浄土真宗のご法話において用いられる王道の比喩

浄土真宗のご法義を表す比喩の王道として用いられるのが「季節」や「万有引力」の喩えです。ご法義に背を向けていたものが、今仏さまに手を合わせる様になる、今までツボミであった桜が満開になる、手を離すと扇子が上から下に落ちる、この三つの事実に共通することは、物事の変化の背後には何かしらの力が用(はたら)いているということです。

現象背後にある用(はたら)き
ご法義に背を向けていたものが、今仏さまに手を合わせる様になる 如来の用(はたら)き
今までツボミであった桜が満開になる 春の用(はたら)き
手を離すと扇子が上から下に落ちる 万有引力の用(はたら)き

こんな話を同じ首都圏エリアの同輩の横内教順さんと話していたら、「面白い本があります」と、一冊の新書を教えてくれました。『脳は、なぜあなたをだますのか-視覚心理学入門』妹尾武治著という本です。私たちが起こす意志は必ず環境の影響を受けている、ということを示しています。

「自由意志」という錯覚

広い空間に巣を張るクモに意志があるのだろうか?空に浮かぶ雲に意志があるだろうか?その様な疑問に多くの人が「否」と答える、しかし、ダーウィンの進化論によって証明されているように、多くの生命と地続きである人間だけに、なぜ意志があると言えるのだろうかと、筆者は疑問を投げかけます。

人間には特別に意志がある、という事を否定する様々な実験を本書の中で紹介しているのですが、現代の心理学、脳科学の知見によると、「自由意志」というのは錯覚に過ぎず、多くの環境の刺激によって私たちの行動は決定されるそうです。

周りの環境によって錯覚を起こさせるベンクション

ベンクションとは何か

私たちが感じる感覚は周りの環境によって左右される、という事実の一つの証左として筆者の専門分野の一つである「ベンクション」という現象を紹介しています。ベンクションを定義づけると「視野の大部分に一様な運動をする刺激が提示される時に、その運動と反対のの方向に自分の体が移動していくように感じる現象。なお、この間実際の移動は伴わない」(本書:30頁)ということになります。

少し難しい説明ですが、実際に私たちが体験し得ることを例にすると大変身近に感じます。例えば、新幹線に乗って出発を待っていますと、自分の乗っている新幹線が動きだした、と感じます。

しかし、後になって気づくのですが、隣の車線を走っていた反対方向に向かう新幹線が動きだしたために、自分が乗っている新幹線は同じ同じ位置に停止していたにも関らず、自分の新幹線が動いた、と錯覚してしまうような現象です。

ベンクションを用いたアトラクション

この様に、周りの環境の変化によって、私たちの感覚はいかようにも錯覚を起こします。この現象を用いたアトラクションとして大阪にあるUSJの「スパイダーマン」という乗り物を本書では紹介していますが、東京にもこの現象を利用したアトラクションがあります。

東京ディズニーランドにある「くまのプーさん」というアトラクションです。このアトラクションの優先権(ファストパス)を取得するために、私はどれ程走ったか数えきれません。

東京ディズニーランド「プーさんのハニーハント」

動画の1分過ぎです。アトラクションに乗った人間は乗り物が上下に動いていると感じるのですが(実際に少し上下に動いているのですが)、実際には、周りの映像が上下に動いているので、自分自身が上下に動いていると錯覚するのです。

私ほどひねくれた人間になりますと、自分が感じる程に乗り物自体は上下していないということもを確かめるために、正面の画面以外に注目してしまいます。

本書で紹介されているベンクションの一例

「自由意志」が錯覚であることを暴く実験

リベットの実験 ①

上に紹介した周囲の視覚情報による感覚の錯覚に限らず(つまり、自分自身は動いていないのに環境によって動いていると錯覚してしまうこと)、私たちの「意志」も周りの環境によって実は起こってきたものだ、ということを証明する実験が行われています(自分自身はその事に気づかず、自分の意志は自分で起こしたものであると錯覚する)。

その実験を行ったのが、アメリカの神経科学者であるベンジャミン・リベットという人物です。

リベットは、開頭手術が必要な患者の「上腕部の皮膚感覚をもたらす脳の部位に対して電気刺激を直接加える」という実験を行いました。この実験の結果、脳に電気刺激を0.5秒以上与えないと「被験者は触られているという感覚を得ない」ということを明かにしました。つまり、意識には0.5秒の遅れがあるということです。

リベットは驚くべき結論を提示します。それは、「我々の脳では、意識を伴わず無意識の力で、環境の変化に遅れないように、それに対応した適切な行動を取捨選択している。遅れているのは、自分の意識だけである。」(本書:74頁)ということです。

リベットの実験 ②

リベットはもう一つ有名な実験を行っています。同筆者(妹尾武治)の『おどろきの心理学』という本に詳しい内容が記されているのですが、本書(『脳は、なぜあなたをだますのか』)に簡潔に紹介されているので、その内容を引用します。

リベットは、脳波計で脳の電位の変化を計測しながら、好きなタイミングで右腕の手首を上げてもらうという実験を行った。

この時、被験者の眼前には2.4秒間で一周する時計がおいてあり、被験者は自分で手首を曲げよういう意志を持った時点で、時計の針がどこになったかを覚えて報告することを教示された。

その結果、意志を持ったとして記憶された時間は、手首を曲げる行動が起こる0.2秒程度前であったことがわかった。そして驚くべきことに、手首を動かすことに対応した脳の準備電位は手首が実際に曲がる0.5秒以上前から生じていた。

つまり、準備電位の方が意志よりも少なくとも0.3秒程度先んじていたのである。

『脳は、なぜあなたをだますのか-知覚心理学入門』妹尾武治 著 P78

『脳は、なぜあなたをだますのか-知覚心理学入門』妹尾武治 著 P78

簡単に操作される意志

最後に、オーストラリア・ニューサウスウェールズ大学のK・アモンらが行った実験を紹介します。TMS(Transcranial magnetic stimulation:経頭蓋磁気刺激法)と呼ばれる脳に強い電磁刺激を与える器具を用いて、我々の意志的な選択に変化をもたらすという実験を行いました。

右手か左手か好きな指を伸ばすようにと被験者に指示を与えるのですが、脳への電磁気刺激によって被験者の意志を操作しようという実験です。以下、引用します。

彼らはTMSで上腕筋を動かしている脳の頭頂部の部位を刺激し、その後二~五秒の間に、右手か左手の人差し指を伸ばすという選択を被験者に行わせた。

必ずどちらかを伸ばさねばならないのだが、左右のどちらを伸ばすかは自分の意志で自由に決めることができた。

これを九人の被験者に400回繰り返した。すると、電磁刺激のあて方によって、左右の人差し指のいずれを伸ばすかという意思による選択に強い選好(バイアス)を与えることができたのだ。

左の上腕筋の制御に関連した脳部位に、効果的な電磁刺激のあて方を採用した時は、左指を伸ばした回数が一〇二九回で、右指が七七一回となった。一方で、右上腕筋に関連した脳部位に効果的な電磁刺激を与えると、左指を伸ばしたのが六四五回、右指が一一五五回となり、値が奇麗に反転したのである(一人につき四〇〇回で、九人で合計三六〇〇回のデータ数となる。上記をすべて足すと三六〇〇回になる)。

さらにおもしろいことに、被験者は、自分の意思が電磁刺激によって操作され偏りを見せていたことについて、全く気がついていなかったのである。我々の意思とは外部からの電磁刺激で操作できる程度の代物なのだ。意思に力はないのである。

『脳は、なぜあなたをだますのか』妹尾武治 著 P82~83

この文章の後に、筆者は面白い事を述べています。筆者の研究室にもこの実験で用いられたTMSという器具があるので、自分で自分の脳に刺激を加えて意思の力について思索したそうです。そして、こう続けられます。

自分で自分の脳にTMSを与える場合、「TMSを打つのは自分の意思だから、自分の意思で自分の意思を変化させているのだろうか。そうならば、自分の意思ってどれだ」という不思議なループにはまり込んでしまった。

そもそも、意思を持つ主体が自分だとすると、意思を持つという意思を、意思を持つ前に持たねばならない。そうなると、意思を持つと言う意思を、持つ必要が生じる。

さらに、意思を持つと言う意思を持つ意思を……という具合に、意思を持つ主体は無限に後退していってしまうのだ。

これも、人間に自由意志がない可能性を強く示す哲学的な発想の一つに数えられる。

浄土真宗及び仏教について、他の方もいろいろ記事を書いてくださっています。 詳細は下記URLをクリック。

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