茶会の底流に潜むQuality by Designの考察
「上手にはすきと器用と功積むと此の三つそろふ人ぞよく知る」
利休百首の一首ですが、茶会や茶事を円滑に遂行するための心得であると言えます。
医薬品を製造する際、人命に関与する薬の品質が疎かになってはいけません。
そのため、その製造は、GMP(Good Manufacturing Practice)というレギュレーションで規制されます。
その三原則は、(1) 間違い防止、(2) 汚染防止、(3) 品質保証システム、ですが、作業員の訓練が大事です。
最近注目されているQuality by Design (QbD)という概念は、科学的手法とリスク管理によって医薬品の製剤化・製造プロセスに品質設計を導入するというものです。
Quality by Designを実践するためには、綿密な事前計画が重要となり、それが予定通りに進行しているかを確かめる必要があります。その実践を確認する手段として、プロセス解析工学(工程解析システム)(PAT)があります。
薬食審査発第0628第1号 「製剤開発に関するガイドラインの改定について」(平成22年6月28日発出)では、重要な用語が以下のように定義されています。
・デザインスペース
品質を確保することが立証されている入力変数(原料の性質など)と工程パラメータの多元的な組み合わせと相互作用。このデザインスペース内で運用することは変更とはみなされない。デザインスペース外への移動は変更とみなされ、通常は承認事項一部変更のための規制手続きが開始されることになる。デザインスペースは申請者が提案し、規制当局がその評価を行って承認する(ICH Q8)。
・PAT(Process Analytical Technology、 プロセス解析工学(工程解析システム))
最終製品の品質保証を目標として原材料や中間製品/中間体の重要な品質や性能特性及び工程を適時に(すなわち製造中に)計測することによって、製造の設計、解析、管理を行うシステム。
・RTRT(Real Time Release Testing、リアルタイムリリース試験)
工程内データに基づいて、工程内製品及び/又は最終製品の品質を評価し、その品質が許容されることを保証できること。通常、あらかじめ評価されている物質(中間製品)特性と工程管理との妥当な組み合わせが含まれる。
茶会や茶事の開催において、最良の会になるために、服の良い一碗の茶を呈さなければいけません。
そのためには、事前計画が重要となり、会の進行度合いや品質の検証が必要になります。
これは、まさにQuality by Designの概念そのものです。
品質を保障するために、茶筅通し、棗・茶杓・茶碗の清めという道具の点検と洗浄を行います(プロセス解析工学、リアルタイムリリース試験)。
風炉の濃茶では練る前に水を釜に一杓さして湯温を整えたり、炉の茶事では懐石の前に炭手前をして、湯が沸くようにしたりします(プロセス解析工学)。
打ち水、関守石、結界、襖の手掛かり、煙草盆の位置など、そして、襖を閉める音、摺り足の音、箸を膳に落とす音、銅鑼の音など、会の進行に関係するものがシグナルとして伝えられます(プロセス解析工学)。
これらは、利休百首でいうところの器用と捉えることができます。
また、道具、使う茶室、点前、客の人数などは、自由に選ぶことができますが、会の進行や品質にはそれほど影響を与えません(デザインスペース)。
これらは、利休百首でいうところのすきと捉えることができます。
そして、日頃の稽古によって、型通りのことだけではなく、不測の事態にも対応できるようになります。
これは、利休百首でいうところの功積むと捉えることができます。
結論としては、茶会や茶事は、Quality by Designが巧みに実践され、進行や呈茶の品質を規定します。何百年間に渡るプロセスバリデーションで、道具の選択や茶室のサイト変更などがデザインスペースという自由度の範囲内で選ぶことができます。また、茶筅通し、茶碗や棗などの清め、風炉の釜の湯相調整など、品質に関して、リアルタイムに検証と確保がなされています。そして、事前計画に加えて、日頃の稽古が万事を円滑に行うのに重要となります。