前回の記事で、本書は 「元来、日本を征服し日本を占領統治するという戦争目的のため」(371頁)に執筆されたものであると紹介しましたが、もう少し当時の背景を記しておこうと思います。

『菊と刀』の題名について

アメリカにとって日本とはこれまでに国をあげて戦った敵の中で、最も気心の知れない敵であり、アメリカ人にとって理解し難い矛盾が日本人の中で数多く同居しているように見えると言います。

真面目なアメリカ人の観察者が日本人以外の国民について書物を書くとき、たとえばその国民が礼儀正しい国民であった場合、「しかしまた彼らは不遜で尊大である」というような言い方は用いません。

本書の冒頭では、日本人の概要を示す中で、日本人が抱える(ようにアメリカ人から見える)数多くの矛盾を指摘しています。

日本人は最高度に、喧嘩好きであると共におとなしく、軍国主義であると共に耽美的であり、不遜であると共に礼儀正しく、頑固であると共に順応性に富み、従順であると共にうるさくこづき回されることを憤り、忠実であると共に不忠実であり、勇敢であると共に、臆病であり、保守的であると共に新しいものを喜んで迎え入れる。彼らは自分の行動を他人がどう思うだろうか、ということを恐ろしく気にかけると同時に、他人に自分の不行跡が知られない時には罪の誘惑に負かされる。彼らの兵士は徹底的に訓練されるが、しかしまた反抗的である(6-7頁)。

上記の様な日本人が抱える矛盾の一つが、菊を愛す一方で、刀を尊崇し武士に最高の栄誉を認める態度であると、本書の中では述べられます。題名について、筆者が直接解説した箇所はありませんが、以下の引用部分が本書の題名の典拠でありましょう。

菊作りに秘術を尽くす国民に関する本を書く時、同じ国民が刀を崇拝し武士に最高の栄誉を帰する事実を述べた、もう一冊の本によってそれを補わなければならないというようなことは、普通はしないことである(6頁)。

筆者が日本人の研究を委嘱された当時の様子

筆者であるルース・ベネディクト氏は1944年に日本研究の仕事を委嘱されました。「日本を征服し日本を占領統治するという戦争目的のため」(371頁)に、日本人がどんな国民であるのかということ解明するため、文化人類学者として筆者のあらゆる研究技術を利用するよう依頼を受けました。

ちょうどその初夏の頃は、アメリカの日本に対する大攻勢の結果が顕著に現れた時期でもありました。対ドイツ戦争の終わりも目に見え、太平洋ではアメリカ軍がサイパン島に上陸したのです。これは日本の終局的敗北を予告する大作戦でありました(本書7-8頁取意)。

日本人を研究するうえでの課題

日本とアメリカが交戦中の当時にあって、敵である日本を徹頭徹尾こきおろすことは簡単ですが、日本人がどの様な人生を見ているのか、日本人の眼を通して知るには、文化人類学者として最も重要な、現地調査をしなければなりません。

アメリカ人が日本の立場になったらどの様な行動を取るのかではなく、重要なのは日本人が日本の立場になったらどの様な行動を取るのかということです。その為には日本の中に飛び込んで日本人を理解する必要があります。しかし、交戦中の当時にあって、その現地調査は断念せざるを得ません。

しかし、幸いにもアメリカには日本で育った多くの日本人がいました。筆者は彼らに彼ら自身が経験した具体的な事実を尋ねて、「彼らがそれらをどんなふうに判断しているのかを見いだし、彼らの説明によって、人類学者としての私(西原註:筆者の事)にとって、いかなる文化の理解の理解にも必要欠くべからざるものと考えられる、われわれ(西原註:アメリカ人)の知識の多くのギャップを埋めることができた」(本書10頁)のです(本書9-10取意)。

筆者の研究態度

いかなる未開部族においても、またいかなる文明の先頭に立つ国民であっても、人間の行動というものは日常生活の中で学習されたものであって、その行為や意見がどんなに風変わりなものであっても、それはその行動を起こし意見を述べた人物の経験と何らかの関係を持っている、という態度で筆者は研究に従事しています。

特定のある行動にあたって当惑したとしても、その行動にはそのような異様さを生み出す、何か、あるごく当たり前の条件が存在すると筆者は考えたのです(本書16-17頁)。

その様な研究態度を本書の付録である「評価と評判」を執筆した川島武宣氏は、「日本人の行動と考え方の原理とをこれほどまでに総合的に、全構造的に、構成しえたということは、まさに驚嘆する」(本書386頁)と評価しています。

研究対象

日本人を研究するにあたって、筆者の研究対象は「市井の人」(本書22頁)でありました。それは「平凡人」(本書22頁)であり、その様な人物が特殊な状況でどの様な行動をするのか、ということではなく、平凡人が、特殊な状況ではなく、ごくありふれた状況のもとではどの様な行動を取るのか、ということが研究の関心でありました(本書22-23頁)。

また、資料の数についても、川島武宣氏は「本書が無限と言ってよいほどの豊富なデータを資料としてもっている」(本書372頁)と評価しています。

相手を理解すれば矛盾が矛盾でなくなるということ

本書、第一章「研究課題-日本」の中で、日本人を理解することで、日本人の矛盾が矛盾でなくなると述べています。

彼らが用いている範疇と象徴とについて多少の理解が得られれば、よく西欧人の眼に映る日本人の行動の多くの矛盾は、もはや矛盾でなくなる、ということを発見した。

ある種の急激な行動の転換を、どうして日本人自身は首尾一貫した一つの体系の、切り離すことのできない部分とみなしているかということが私にはわかりだした(本書26頁)

筆者が辿り着いた結論は、私たち大事な教訓を示しているのではないでしょうか。自分に理解出来ない行動を目の前にした時、自分が相手の立場だったらどの様な行動を取るのか、ではなく、私が本当に彼の立場であったら(彼を完全に理解した状態)ということが重要なのです。

次回から、アメリカ人から見た日本人の具体的な特徴を紹介していきます。

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