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◇クラシック音楽◇NHK-FM「ベストオブクラシック」レビュー

2020-11-24 09:36:33 | NHK‐FM「ベストオブクラシック」レビュー



<NHK‐FM「ベストオブクラシック」レビュー>




~ピエール・ローラン・エマールとアンドルー・マンゼ指揮ハノーバー北ドイツ放送フィルの共演~



ベートーヴェン:交響曲第2番
        ピアノ協奏曲第3番

ピアノ:ピエール=ローラン・エマール

指揮:アンドルー・マンゼ

管弦楽:ハノーバー北ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団

収録:2019年11月6日、ドイツ、ハノーバー、クッペルザール

提供:北ドイツ放送協会

放送:2020年10月27日(火) 午後7:30~午後9:10

 今夜のNHK- FM「ベストオブクラシック」は、アンドルー・マンゼ指揮ハノーバー北ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団の演奏でベートーヴェン:交響曲第2番、そしてピアノのピエール=ローラン・エマールを迎えてベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番の2曲の演奏会である。

 アンドルー・マンゼ(1965年生まれ)は、イギリス出身のバロック・ヴァイオリン奏者であり指揮者。絹のような細い音から激しい音色まで自在に操ることのできるバロック・ヴァイオリン界の奇才として知られる。古楽オーケストラ「イングリッシュ・コンサート」の音楽監督(2003年~2007年)を務めた。「イングリッシュ・コンサート」は、指揮者 、チェンバロ・オルガン奏者であるトレヴァー・ピノックがヴィクトリア&アルバート博物館所蔵の古楽器を活用する目的で1973年にイギリスに結成した古楽オーケストラ(合奏団)。アンドルー・マンゼの「イングリッシュ・コンサート」との録音は、モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」「アダージョとフーガ」「セレナータ・ノットゥルナ」「音楽の冗談」などがある。2011年に「ショック賞」(哲学者であり芸術家でもあったロルフ・ショック<1933年 - 1986年>の遺志により創設された賞で、1993年にスウェーデンのストックホルムで授賞式が行われて以来、当初は2年毎、現在は3年毎に顕彰され、「論理学・哲学」「数学」「視覚芸術」「音楽芸術」の4部門がある)を受賞。2014年から北ドイツ放送(NDR)付属オーケストラであるハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団(NDR Radiophilharmonie)の首席指揮者を務めている。

 ピアノのピエール=ローラン・エマール(1957年生まれ)は、フランス、リヨン出身。地元の音楽院に通い、後にイヴォンヌ・ロリオに師事する。1973年「オリヴィエ・メシアン国際コンクール」優勝。1977年にブーレーズの招きで、アンサンブル・アンテルコンタンポランの創設メンバーに名を連ねる。ブーレーズのほか、小澤征爾、ズービン・メータ、シャルル・デュトワ、プレヴィン、アンドルー・デイヴィス、デイヴィッド・ロバートソンらの指揮者と共演する。20歳でシカゴ交響楽団と共演し、アメリカデビューを果たした。現代音楽に力を入れていることでも有名で、ブーレーズの「レポン」、シュトックハウゼンの「ピアノ小品第14番」、リゲティの「練習曲」などを演奏。近年では、アーノンクール指揮によるベートーヴェンのピアノ協奏曲全集の録音で、現代音楽の愛好家以外からも注目を浴び、さらにメシアンの「トゥーランガリラ交響曲」「鳥のカタログ」全曲録音でも絶賛を博している。メシアン弾きとしても名高いエマールは、12歳の時にイヴォンヌ・ロリオのクラスに入ったことによりメシアンと直接的なつながりを持つことができ、その後様々な時間を共有したことで作曲家メシアンを深く理解することができたと言う。

 今夜、最初の曲であるベートーヴェン:交響曲第2番は、1802年に完成し、翌1803年、ウィーン近郊アン・デア・ウィーン劇場においてピアノ協奏曲第3番などとともに初演された。この作品が作曲されたのは、難聴が特に悪化した時期で、「ハイリゲンシュタットの遺書」も書かれている。しかし、作品自体にはそうした苦悩の跡は見られない。ハイドンの形式を踏襲しているものの、作曲技法としては第1番よりも一段の進展を見せ、楽器の扱いについも新たな試みが見られる。その構想の大きさや初めて交響曲にスケルツォを導入するなど重要な意義を持っている交響曲に仕上がっている。この作品は、リヒノフスキー侯爵に献呈された。

 今夜のマンゼの指揮は、全てが明快で力強い。曖昧さは微塵も見えず、正に”猪突猛進”で前へ前へと突き進む。若さに満ち溢れたベートーヴェン初期の交響曲を一層若々しく、力の限りの演奏を繰り広げる。私は、このような単刀直入の指揮を最近聴いたことがない。多くの指揮者は、聴衆の好みの多様さを推し量ってか、中庸な指揮をすることが当たり前の風潮にになっている。こんな中で、マンゼはそんな風潮は無視するかのごとく、自己の信念だけに集中する。私はこの演奏を聴きながらトスカニーニの演奏を思い浮かべたほどだ。マンゼがこのような指揮をするのは、古楽奏者としてのキャリアが何か影響しているのだろうか。今夜の演奏を聴き、次は、マンゼの指揮でブラームスやシューマンの交響曲を聴いてみたくなった。

 次の曲のベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番は、ベートーヴェンのピアノ協奏曲中唯一の短調の曲。1803年に完成を見たが、初演の際、ベートーヴェン自身がピアノ独奏者として即興で何とか乗り切ったという。独奏ピアノ・パートが完成してのは、初演から1年余り経った1804年。曲自体は、ピアノ協奏曲第1番、第2番に比べてベートーヴェンらしさが一層顕著となっている。ハ短調という調性の割には激しさはあまり感じられないが、青年ベートーヴェンの持つ感傷性が強く前面に出された作品。

 今夜のピエール=ローラン・エマールの演奏は、正統派の流れを汲む、実に堂々とした美しさに満ち溢れた演奏に終始した。この演奏によって、改めてエマールの実力のほどを再認識させられた。全体にかなりゆっくりとしたテンポで進むが、少しの緩慢さを感じさせないところは、さすがだなあと感じ入って聴き込んだ。既にエマールが大家の域に踏み込んだような雰囲気さえ感じさせる、明快であると同時に深みのある演奏内容であった。一音一音を噛みしめるように弾き進めるので、リスナーの前には、ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番の全体像がくっきりと浮かび上がる。フランス系のピアニストは、ドイツ・オーストリア系の作品でもしばしば名演を聴かせることがあるが、今夜は、エマールもその例に漏れないことが証明された演奏会であった。(蔵 志津久)
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