人はなぜ勉強するのか?
勉強したい人にとって勉強は美味しいものを食べたいと思う人ほど価値があるもの(欲求)だと思います。
しかし勉強したいと思わない人にとっては勉強の大事さがわからない。
そういう人にどうして勉強するかを伝える事は難しい。
そして勉強する(持続させる)ことはかなり困難です。
まさに勉強をする必要性がわからない人間に勉強の必要性について教えている。
しかし伝わらない。
これが出来るようになれば私はきっと学校で先生ができるようになるでしょう。
学校の先生は教える事の難しさと生徒がいかに勉強に興味を示すかが難しいでしょう。
それを放棄している先生ももちろんいる。
学生が勉強が出来なくても給料ははいるんだから
淡々と授業する先生ももちろんいる。
人はなぜ勉強が嫌いなのか?(もちろん好きな人もいる)
そこから考えなければいけない。
勉強が嫌いな人はできないから嫌いなのであって勉強が出来る人間は勉強が基本は好きか嫌いではないの部類に入るのが普通だろう。
もし勉強が出来るのに勉強が嫌いという学生は
勉強ができなくて嫌いの学生と嫌いという同じ嫌いでも意味が違うだろう。
出来るのに邪魔くさいから嫌いと
出来なくてわからないから嫌いは意味が違う。