静かな映画 | 子宮筋腫をとったらば

子宮筋腫をとったらば

2015年12月に開腹で子宮の全摘をした、45歳・既婚・子ナシの備忘録。

期せずして立て続けに3本、ドキュメンタリーを見ました。

それぞれ主題も手法もアプローチも違うけれど、

共通しているのは静かなこと。

音楽も控えめ、テロップもナレーションも最小限という感じ。

でもどれも見終わった後にずしんと来ました。

 

初めに見たのは「聖者たちの食卓」。

インドのシーク教総本山の無料食堂を撮ったもの。

教義に則って性差も身分も宗教も関係なく食事を振舞っています。

多いときは1日に10万人分もの食事を提供しているとか、スゴイ。

このスタイルをボランティアと喜捨で500年近く続けているそうです。

 

畑から食材がやってきて、気が遠くなるほどの量の下ごしらえ。

壮観ともいえるほどの大きな器具の並ぶ調理場。

美しい寺院にやってくるたくさんの参拝者と

その人たちを迎えるための広い食堂、その準備をする人たち。

もちろん大量の洗い物も。

そんな映像が静かに淡々と流れます。

どの作業も「そこまで?」と思うほど細分化されていて、

粛々とことが進んでいきます、美しいと言っていいくらい。

面白いのは監督がベルギー人のシェフであること。

料理のプロならではの視点も混ざっている気がします。

物量というマキシマムが限りなく原始的なミニマムで調理される。

無駄がないということの極限を見せつけられたようで、

我が身を顧みて肝が冷える思いです。

 

食事をする人たちは聖なる寺院にお参りするために晴れの衣装で

きれいに着飾った人もいれば、ラフなスタイルの観光客らしき人も。

数千人の人たちが何列にも並んで食事をするさまは圧巻です。

賑やかすぎでも静かすぎでもない、程よく整然とした食卓。

私には信仰がないので分かりませんが、シーク教を信じる人にとって

この食事は祈りなのか、修行のようなものなのか、それ以外なのか。

これがぴんと来ないというのは私の魂が貧しいということなのかな?

 

2本目は「天空からの招待状/上から見る台湾」。

タイトル通り90分間空撮で台湾の景色が流れます。

私が見たバージョンはナレーションもなくて地名のテロップが少しと、

場面に合わせた控えめな音楽だけの本当に静かな映画でした。

雄大な山々、美しい海、忙しい街、里山での人の様子。

そんな中に災害の爪痕、汚染の影響、大きな規模の工事作業など、

自然が侵食される様子のシーンがランダムに混ざっています。

単調なようでいて、目が離せない。

 

俯瞰で見ることの凄みを改めて実感しました。

「え?そんなところにおうちを建てて大丈夫?」

「そんなところで作業したら危ないってば!」

「山道って空から見ると怖い……」

無言の映像から受ける無限のハラハラドキドキ。

私は自分の目線でしかものが見られていないんだなーと再認識。

自然や人の営みの美しさの間に不安要素が頻繁に挟まっていて、

気持ちが酔ったようになりました、わざとなのかな?

でも時折カメラに向かって地上の人が手を振っているのに安心する。

2度しか訪れていないけれど、やっぱり大好き台湾。

 

監督は空撮専門のカメラマンの方でした。

お役所の所属のようで、だから工業的・環境的な視点も多いのかも。

この映画、台湾のドキュメンタリーとしては異例の大ヒットだったとか。

なんとなくわかる気がします。

それなのに監督さんは2作目の撮影中に

ヘリコプターの事故で一昨年お亡くなりになっていました。

水中撮影もする予定とおっしゃていたその作品も、

人の気持ちを離さない素晴らしいものになっただろうに。

とても悲しくて残念です。

 

3本目、これがいちばん辛かったかも「美術館を手玉にとった男」。

アメリカで30年間も贋作を作り続けた男性の話。

普通贋作ってお金儲けのために作りますよね?

でもこの男性は描いた絵をことごとく寄贈、

なので現在のところ罪に問われてはいません。

彼の日常を静かに追いかけ、途中頻繁にインタビューも入ります。

彼の担当医や騙された側の学芸員たちのコメントも。

最後には彼の個展が開かれて、とても盛況でした。

 

模写が上手なのはもちろんですが、

その手法はホームセンターの材料に

デジタルコピーをした絵を下絵に使ったりするものもあって結構大胆。

寄贈だから悪意はないのかと思えば、

寄贈に出向くときには神父に成りすましてみたりもするし、

寄贈先に大学付属の美術館が多いのはチェックが緩いから?

なんて想像すると彼の真意が分からなくなる。

独特の自己満足?歪んだ認知欲?それとも真意なんてない?

 

カメラを向けた時点でノンフィクションではないとは思うのですが、

それにしてもこの人が怖くて人酔いしたような気になります。

すごく静かなうつむきがちな人。

サヴァンのようなひたむきさの中に俗な欲望もほの見える。

人ってべたっと一色ではないのだなとも思いますし、

でもこれだけ長い間どんなモチベーションで制作を続けてきたのか

不思議にも怖くも思います。

彼が狂人とは思わないけれど人の狂気には底がなくて、

小説や映画で描かれるそれとは全然違うものがそこにあって。

他人が見ることのできる限界の生に近いものを見せられた感じ。

個展のシーンで彼の贋作を見破った人との邂逅がありましたが、

その人の反応も複雑そうで戸惑っている。

この学芸員さんは彼の贋作に気づいて行動を起こしたことが元で、

勤めていた美術館を退職する羽目に追い込まれています。

終わりに個展が開催されてめでたし的な雰囲気を出していましたが、

なんだか出演者がマスコミの餌食になっているようにも見えて、

それを見ている私自身も下世話に思えて、

私にとってはすごく怖い映画でした。

ベクトルは全然違うけれど「シチズン・フォー」くらいの怖さの振れ幅。

彼は今も贋作を作り続けているのか、自分の絵を描きだしたのか。

気になるような知りたくないような、不思議な気持ちです。

 

どれも見終わった後にすっきり爽やかというものではありませんが、

3本とも実のある堅実なつくりのドキュメンタリーでした。

お好きな向きにはお勧めです。

 


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