HSPママの高木のぞみです✨
来てくださり、ありがとうございます(*´꒳`*)
今日はちょっとまじめに自己肯定感の内容です。
自己肯定感は、高めるものなのか、育てるものなのか、気づくものなのかについて。
自己肯定感を育てる
自己肯定感を高める
ってきくと自己啓発系な感じがして、やっぱり頑張らなきゃいけないんじゃない?
とか、
自己肯定感は気づくものだ
生まれた時から持っているものだ
って聞くけど、気づいた瞬間よくなるなんてあるの?
生まれた時持っていたのに今生きづらいのはなんで?
なんだかよくわからない。
など、よく聞かれるので、私なりの意見を。
自己肯定感は、高めるものなのか、育てるものなのか、気づくもの、それとも生まれつきなのか。
いろんなことを言う人がいるけど、結局どれが正しいのってことについて。
まず、最初に、どの表現も正しいと思っています。
その上で、何が違うのか、なんでいろんな言葉を使う人がいるのか、書いてみようと思います。
今回の本を読んで頂ければ少しでもわかってもらえるといいなと思う。
ここでもちょっと触れておこうと思います。
まず、自己肯定感って本当に深いんですよね。
だから、どの立ち位置から語ろうとするかで、言葉が変わるのは当然だと思う。
自己肯定感が大事だと知っていて、もっとなんとかしたいと思っている人なら、
自己肯定感を高めると聞いたら、もっとよくなれるとワクワクするかもしれない。
自己肯定感って聞くけどよくわからないって人なら、
高めるって聞くと、え、頑張らなきゃいけないの?すでにつらいんだけど…って思うかもしれない。
私は、このよくわからないけど、今がつらいって人に届いてほしくて本を書いたので、高めるではなく、育てるにしました。
育てるって、なんというか、植物に水や肥料をやるように、そんなに頑張るって感じがしないかなと思って。
そして、気づく。
自己肯定感をある程度育ってきた人が、一番しっくりくる言葉かなと思います。
ただ、育てた人にはねってこと。
その過程まで行っていなければ、何を言っているのか絶対わからないと思うから。
生まれてから、周りの環境や大人たちの言葉によって、
教訓や決まりごとがどんどん増えますよね。
そうやって社会のルールを覚えていくから、必要なことでもあるけど、
HSCの場合、教訓や決まりごとが増えるたびに、なんていうのかな、恐怖が増えるんですよね…
怒られる可能性が増えるというのか。
だから、例えば20歳になったとき、
自分がどんな教訓で育てられて、こうしなきゃ、ああしなきゃと、
自分の心を守るために作ってきた壁が20年分あるんですよね。
自分が作ってきた城壁というか、その壁を蹴破って本当に必要なものだけにする。
そして、その教訓、壁を取っ払ったとき、
たとえ勉強ができなくても、
約束が100%守れなくても、
失敗だらけだって、
私は私のままで生きているだけですごいことだったんだと気づくことが、
楽に生きられるスタート地点だと思っています。
気づいたから、その瞬間に楽に生きられるわけではありません。
そこから、一つ一つの染み付いたマイナスに受け取っていた教訓を書き換えていく作業があって、
どんなことがあっても、自分は自分で大丈夫だと思えるようになっていきました。
なんか書いていて、これはちょっと伝わるかなと心配なんですが、
またゆっくり書いてみたいと思います。
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