HSPママの高木のぞみです✨
来てくださり、ありがとうございます(*´꒳`*)
ここ数ヶ月で、HSPがメディアでよく取り上げられたこともあり、急速に言葉が広まっている感じがします。
今日は、それに関して今思うことを書いてみます。
概念が正しく広まるのは大歓迎だけど、言葉だけが先行している印象があるなぁと
一番危惧しているのが、
「そんなこといったら、みんなHSPでしょ」と言う声やHSPを批判するような意見が多くなること。
そして、それが正論!みたいになること。
そもそもHSPは、「私は敏感なので、周りの人配慮してくださいね!」って概念じゃないですよね
だから、病気と違って、公表とかカミングアウトっていう言葉はなんか違和感があるし、
そもそも人に公言するものではないと思っています。
(身近な人に理解してもらうために言うのはありだと思う)
ずっと、
「気にし過ぎだよ」
「神経質だよ」
「そんなの甘え」
「あなたの心が弱いからだ」
こんなふうに言われ続けで、
みんなと同じようにできないのは、自分がだめだからだ、弱いからだと、
自己否定をしてきた人が、
HSPを知ることで、
必ずしも私の心が弱いのでも、気にしすぎなのではない、感じ方が人と違っていたんだとわかって、
自己否定を減らして生きていける。
こういうきっかけになる、人生の深いところに関わる概念だと思っています
つらい、こわい、苦しい。
そう感じている人に、「そう感じるあなたがおかしいんですよ」って、人のその感情を否定するほうがおかしいですよね。
そして、nonHSPの人に対して、
「あなたは鈍感ですよ」と言っているのでもないですよね。
HSPもnonHSPも、みんな頑張って生きていているんだから。
ただ、HSPはこれまで、頑張りが足りない、根性がないと否定されてきた人が多いです。
だから、HSPでない人も頑張っているけど、私達も頑張って生きてきたよねって、ようやく気づけてほっとしているだけ。
私達は敏感!あなたたちは鈍感!ってマウントを取りたいのではない…
以前明橋先生が、
発達障害の概念が精神医学の世界を変えて行ったように、HSPの概念もそうなるくらいの概念だと思う。
なんかニュアンスが違う気がするけど、こんな感じのことを言われていました(笑)
発達障害も、広がる時にきっと同じように、
それは甘えじゃない?
努力でなんとかなるんじゃないの?
と言われてきただろうし、もしかしたら今も誤解している人は多いかもしれない。
でも確実に、その概念があったからいろんな制度ができて、助かっている人もいるはず。
HSPも発達障害とは違っても、そんなふうな道を辿りながら定着していくといいなと思う。
そしてゆくゆくは、発達障害であろうとHSPであろうと、またはLGBTであろうと、
みんなそれぞれ個性があっていいよねって世界になっていって欲しい。
これを夫に話していたら、こういう多様性をニューロ・ダイバーシティというんだよと言われました
なるほど、勉強になります(笑)
息子が生きていく世界がその世界に近づけるように、私は私のできることをやろうと思う♡♡