ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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赤いフレーム

ネット上に掲載されている県警の防犯情報の事例に、この二ヶ月ほど、こんな内容が多数見受けられた。

 

「真っ赤なフレームの眼鏡をかけた男性に、突然声をかけられた。」

 

どんな内容の話で声をかけられたのか、その前後になにをされたのか、それは記載されてはいなかった。

 

基本的に防犯情報として記載されている他の事例の多くには、その場所や時刻を含めて、被害者が被った内容が書き添えられていた。

 

付きまとわれたとか、体に触れられたとか、勝手に写真を撮られたとか、車に乗せられそうになったとか、抱きつかれたとか、執拗に連絡先を聞かれたとか、ケースによっては突然背後から羽交い締めにされたとか、首をしめられたというものもあった。

 

加えてもちろん、対象の人物の風貌の詳細も記載されてた。年齢層や服装、身長や体重、身体的な特徴、髪型や髪の色、そういった詳細だ。

 

そんな情報の中にあって、「赤いフレームの眼鏡の男」の事例だけが、声をかけられたとだけしか書かれてはいなかった。その声を掛けられた際の話の内容も皆無だった。防犯情報として記載されるに足るものではないように思えたのだが、地方都市の防犯情報の中にあって、その短い期間に実に十数件という割合で、まったく同じに思えるその赤いフレームの眼鏡の男の事例が、すべて個別の事柄かのようにしてネット上に公開されていた。

 

 

 

 

「おまえが、急になんだろうと思ったけど、それが聞きたかっただけで、おれを呼んだわけかよ・・・?」

 

何と答えようか数秒迷ったが、正直に言うことにした。

 

「うん、嘘を言うつもりはなかったんだ、酒に誘うってことが、さ・・・、いや、警察の情報を、ましてや裏側のことをさ、交番で聞くわけにもいかないし、ははは・・・、そんなもの、話してくれやしないだろ、警察官のお前に聞けばなにかわかるかもしれないっていう、単純な筋書きだよ。」

 

「そうなんだ、そうか・・・、まあいいさ、まあいい。ずいぶん久しぶりだもんな。」

 

「うん、そうだな。」

 

「純粋に酒に誘ってもらいたかったが、まあ、それはいいや、それで、なにが聞きたいんだっけ?」

 

「県警のサイトにある防犯情報。」

 

「ネットの、犯罪情報か・・・、基本的にはおれの管轄外だけれど、うん、それが?」

 

「赤いフレームの眼鏡をかけた男、っていう情報が、この二ヶ月ほどにやけに、っていうか異常な数、掲載されている、それは知ってる? 」

 

「ああ・・・、あれか、うん、知ってるよ。」

 

「他の情報とは、色合いが、ちょっと違うよな。」

 

「ああ・・・、うん、そうだな・・・、」

 

「赤いフレームの眼鏡をかけた男に声をかけられた、としか、それだけしか記載されていない。あの場所にある情報として完全に成り立っていないよな。他の情報のように、対象者の行動とか、年齢や服装、なにをされたのかもまったく記載されていない、どんなことを聞かれたのかも。」

 

「うん、」

 

「あの枠に掲載されている他の情報とは、明らかに種類が違うだろ・・・、あれはいったいなに?それになぜ、あんなにたくさん、同じ情報ばかりを繰り返し掲載してるのかなって。」

 

「何度も何度も発生しているから、だろうな・・・、」

 

彼はしばらく黙って、下を向いて体を硬直させた。

 

「えっ? それでもさ、内容は、赤いフレームの眼鏡の男に声を掛けられた、ってだけしか書いてないだろっ、他のものとは明らかにちがうっ!!!」

 

「ああ、そうだな・・・、周りに聞こえるよ、少し声を下げてくれ・・・、」

 

「ごめんごめん・・・、ごめん、でもそのことは、知ってるの?」

 

「ああ、少しだけ知ってる・・・、だけどさ、なんでおまえはそんなこと、調べてるんだよっ?」

 

 

 

 

「あれが、おれのことかもしれないからだよ。」

 

「えっ?」

 

「赤いフレームの眼鏡をかけた男だよ、たぶん、あれは、おれのこと、なんじゃないかって・・・。」

 

「はっ? いや・・・、いやいや、違うんだよ・・・、ちょっと待てよ、あれは嘘の情報なんだよっ!情報操作なんだっ。未知数として存在する不特定多数の犯罪者への警戒を即すための、少し怪しげな人物を想定した嘘の情報なんだよ・・・、その特徴として赤いフレームの眼鏡っていう、わかりやすい要素を使っているだけなんだ、だから、」

 

 

「いや違うんだよ・・・、」

 

「えっ・・・、違うって、はっ!? なにがっ?」

 

「写真が送られてくるんだ・・・、あの情報がサイトに掲載されだしてから、おれのiPhoneに写真が送られて来るんだよ。」

 

「えっ、」

 

「赤いフレームの眼鏡を掛けたおれの写真が、送られて来るんだよ。」

 

「えっ・・・?」

 

「赤いフレームの眼鏡を掛けたおれと・・・、ツーショットで写ってる女子高生とか、スーツを着た女性とか・・・、そんな写真撮った覚えがないんだ、まったく知らない写真が、そんなの、撮った覚えなんかないのに、ただ、そこには赤いフレームの眼鏡を掛けたおれが写ってるんだ。見知らぬ誰かと一緒に、笑顔で写ってるんだ・・・、写真のおれは、真っ赤なフレームの眼鏡を掛けてるんだ。」

 

「それは、その赤いやつは、お前が持ってる眼鏡なの・・・?」

 

「持ってないよ、赤いフレームの眼鏡なんて、おれは持っていない。」

 

彼はしばらく黙っていた

 

「いったい、なんの話だよ・・・、」

 

「ははは・・・、確かにいったい何の話なんだか、おれにもわかんないよ・・、」

 

「っていうか、その写真、送られてくる写真、そこに、そのiPhoneにあるんだろっ!!いま、見せてくれよっ!」

 

 

 

「ああいいよ、見てくれよ、赤いフレームの眼鏡を掛けてる、おれの写真なんだよ。」