


それをあまり意識的にやり過ぎると、腰や下肢の筋肉に過大な負荷がかかるだけでなく、


鐙からの反力を前進に利用することが出来ず、

腰や膝が抜けたような感じになって重心が後ろに遅れがちになります。



  馬の一歩一歩の動作の加速度に置いていかれることなくバランスを保ちつつ、人馬双方にとって負担の少ない随伴を実現するためには、


競馬の騎手のように、鐙に載ったバランスから僅かに上体の重心を先行させるようにして、


身体が前に倒れようとする位置エネルギーと、

鐙や坐骨から伝わる「乗り込み」の反力、反撞のエネルギーを騎手の重心を前進させる力として利用するようにするのが有効なのではないかと考えられます。



 軽速歩や正反撞で「座る」場合でも、「鐙よりも後ろに遅れない」ような意識で重心を随伴させることで、

馬の動きに一致した安定感のある騎乗が出来るようになるのではないかと思います。






「いい乗り込みができれば脚は道具化するし、

足が道具化しないといい乗り込みはできない。


腰から下の部分が硬いゴムのような、柔軟性がありつつ押されれば反発する状態にして、そこに下っ腹の丹田周辺で体重を乗せる。


そうすると、足はややたわみながら

けれども膝・足首関節角度はあまり変わらず耐え、そして反発する。

股関節も乗り込んでいる時には積極的に動かしているというよりも圧に耐えているのに近い。


熟達者の走局面において脚は押されれば固まり、力を抜けば弛緩するような状態になっている。

昔アシックスが力を加えた時だけ硬くなり、普段は柔らかい流体のアルファゲルという素材を使った靴を出したが、あの素材に少し似ている。



関節、足首・膝関節を固定するというと、つい足をかちっと固めるイメージが強くなる。

実際に受け身の動きを意識すぎて動きがギクシャクし小さくなり走りが硬くなっている人も少なくない。


実際にはこの受け身の動きというのは関節を固めるというよりも硬いゴムのような感覚に近い。


太い竹は曲げようとしてもなかなか難しいが強い力で押せばちゃんとしなる。

あのような硬いけれどもしなりがある力の入れ方が望ましい。


しなりとたわみがあることが重要だ。


乗り込めている選手と、踏んづけている選手がある。後者は力感があるが、スピードが高まるとついていけなくなる。


自転車の車輪を回すとわかるが、人間が筋肉を能動的に動かすと実は早く四肢を動かせない。


スピードが遅ければ筋肉は積極的に動かす方がよく、スピードが早い反復運動では筋肉はむしろ動かさない方が早くなる。


トランポリンで最初の2、3回のジャンプは足で踏んでも上に飛び上がるかもしれないが、複数回ジャンプすると膝と足首関節を固定している選手の方が圧倒的に高さが出る。


走りも同じように速度が上がってきて、地面に力を加えられる時間が短くなればなるほど主観的な身体の動きは逆に静かになっていく。


結局乗り込みの精度を決めるのは腹圧になる。

体感や丹田、インナーマッスルなど色々言い方があるが、要は中心部のことだ。


うまくなると、ブルースリーのインチパンチという技に(あれがどの程度本当の力を持っていたかどうかはともあれ)力の出し方が似てくる。

下っ腹あたりに普通の大きさの風船がありそれを上から押すと一度潰れてそのあと下方向に跳ねていくが、あれに似ている。


実際の動きでは数ミリ体重を落として腹圧をかけると足を介して地面に力が伝わり移動やパフォーマンスに利用できるようになる。


外から見てこれらの動きは静かに見える。

閉じられた筒の中に水が入っていて、その筒を上下に小刻みに揺らすと水が上下して上や下に力が移動する。

けれども外から見ても中の動きがほとんど見えない。


中心部が使えるようになると外見上は動いていないが、身体内部で圧をかけることで力を移動させることができる。

中心部で力を生み出し、跳ね返ってきた力を受け止められるなら、大腿部から下はただの受け身の道具になれる。


足も上半身も脱力される。

中心部が十分に生み出しきれなかった不足分を、四肢が補う。

積極的にひざ関節や足首関節が動くのであれば、それは十分に中心部が機能していなかった結果と考えられる。


短距離走者において、前腿やひざ下や上肢が過剰に疲労するのは中心部で力を生み出しきれなかった罰を受けているにすぎない。」



  脚を「道具化」、すなわち、意識して力を込めて動かすのではなく、自動的、反射的に働かせる感覚についての解説です。


「硬いゴム」が反発するような、負荷に対する筋肉の反射的な収縮(伸長収縮反射=SSC)を利用したより少ない力感での素早い動きというのは、


元メジャーリーガーのイチロー氏なども取り入れていたと言われる「初動負荷理論」にも通ずるものだと思います。




「乗り込めている選手と、踏んづけている選手」の違いというのは、乗馬でもよく見られるもので、


 鐙をしっかり踏む、というのを意識するあまり、

「踏みごたえ」の感触を求めて重心が鐙に載れていないバランスのまま強く鐙を踏みつけようと踏ん張ってしまうと、


股関節周りのスムーズな随伴を妨げて、鞍の動きに坐骨がついていけなくなって、うまく座れなくなってしまったりします。


  鐙を踏む、と言っても、自動車のブレーキのように足に力を込めて能動的に踏み込むのではなく、


トランポリンで跳躍する時、着地時に足裏から伝わる反力で引き伸ばされそうになった下肢の筋肉が反射的に収縮するような、「受動的な踏ん張り感」が得られるかどうかを、良いバランスの随伴が出来ているかどうかのバロメータの一つとして考えてみても良いかもしれません。


そのような状態で余計な力みもなく適度に脱力しながら乗れている時には、騎乗後に下肢や腰などに痛みが出るようなことも少ないのではないかと思います。

 

  



「慣れてくるとこの乗り込む時に、長く深く乗り込むのか、短く浅く乗り込むのか、膝角度を深くするのか浅くするのか選べるようになる。

膝、足首、股関節の緩め具合で調整する。


これが使い分けられると、400Hでは13歩から15歩まで同じ速度で歩幅を自由に選べるようになる。

13歩ではテニスボールのような柔らかなたわみ、14歩では軟式野球ボールの程度のたわみ、15歩はゴルフボールのような硬い反発をイメージしていた。


私はおそらくこの乗り込みのたわみの調整がうまかったので歩幅調整がうまく、ハードルに足を合わせるのが自然だったのだろうと思う。


400mに比べ400Hが苦手な選手はハードリングの上手い下手ではなく、この乗り込みの種類が一種類しかないことの問題だったように思う。


だから、ぴったりと自分の足の反発に合えばタイムが出るが、一度でも狂うと修正が効かない。

歩幅の調整が速度の調整になってしまい、足を合わせるために速度を落とすか、または足が合わなくなる。

私はこれが400Hの要諦だと思っていて、もしコーチングをするならここの能力を徹底的に鍛える。


さて肝心の乗り込みの練習はほとんどの短距離のコーチはそこを狙ってドリルを行なっているので、それを参考にしてほしい。


メニューよりもむしろ自分の身体感覚の方が重要なので、常に乗り込みをイメージしながら練習をすることが望ましい。


私はスキップと、ハードルと、高野進さんから教えてもらった練習でこの乗り込む感覚をつかんだ。

人によって違いはあるが弾む動作で感覚をつかむことが多いように思う。」



 まさにトップアスリートならではの微妙な感覚というところですが、


乗馬でも上手な人は、このような股関節周りや下肢の踏ん張り加減の強さの調整というのを馬のスピードや反撞の大きさなどに合わせて自然に行っているものではないかと思います。



乗り込む、反発する、弾む…。


鐙への荷重と反力、筋反射を利用した、適度な脱力感のある騎乗フォームを追求してみることで、

新たな進展があるかもしれません。