『湯川』というフライフィッシングの聖地で、大自然が織り成す木漏れ日の中、フライラインが美しいループを描き、狙ったスポットへフライが優雅に水面へと舞い落ちる・・・


あたかも林檎の花弁が微風に吹かれて舞い散るような繊細なキャストで、僕は魚達を魅了しました。









そんな奇跡の1/10000のキャストが繰り出されても、湯川の流れは平静を保持したままでした。


川は何も言わずに流れ続け、ただ一人の男の生き様を見守り続けていました。













「今日は煙草の煙がやけに目に染みるぜ・・」



酒場でスコッチ・ウイスキーのダブルをストレートで飲み干し、酒場を出て馬にまたがり、手綱を一瞥して、男は何も語らずにゆっくりと馬を歩かせました。


男は何も語ってはいませんが、男の背中は多くを物語り、陽光に照らされた男の背中はやけに眩しい・・・


そんな西部劇のようなシリアス過ぎる展開が続きました。



・・・・








『赤沼茶屋』まで向かうときの道で、途中から先輩フライフィッシャーやルアーマンなどのアングラーの皆さんとすれ違い通信をしました。

誰もが皆、僕が上流で釣りをしていないか、他に先行者がいないかをとても気にしていました。


それから1人のアングラーが幻のブルックトラウトを仕留めている光景を目の当たりにしました。



僕が祝福の言葉を贈ると、ルアーを口に加えた宝石のようなブルックトラウトを見せて、男は嬉しそうに僕に今し方仕留めた幻の魚を見せてきました。





「俺、凄くないっすかぁ?」




「俺、初めてなんっすよぉ~?!」




嬉しそうに僕に語りかけてくる男を目の前にして、一体何が初めてなのか全く分からないまま、僕は男が返答を期待するであろう言葉を無意識のうちに投げ掛けていました。


僕が適切な言葉を発すると男は当たり前だという態度と満足気な面持ちで、直ぐにスマホのカメラを構える友人の方へ踵を返しました。



僕はその光景を羨ましくもありましたが、生で本物のブルックトラウトを見ることが出来たから良かったとも思いました。


この戦況下です。生きているうちに本物のブルックトラウトを見ることができただけでも僕は幸せ者だと思いました。


そのくらい『戦場ヶ原』で幻の魚、ブルックトラウトを釣ることは大変危険な行為なのであります。



けれども僕はまるで幻影でも追い求めるかのように、危険なジャングルの奥へ奥へと潜入していったのであります。


根掛かり覚悟で魚がいそうなポイントへフライをアプローチしていく、決して緊張の糸を緩めることなど出来ない息のつまるような時間が続きました。



僕は過去の弱虫な自分と対峙し、決して危険を省みず、『弱虫ペダル』を漕ぐように幻の魚を追い続けました。


それは出口の無い、誰もいない迷路を彷徨う危険なゲームのようでした。



あるいは決して叶うことの無い、悲しい恋の幻影を追い、求め、彷徨う、『ラブ・ファントム』なのかもしれません。












もちろん、『戦場ヶ原』というネーミングなので、虎やライオンなどの猛獣から背後を襲われる心配やサソリやアナコンダなどの猛毒生物達が潜んでいる危険だって否めません。


そうした戦況下の中で、僕とファントムとの激闘は継続されたのであります。













「3+4=?」





「確か6だったような・・?」



「あれ?8かなぁ~?」




「ブブゥ~!」



「正解は7でしたぁ~!!」



「うわぁ~、惜しかったなぁ~?!」


「ちくしょ~!!」


「こんな大学院レベルの難問出しやがってェ~!」














かつて、僕のフイッシング歴を持ってしても、これほどまでの強敵に果たして遭遇したことがあったか・・・



これほどまで狡猾な敵を目前として、僕は動揺を隠すことなど出来やしませんでした。





今、まさに僕はファントムと対峙し、想像を絶する巨大な敵を目の当たりにして畏敬の念を抱かずにいられませんでした。





想像を絶するほど緊迫した、僕とファントムとの『知恵比べ』が始まりました。




to be continued・・・