たのきゅう | 子宮筋腫をとったらば

子宮筋腫をとったらば

2015年12月に開腹で子宮の全摘をした、45歳・既婚・子ナシの備忘録。

「おうちにいましょう」というお題目のおかげで

普段とは少し違う配信ものをここ数か月でよく見ました。

バーチャル美術館や無観客バレエ、もちろん映画なども。

その中で、久しぶりにいいなあと強く実感したのは落語。

 

ブログで軒をお借りしているサイバーエージェントさんのAbemaTVで

5月に2回、「ABEMA寄席」という落語の生中継がありました。

真っ白の何もないスタジオで紫の座布団に座ったお師匠さんたちの

話芸は本当にどれも絶品。

5時間ほどの長丁場があっという間に楽しく過ぎ去りました。

 

実際に私の寄席経験は片手で数えられるほど。

夫が落語好きだったので、まだお付き合い中の若いころにデートで

連れられて行ったことがあるくらい。

それはなかなか楽しい体験で、

その当時の私からはおじいさんのように見える熟練の噺家さんの

技巧に感動したのを覚えています。

それでも通い詰めるほどにならなかったのは少し残念。

コンサートやオペラに較べれば木戸銭は安いものだけれど、

やっぱり学生にとっては結構な贅沢でした。

 

はまらなかったけれど「とてもいいものだ」という認識は強かったので、

大喜びで生中継を見ました。

1回目は確か5月の頭で自粛ムードの真っ只中。

シンプルなスタジオの中に演者さんもスタッフさんも最小限に絞った

感じでしたが、鳴り物も色物もプログラムに組み込まれていて

寄席感はちゃんとあり。

極限までいろいろそぎ落としたことによって画面もスタイリッシュな

仕上がりになっていて、そこに噺家さんたちがばっちりはまり込んで

いるのも素晴らしい。

実力のあるプロはどこで芸を披露しても絵になるものなのですね。

 

どのお師匠さんもお客さんのいない、カメラに向かっての芸の披露は

珍しいことだとさわりの部分で上手にお話しになって、

確かにダイレクトな反応のないことが少しやりにくそう。

それでも流石の技術に何度も小笑い大笑いをさせられました。

古典も現代ものも人情ものも少し怖い話も

バランスも品もよく取り揃えられて、飽きることなく見続けられる。

私は現代のお笑いが苦手、というかはっきりと嫌いで、

「もしかして笑うことが下手くそなのでは?」と自分のことを

思っていたけれどそうじゃなかった。

好きな笑いもちゃんとあった、よかった。

 

1回目がそんな風にとても楽しくて、再び大喜びで見た2回目。

ちょっと趣向が変わって、前半は上方落語、後半が江戸落語でした。

上方落語をちゃんと聞くのはこれが初めてで、その違いも楽しい。

西の落語は艶やかで元気で関西の人が好きそうな感じ。

かつての落語好き(夫)が傾けてくれた蘊蓄で成り立ちを聞けば

なんとなく腑に落ちるものもあって、地域差って面白いですね。

それになんと言ってもどちらの噺家さんも言葉が素晴らしい。

この年になると古いものを礼賛するのは

懐古主義のようで我ながらもやっとしますけれど、

古い言葉の中には今はなかなか日常で聞くことのない美しいものが

たくさんあるなあといい気持ちで耳が幸せでした。

 

この日の江戸落語で入船亭扇辰さんの「田能久」があって、

「たのきゅう?」と聞いた瞬間うわっと忘れていた話を思い出しました。

小さいころに持っていた昔話の本の中のひとつ。

きっとこの落語を聞かなかったら一生思い出さなかったはず。

特に好きな話ではなかったけれど、知っている話を

上手に聞かせてもらう楽しさはまた別格のものがありました。

これなら落語の知識を増やして、同じ噺で違う噺家さんの語り口の差を

味わうなんて楽しみ方もあるのでしょうね、やってみたい。

 

「田能久」で思い出せたのは子供のころに読んだ本の内容だけでなく、

その本の質感から挿絵、あの時の部屋の空気感まで。

記憶の奥で眠っていたものがこんなに大量に押し寄せてきたのは

多分初めてのことで、ちょっと驚きました。

演者の入船亭扇辰さんがお上手だったのが大きいと思います。

枕からすうっと噺の中に引っ張り込まれて完全に持っていかれました。

和服の(おそらく)50代の男性が、たったひとり話術ひとつで

気のいい旅芸人やその母親、村人の集団や化け物になる。

余白を想像させる力の凄みをまざまざと見ました。

おにぎりをほおばる場面は惚れ惚れするほどの見事さで、

思わず梅干しだけの大きなおにぎりを食べたくなるくらい。

寄席が再開したら絶対に客席から噺を聞きたいお師匠さんでした。

 

いろいろな非日常を楽しませてもらって嬉しかった半面、

なんだか自分が火事場泥棒のような気分にも少しなりました。

本来これはその場に足を運んで享受できるもの。

提供してくださる皆さんの気持ちは多分、

日頃通ってくださるお客様に楽しんでもらいたいというものをはじめ、

これからのためのパブリシティだったり、

披露する場を求めてのプロとしての矜持だったり、

いろいろ混ざり合って複雑だろうなと想像します。

配信に限らず、通販やテイクアウトも同じでしょうか。

今は飲食も物販も製造もサービスもどなたも抱える辛い困難。

一消費者としての私はほんの些細だけれど、

まずこの憂鬱な時期に圧倒的なご厚意で楽しませてくれた方たちが

通常の業態でお仕事を再開なさったときにありがとうの気持ちを込めて

ジャンルを問わず現地に足を運びたいです。

 


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