2012年までは、イギリスの大学に留学したnon-EUの学生には、就職先を探す期間として、卒業後2年間の猶予(暫定的労働可能ヴィザ)が付与されていました。これが馬鹿高い留学生学費を支払ってまで、イギリスの大学へ進学を志す人に対しての目に見えるインセンティヴだったのです。しかしこの特典には、2012年に終止符が打たれた訳です(とはいうものの、この制度時代そんなに長期間にわたって維持されていたものではないのですから、今後もコロコロ変わる性質のものであることも事実です)。2010年代以降のイギリスでは、EUから流入する抑制不能で厖大な数の移住者による外国人人口の増加の影響を希釈するために、EU外からの移住者をできるだけ抑える施策が取られました。つまり、EU外からの移住希望者に対するヴィザの取得条件を、どんどん厳しくして行ったのです。それに伴って、この特典も大幅に縮小されることになった訳です。

しかしBREXITの宣言に伴って、UK外EU国人(以後EU人と称します)に与えられていた国民同等の権利の行方が不確かとなり、それまで増加の一途を辿ってきたEU人の学生数が大幅に減少する気配をみせました。危機感を感じた大学としては、EU外からの留学生を増やすことが至上命題です。イギリスの大学は国立がほとんどなのですが、独立採算性です。私大までが多大な助成金で維持されている日本の大学とは正反対ですから、学生数の減少は経営の危機につながります。それにEU外からの留学生に課せられる留学生枠の学費は、最低でもEU枠の学生の学費(=国内生同等)の二倍近く(医学部では四倍以上)であり、大変なドル箱(いやポンド箱)なのです。政府に対して、おそらく圧倒的なロビー活動が展開されたのでしょう。とうとうEU外から来た留学生に対する、かつてのインセンティヴが戻されたのです。

ところで、これはEU外からの留学生にとって、大きなインセンティヴの復活と受け取っていいのでしょうか?実は、私は、まだそうは思わないのです。少なくとも現状では、どんどん絞り込まれて来た労働できるヴィザ取得用件の緩和は、宣言されていないからです。

4ヶ月であろうと2年であろうと、留学生が暫定的ヴィザ期間を終えた後もイギリスに残り、仕事を続けるためには、tier2 generalというビザが必要になりますが、その取得条件には、年収制限が課せられています。現在の下限は£30000です。正直言って新卒後2年までにこのサラリーの仕事を達成するのは、難しいでしょう。このことは、労働党のシャドーホームセクレタリーのアボット氏も指摘してます。

Diane Abbott, the shadow home secretary, said the move highlighted the “foolishness” of the government’s £30,000 salary minimum for existing work visas. She said: “Many of the graduates doing fantastic medical and other research earn less than that. Government policy will prevent us from attracting them to live and work here.”The Guardianの記事より)

実は新卒ジュニアドクターのうちの一人目も、時間外労働(今週は週7日連続で働いています)手当を抜かせば、初任給は£30000も稼いでいないのです(ちなみに、UK医学部留学生が卒後研修医として仕事を獲得する時のヴィザ付与には、この年収制限もかけられていません。それが先日のブログに書いた医学部留学生の特典に含まれる用件です)。もちろん、シティのインベンストメントバンクに正規採用されるような新卒者は、この限りではありません。でもそのような種類の学生なら、今現在の条件でも、ヴィザで困ったりはしてない筈ですからね。

2012年以前の2年間の暫定ヴィザが付与されていた時代には、労働許可を取得するのに(当時はtier2というカテゴリーではなく、正規採用内定後、会社が労働許可を申請し、その期間に応じたヴィザが発給されるという形でした)、特に定まった年収制限というのはありませんでした。ですから、フルタイムで正規の仕事先さえ確保できれば、その労働許可の期間の範囲で滞在の延長が可能だったのです。しかし現状では、政府はEU外からの移住者に対しての滞在型のヴィザを発給する上で、恐ろしく厳しい条件を課しています(ご存知の通り、例えば一定収入がなければ、UK国籍人でも、EU外外の配偶者をUKに滞在させることができないという非人道的な政策を取っています)。ですから、このtier2 generalに対する年収制限が大幅に緩和されない限り、UK大への留学生の未来がバラ色とは言えないというのが、私の感想です。例えば美術や考古学専攻の学生が、新卒でいきなり£30000が稼げるとは、とても思えないのですよ。

ところで、これまでの話から相当飛びますが、実は私は、BREXITの話題がでて以来、不思議で仕方ないことがあるんです。それはUK内外の日本人(主に留学生の親御さんやUK在住者)の論調が、BREXITは自分たちの将来に厄災だけを齎すにちがいないというものが主流だったことです。もちろん少なくとも一時は、UKの経済がどん底に落ちる可能性も非常に大きい訳で、そういう意味では、私とて成り行きに大きな不安を持たないわけではありません。ただ私は、BREXITが決まったときに、EU外国籍の者に若干のチャンスが齎される契機になるかもなと、密かに思った部分もあるのです。これまで、UKにおけるEU外国籍のUK移住者に与えられるチャンスは、立場上、三番手でした。EU人がUK人労働者不足の補完役を担っていたため、EU外人には食い込む隙が小さかったのです。そういう意味で今回の留学生に対するヴィザ用件の緩和は、『冷静な部分では未だ未だ実効性は乏しい』と感じながらも、少しだけ光明が見えると若干の期待をしてしまうのです。

ということで、UK大に留学→就職を志望している皆さんに対しましては、未だ『卒後のUKにおける就業可能性に関する状況の改善を安易に信じることなく、就職を見据えた留学先の選択してください』と言わざるを得ません。一方、UKで学ぶべきことを学ぶのが留学の主眼で、UKにおける就職には特に拘っていないという方は、様々な専攻にトライしてくださいね。はっきり言って、プラグマティックじゃない部門の方が、UKの大学は面白いことを提供してくれるというのが、UKの大学に対する私の概観です。