エゾ中村のブログ

「藤圭子」から「現代医学の功罪」まで、思いの丈を綴ります。 ・・・ From 北海道 ・・・

“開陽丸” と “戊辰戦争”

2021-05-26 08:13:48 | “アイヌ文化”関連

大政奉還” & “明治維新” の経緯は、専門家でも正確に答えられないと思います。 どうして 500年前の歴史を説明できても、150年前の近代史が曖昧ないのか? 何か、解明してはならない “不都合な真相” があるのではと 疑ってしまいます! 大政奉還は、開国を迫ったアメリカ合衆国の “黒船襲来” が 原因なのでしょうか? 「このままでは 軍事力でアメリカの植民地にされる」 それを恐れた「徳川 慶喜」は、あっさりと “大和朝廷”(天皇)に政権を移行した。 それとも、幕府に反旗を掲げた “新政府軍” の策略だったのでしょうか? 真相は、闇の中です! 明らかなのは、新政府軍を支援した、“海援隊” の「坂本 龍馬」です。 時のスターの如く現れ、人心を掌握する原動力になった人物です。 しかし、イギリス?の支援を受け 目立ち過ぎた「龍馬」は 敵が多かった。 “池田屋事件” では 辛うじて殺戮を逃れたものの、その後 何者かによって 暗殺されています。 下手人は、京都の治安警察「地回り」なのか、新選組一の剣豪「沖田 総司」なのか 、‟乱世” における ‟謎” です! 

蝦夷(現・北海道)に辿り着いた幕府軍:“新撰組” の動きは、地元と言う事もあり 多少 知識があります。 新撰組を率いた総長「近藤 勇」は、関東での戦いで 新政府軍に捕まり処刑(首切)されています。 総長亡き後、副長の「土方 歳三」が 新撰組の指揮を代行しています。(男気で知られる “鬼の副長” です) 
関東で劣勢に立った新選組は、新政府軍に追われ 蝦夷の箱館(函館)に向かうも、軍力の差は大きかった。 止む無く、軍艦数隻と “開陽丸” で 江差に向かった。 戦略 と 体制 を 立て直す為でした。 しかし 1868年の冬、暴風雪が原因で ‟座礁” してしまった。 まもなく ‟開陽丸” は 江差港で 沈没 した様です。 頼みの “開陽丸” を失った「土方 歳三」と 艦長の「榎本 武揚」は、心底 落胆したと言われています。 その後 別の軍艦で箱館に戻ったものの、新政府軍の優位は変わらず「土方」は、あえなく 敵兵の銃弾を受け 戦死 しています。 新天地を蝦夷に求めた “幕府軍” の日本で最後の内戦:戊辰戦争 は、‟新選組” の敗戦をもって終焉しています!  

これが、歴史の片隅に埋もれた真相でしょうか? もし 開陽丸が沈没せず、新選組「土方」が あと一年生き延びていたら、蝦夷地の歴史が大きく変わったと思います。 戊辰戦争は、‟新政府軍” と ‟新選組” の戦いではありません。 幕府軍(徳川幕府)と 新政府軍(明治政府)の戦いです。 力が衰えたと言え、幕府軍は強かった。 特に ‟会津藩” と ‟庄内藩” は、新政府軍と戦う為に ‟ドイツ” から莫大な軍資金の援助を求めていたのです。 しかし、その目論見は「土方 歳三」の死と、‟戊辰戦争” の敗戦で頓挫した様です。 

疑問は 内戦のどさくさに翻弄され、アメリカ・イギリス・ドイツ の侵略を、新政府軍は 忘れていたのでしょうか? ‟新選組” の抵抗が 一年以上長引けば、日本は 他国から狙われる立場だったのです! ‟お粗末” どころか、余りにも 国は ‟無防備” でした。 新政府軍が目指した ‟明治政府” は、かの国の ‟植民地” になったかも知れません。


◎ 江差港の入江に停泊する“開陽丸”(レプリカ)                                 Kaiyou

明治維新” は、不可解な動向が多過ぎます。 どうして、新撰組 と 新政府軍 の戦いが 蝦夷地で繰り広げ、そのまま “新政府軍” は 北海道に居座ったのか? 新政府軍の策略が、蝦夷地略奪 だとしたら “戊辰戦争” の正当性が問われます! 一体 「土方 歳三」率いる新撰組は、命を懸けて蝦夷地を守ったのか? それとも、明治政府の策略に乗ってしまったのか? どちらにしても、アイヌ民族の聖地・蝦夷 を標的にした “都合の良い略奪” です! 
戊辰戦争で日本の軍事力を誇示し「北の大地(蝦夷)を奪い取った」 どこに大義があるのでしょうか? 徳川幕府は、“北前船” の寄港地として蝦夷を物流の拠点として位置付けていたのです。(鎖国時の大事な貿易港として) 

泰平の 眠りを覚ます上喜撰(蒸気船) たった四杯で 夜も眠れず」 黒船来航で目を覚まし、持てる軍事力で 弱い ‟アイヌ民族” を威嚇し 攻め入る。 余りにも、安易な発想です。(アメリカ人に勝てないが、アイヌ民族には勝てる) 武家政権:600年の ‟戒め”(人道)を、いとも簡単に破ってしまったのです! 一体全体、誰が ‟利益” を得たのか?

◎「土方 歳三」(鬼の副長)

(男気の副長と言うより、男前の歳三)  

明治政府設立で失職した諸藩の下級武士を、次から次へと北海道に追い遣ったのは事実です。 “屯田兵” として ‟開拓団” として、未開の大地を開墾する様に政府が指令したのです。 要するに、不平不満分子の追放(厄介払い)でした。 その末裔が我々道民ですから、明治政府を安易に批判出来ないと承知しています。 しかし 150年経っても、過去の亡霊(軍国主義)に支配されるのは ご免です。 現在の日本は、世界屈指の “民主主義国?” です。 近代史を振り返るのは、自由だと思います!  

“大政奉還” & “明治維新” で活躍した「徳川 慶喜」「坂本 龍馬」「西郷 隆盛」「勝 海舟」「板垣 退助」「伊藤 博文」「岩倉 具視」「近藤 勇」「土方 歳三」「榎本 武揚」 それぞれ、日本の将来を憂いた方々です。 ただし、日本を “軍国主義” に導いた人物が 確実に居ります。 そして、侵略戦争(領土拡大)に舵を切った! 

果たして「坂本 龍馬」の志は、明治政府に受け継がれたのでしょうか? 残念ながら、新政府軍(明治政府)に都合よく担がれたと思います! 「日本の夜明けは近い」 「龍馬」が言う “日本の夜明け” は、明治政府が歩んだ “軍国主義”・“侵略戦争” の道ではないと思います。    

◎「坂本 龍馬」(明治維新の第一人者)

「坂本 龍馬」は、欧米の ‟民主主義”・‟経済立国” を目指した ‟志” が高い人物と信じたい。 その後の ‟明治政府” は、‟軍国主義” と ‟侵略戦争” の 明け暮れ でした。 「龍馬」の言う「日本の 夜明け は近い」と、‟正反対” です! 

                 


最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (sdp)
2021-05-26 09:44:28
坂本龍馬は,イギリスのスパイだったって話の方が,好きやけど。
しかし幕末って,一旗あげようって,武士階級それも下級のクーデターってのが好きやけどね。
権力を目論む,武装勢力の。

あまり歴史の詳しくないので,興味深く読ませて頂きました。

コメントを投稿