菅総理の「自助発言」への『批判』を考える。 | 加納有輝彦

菅総理の「自助発言」への『批判』を考える。

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菅総理の「自助発言」をいたずらに批判する、野党とマスコミの勘違い

「自己責任」という意味ではない

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/75818

高橋 洋一 経済学者 嘉悦大学教授

現代ビジネス 2020.09.21

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 この記事を読んで(参照しながら)以下考えてみた。

 

 

菅新首相は就任談話の中で、

「我々が目指す社会像は『自助・共助・公助、そして絆』です」と発言。

 

 これに関しては、誰かが、

この意味は、自民党のバラまき、公明党のバラまきって面白おかしく揶揄し、当たらずとも遠からずと感心して、私(加納)も引用した。

 

 これは半分冗談であるが、自助という発言に、一部野党や一部マスコミが噛みついた。

 

枝野幸男代表(立憲民主)は、「政治家が自助と言ってはいけない。政治の責任放棄だ」と、菅首相の「自助」を批判した。

 

志位和夫委員長(共産党)も、「自助」や「共助」は、政治が押し付けるものではありません」と同様な批判をしている。

 

これに呼応して、一部マスコミも、「自助を打ち出す政権は初めてだ」と「自助」批判を展開している。

 

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 なるほどねえ。

 

 コロナ禍の最中、「自助」を打ち出すことは半ばタブーということだ。

 

 幸福実現党の従来の主張「小さな政府」「自助努力」等をこの時期、不用意に主張すれば、

 

即、

 

貴様は新自由主義、グローバリズムの尖兵だな。

竹中と同類だな。

コロナ禍の最中、血も涙もないグローバリストだな。

 

となります。

 

 もっと深読みする御仁は、

ユダヤ思想、 

国際金融資本

 

 との絡みをも指摘するかもしれない。

 

社員を家族のように大切にする日本的家族経営を破壊し、10人に4人近くが非正規雇用という「根無し草」にし、社会を分断したのが、小泉・竹中氏が主導した構造改革・新自由主義であると。

 

 さらに、神武天皇の建国の願い、国民を大御宝(おおみたから)とし、八紘一宇、人類皆兄弟、国民は天皇の赤子(せきし)、敷衍して社員は家族とする国柄を新自由主義者、竹中は破壊したと。

 

 一部の保守陣営の小泉、竹中氏への憎悪は深い。

 

 この憎悪が、小さな政府、自助論による国家再生を標榜する幸福実現党にも向けられるのである。一見、同じものに見える。

 

 幸福実現党がいう小さな政府=減税、自助論による国家再生は、八紘一宇の国柄を破壊するものでは断じてない。

 

 減税政策は、民の苦境を見て仁徳天皇が施したものと同じである。仁徳天皇はまさに減税により小さな政府を体現された。

 天皇の住む宮殿が雨漏りしても民を思い、民と共に耐え忍ばれた。これが小さな政府である。

 

 減税、小さな政府は、実は、日本の伝統でもあった。

 

 これを国民の皆様にご納得頂けるに足る言葉を持っているか?

今のところ、その任を果たしていない。成功していない。

 

 遠い道のりにも思えるが、精進を重ねていくしかないと思います。(今回は、この辺で、失礼)

 

※今後、「人の温もりの経済学 アフターコロナのあるべき姿」大川隆法著に基いて、考えていきたいと思います。

 

 



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