少し前にポケモン同人誌事件の話を取り上げましたが、今日はその第二弾。ポケモン事件より前、1998年に起きた「ときめきメモリアル」のエロ同人アニメが訴えられて裁判になった事件のお話を、「同人が権利者に怒られた(?)事例集 改訂版」から転載してご紹介します。
 事件の起きた時期も本での掲載順もこちらが先なのですが、ポケモン事件の方が「デマや不正確な情報が広まっている」状況がヒドイと判断し、先に紹介した次第。

 事件と言っていますが刑事事件にはなっておらず、あくまで民事訴訟でした。
 被告へ損害賠償の支払いを命じる判決となりましたが、当然刑事罰は課せられていません。
 罰金という刑事罰が課せられたのに損害賠償請求はなかったポケモン同人誌事件とは、ちょうど逆の状態です。
 この事件でも話に尾ひれがついて伝わったり、原告であるコナミの主張を歪めて解釈する言説が出回ったりしていたので、注意が必要です。

(以下「続きを読む」内で)

 

◆ときめきメモリアルエロ同人アニメ事件

時期:一九九八年八月

権利元:株式会社コナミデジタルエンタテインメント

サークル:シェーン

媒体:アニメビデオ

裁判:有り

概要:コンシューマーのギャルゲー「ときめきメモリアル」のヒロイン、藤崎詩織を登場させたエロアニメ「どぎまぎイマジネーション」を作成、販売したサークル「シェーン」が著作権者であるコナミに訴えられ、裁判の結果有罪判決を受けた。(追記:刑事事件ではないので、有罪という表現は適切ではない可能性がありますが、他の適切な表現が思いつかず、ここではこう表記しています)

原告であるコナミは著作権(複製権、翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害するとして訴え、裁判では被告側がその一部を否定するという形ですすんだ。結果は原告側の勝訴で、被告には二、二七五、〇〇〇円の支払いが命じられた。

 

●詳細・注目点

〇原告の主張概要

・被告は藤崎詩織の図柄を使用したアニメを未許諾で制作したことで、原告の有する複製権、翻案権を侵害した。

・藤崎詩織の図柄には清純なイメージがあり、エロアニメにすることでその清純なイメージを損ねたことが「ゲームソフトの改変」に当たり、同一性保持権の侵害である

(※余談だが、コナミが藤崎詩織のイメージを損なったと主張した部分で「藤崎詩織の図柄には」とし、キャラクターの性格設定には一切触れていないことに注意。ちなみにそこに触れると、とても清純とは言い難い行動を藤崎詩織は取っている(笑))

〇被告の主張概要

・藤崎詩織の図柄はありふれたもので創作性はなく、抽象的なキャラクターは別個の創作性を持たないので著作権の保護対象にならず、よって複製権の侵害はない

・同一性保持権については、原作のゲームと同人アニメの図柄を対比することで決めるべきであり、イメージを損なったか否かで決めるべきではない。仮にイメージが判断材料になるとしても、藤崎詩織は優等生的ではあっても清純さはない。原作ゲームが恋愛をテーマにしている関係上、性的関係が連想されるため清純なイメージはない。

・著作権侵害が存在するとしても、被告がこのビデオを製作したのは同人文化の一環であるから、著作権法違反と評価されるべきではない。


●所感

この事件、被告側の主張はほぼ受け入れられず、原告勝訴となりました。藤崎詩織の図柄には創作性が認められ、またゲームとビデオの図柄を対比した結果、「複製ないし翻案したもの」と認められることとなり、著作権侵害と認定されたわけです。ビデオ内では「藤崎詩織」という名前を出していませんでしたが、図柄や設定の共通点の多さから、「このビデオの購入者は、ビデオのヒロインが藤崎詩織と認識していると判断するのが妥当」とし、またビデオと違い原作ゲームでは性行為にまで及んでいないことから、同一性保持権の侵害も認められました。

 

 特筆すべきは、被告が「同人作品だから著作権法を適用すべきじゃない」と主張したところ。私はこの裁判の当時「ときめきメモリアル」の同人誌を出していた立場上、リアルタイムで注目していたのですが、被告がこの主張をしたと知った時は「あちゃあ……」と頭を抱えてしまいました。そんな主張が通る道理が無いと分かっていたからです。事実判決では「被告は、同人文化の一環としての創作活動であり、著作権法違反は成立しないと主張するが、採用の限りでない。」と一蹴されています。

 近年でこそ、著作権侵害の非親告罪化が決まった際、「二次創作同人誌などは除く」との配慮がされるようになりましたが、当時はそのようなこともありませんでしたし、また今でも「同人だから」というだけの理由で複製権、翻案権、同一性保持権などを免れることはありません。著作権者が訴えでれば、事例ごとに個別の判断がなされるのが基本です。

 おそらく被告は「同人だから大丈夫」という「根拠のない思い込み」を持っていて、それを裁判で披露してしまったのでしょう。そのような思い込みは、当時のパロディ・二次創作同人界隈には薄く広く浸透しており、別に被告だけの勘違いという訳でもありませんでしたので。

「よほどのことがない限り権利者が同人を訴えることはない」という経験則が、いつしか「同人活動の範囲内であれば著作権法違反にならない」という「拡大解釈」に発展、それを無批判に受け入れてしまう人が増えてしまっていたのです。「よほどのことがない限り訴えられない」と「著作権法違反にならない」は決してイコールではないのですが、その点に関する理解が乏しい人が当時は……いえ、今でも多いのでしょう。著作権の概念やその運用の実態は非常に難しく、勉強してもはっきりしない部分が多い分野ではあるのですが、それでも多少勉強すればこのような思い違いはしないで済むようにはなるはずです。「パロディ・二次創作をする者として、著作権の勉強はやはり必要だ」と、改めて痛感させられた事件及び裁判でした。

 

●この事件にまつわる「伝説」

 この事件の数年後、ネット上に「この裁判が原因でときメモの同人誌が一気に姿を消した」と主張する人が現れました。またその人がご自分のブログでその主張をする前から、そのような噂が一部で流れていたようです。

 しかし事実は違います。この事件が報道された後も裁判の判決が出た後も、かなりのときメモ同人がコミケに参加していたのですから。
 私はそのブログの記事が出た当時、確認の為に事件前後のコミケカタログを取り出して、ときメモジャンルで参加していたサークルをざっと数えてみました。(煩雑になるので壁大手や偽壁はカウントせず、ギャルゲーCSで申し込まれた島中のサークルのみカウント。)

訴えが起こる前の九八年二月に申し込みが終わっていた、九八年夏コミ(コミケット54)は一三六
 訴状が出された一年後の九九年夏コミ(コミケット56)は九四
 一審判決が出たあと最初のサークル申し込みとなった、二〇〇〇年夏コミ(コミケット58)では四四
 あれ?やっぱ激減してる!?……と思いきや、実はこの間に「ときめきメモリアル2」が発売されたので、そちらのサークルもカウントすれば一六八で、むしろ増えているのです。
 つまり、この裁判の影響が全くなかったとまでは言いませんが、それが原因でときメモ同人が激減したとまでは言えないと結論できます。
(ときメモのエロ同人の減少に一役買った可能性はあるかも知れませんが、そちらも事件後もしばらくは残っていました。)

 そもそも、この事件が報じられる以前の段階からときメモ同人は減少傾向にありました。
 九八年というと、すでにギャルゲーの人気の主流は「Leaf」(葉)ブランドの「ToHeart」に移っていましたし、九九年には「Key」(鍵)ブランドから「KANON」が発売され、これまた爆発的な人気を博しました。
 またLeafからは同人誌即売会を舞台にしたゲーム、「こみっくパーティー」も発売され、これもまた同人的に大ヒット。
 ときメモからそれらへ流れたサークルも多かったのです。
 つまり九八年以降にときメモ同人が減少したのは、この裁判のせいよりも、いわゆる〝葉鍵系の台頭〟のほうがより強く影響していたというのが、当時ときメモ同人活動の中にいた私の印象なのです。

 葉鍵のせいかどうかはおくとしても、九七年夏コミ(コミケット52)でのときメモサークル数は三二〇で、九八年夏(申し込みの段階でまだ事件が報じられていない)と比較すると倍以上もあったのですから、事件以前から減少傾向にあった事は間違いありません。
 同人的に人気になった他の作品に比して、対抗するだけの力を持ちえなかっただけでしょう。

なお、「ときめきメモリアルGirls Sideシリーズ、「幻想水滸伝」シリーズ、「クイズマジックアカデミー」など、この事件以降も隆盛だったコナミ作品の同人ジャンルは多数あるので、「この事件をきっかけに同人がコナミ作品を避けた」とも言えないでしょう。

全く影響がなかったとまではいかないまでも、「同人界隈にはあまり大きな影響を与えなかった」というのが、本当の所のようです。

●参考資料・サイト

判決文

http://www.translan.com/jucc/precedent-1999-08-30.html