手稲は最高!

手稲在住30年、手稲って本当にいいなって常々思っています。時に触れ、折に付け思いついた事を、取り留めなく書いてみます。

一歩   また一歩  私のリハビリー

2020-09-17 19:56:11 | 身辺雑記

 肺気腫が判明して30年、昨年の12月には重度の肺炎で3週間入院した。結果、身体障碍者要支援4級の身障者になった。退院後しばらくは酸素のチューブを家じゅう引っ張りまわしての生活だった。3月ころから猪子が上向き酸素を外しても問題のない時間が多くなり、血中酸素濃度計が95%を切ったら補充するような生活になりました。ただ。4月からトレリハ(リハビリー施設)に行くこととなり、ここでは60分間リハビリーをします。この間は酸素なしでは無理です。それで酸素ボンベを引っ張りながらリハビリーをしてきます。又月曜日には詩吟の教室でお弟子さんに詩吟を教えています。この詩吟の時は辛くないのです。終わって帰る時は来たときより元気になっています。
 さて、この二日は体を使うのですが、それ以外の日は、全く病人並みです。家でごころごろしているだけみたいなもんです。特に八月からの暑さには参りました。ようやく暑さも過ぎたので酸素ボンベを引っ張りながら歩くリハビリーをしてみようと思い立ち、今日、午後、森林公園に行ってカナールの周りをまわってみようと決心して家内に話したら、私も一緒に行きたいというので、二人で出かけました。
 慣れ親しんでいる森林公園なのですが、行かなくなってもう7~8年もたっているでしょうか。様子は全く変わっていません。変わったのは私です。車から降りて酸素ボンベを引い歩きだしました。カナールの入口で立ちすくみました。とんでもない広さに思えるのです。酸素吸入をしているのに、足が動いてくれない。周れるかどうか心配になりました。とにかく、予定通りカナールを一周りすることにする。
一歩・・・一歩・・まるで杖でも突いて歩いている感じ。普通の人の5分に一くらいの速さ・・・一周出来るのだろうかと心配になる。でも、歩道の端には休憩する椅子が続いているので、疲れたら休むことにして歩きました。結局片側一度づつ休んで周り切りました。一周りするのに60分近くかかっていました。

 歩くことができなくなりつつあるのです。一歩、、、一歩 遅くても歩くことが今は必要なのだと実感しました。家内を連れて行ったのは正解だったと思います。</div>

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