昨日、近くの庭園へ行ったら
福寿草が一つ咲いていた♪
今週の雨の後の2日間は とても暖かくて
桜も、間違えて咲くんじゃないか と思う程だった。
遊行寺の坂では、白い半袖ポロシャツ一枚の同年代と思われる人とすれ違った。。
低い位置に咲き始めた ピンクの梅。
香りを嗅いだら 雛人形!と頭に浮かぶ。
今年は全部出して飾ろうか、どうしようかな、、、、
ヒヨドリ「お雛様の甘酒って、どのくらい甘いのかな・・・」
今週は 家の中のモノがいくつか壊れて(←寿命)買いに行ったり交換したりで
ちょっとバタバタした。築15年を過ぎ、色んなものが変わっていく。
その中ので、リビングの照明器具は
結構思い入れがあったモノなので 寂しい気持ちでお別れ~。
※ ※ ※ ※
そして先日の、新宿の続き。。。
新宿御苑の割と近く 四谷寄りに
窪地になっている地形を地図で見つけ 調べると
それはそれは私好みの渋い町の様なので、観に寄った。。。
新宿区の「荒木町」と言うその付近は すり鉢状の地形になっており
江戸時代には大名屋敷で その庭園には 落差4mの滝が注ぐ大きな池があった。
その広大な屋敷は 明治維新後 分割して売られる過程で
池の景色が良かった事から 周囲に観光客目当ての茶屋・料理屋が出来て
明治の頃は芸者街として賑わったそうだ。。
今は池も無くなり 住宅地へ変わったけれど 所々に料理屋があったり
スナックがあったりで、地形も残っているので当時の風情が感じられると思う。
荒木町の谷底へ降りる階段はいくつかあり せっかくなので私は全ての道を歩いた。
その大通りからほんの少し入った所に こーんな場所があるなんて✨と驚いた。
テレビで取り上げられることも多々あったみたいだけれど私は知らなかったw。
周囲と比べてこんなに土地が低くなっていて 雨が降ったらどうなるのかな。。
現役の割烹の前に立つ 古いコンクリート外灯が渋い。。。三洋コンクリート工業製。
↓谷底に残る 今は小さくなってしまった 元・大名屋敷の池。
池の脇には弁財天の祠。
私の母から聞いた、軍人や学生相手の遊里として栄えていたので
近くの士官学校の兵と芸者が入水自殺をしたなんていう話もあるらしい。
・・・と 池の大きさが気になったので調べると
当時はこんなに大きい池だ~!130m×30mほどの大きさだった様だ。
明治の頃の地図↓
大きかった池は無くなり、
今は↓地図の赤点の場所に小さな池が残るだけ。(滝つぼ部分が残ったらしい)
石畳に、芸者さんの残像を探しながら ふらふらと歩く。
(全盛期は200人もの芸奴さんがいたとか。)
路地の細さもカーブも、花街だった頃が連想される感じの素敵な一角だ。
荒木町出身という こんな方々のポスターあり。
凹 凹 凹 凹 凹 凹 凹 凹 凹 凹 凹
歩き回る路地の風景に ノスタルジーと共に
”あああ楽しいいい”という気持ちが沸き上がる(笑)
眼と足だけでこんなに楽しめるなんて 私は幸せだ(笑)
凹 凹 凹 凹 凹 凹 凹 凹 凹 凹 凹
スナック「ドリフト」に、何だこりゃ 「ドロップキッ~ク」!?
ドロップキックが気になり 付近を探したら 焼肉屋さんだった(笑)
メニューに 「16文ちょっぷびーる」なんていうのがあるんだって(笑)!
私が サラリーマンのオジサンに変身出来たなら
一人で食べに行くんだけどな~(笑)
荒木町の細い住宅の隙間も、行き止まりの通路も、多分全て踏破して満足。
最後に地上への階段を登りながら 何度か振り返って谷底を眺めた。
ああ楽しかった。と地下鉄四谷三丁目駅の階段を下りて帰路へ。
俣野別邸のチューリップと 近所で見た富士山。
雑記:1/31 今日は何処へ行っても、マスクが売り切れ~!
仕事で使いたいのに こんなに早く品薄になっているとは
気づかなかったー💦失敗したなー。
そろそろ花粉症も始まるのに 品揃え回復してくれるかなぁ。。。