休みの日に部屋で本を読んでいると家の電話が鳴った。ミカの部屋は二階にあって、電話は一階のリビングにあるものだから、音楽をかけていたりするとそれがわからないということはよくあった。ただ、その日――十一月半ばの月曜だった――にはしっかり聞こえてきた。
ミカは本から目を離し、しばらくその音を聞いていた。お母さんはいないのかな? と思いながらドアを見た。父親とユキは仕事に行ってるし、ほんのすこし前に廊下をドスドスと歩いていた母親が出かけたとすると、家にいるのは自分だけということになる。ミカは本を開いたまま腰を浮かしかけた。――と、電話は切れた。
本に目を戻し何行か読みすすめると、ふたたび電話が鳴りはじめた。ミカは短い溜息をつきながら立ちあがり、部屋を出た。平日の午前中にかかってくる電話なんてどうせたいした用事のものでないだろう、と考えていた。マンションや健康器具の販売とかそんなものなのだ。
リビングに入ると電話はけたたましく鳴っていた。まるで受話器がすこし宙に浮き震えている(よくそういう絵がある)みたいに激しく音をたてていた。だけど、ドアを閉めた瞬間にまた切れた。
「まったく」
ミカは首を弱く振り、どうしようか迷った。読みかけの本は部屋に置いてきた。つづきを読みたい気はするけれど、この調子だと戻った途端にまた電話が鳴るかもしれない。ミカはソファに座り、テレビをつけ、すぐにボリュームを下げた。
陽射しはもう冬のものになっていて、眩しくすこし白みがかった光を鋭角に射しこませていた。ミカは庭の方へ首を向けた。母親の植えたコスモスは細い茎に似合わぬ大きな花のせいでうつむき加減になっていた。ケヤキは葉を散らしはじめ、うす寒そうに立っていた。もう冬になるんだな――とミカは思った。
あのケヤキに新たな葉が繁る頃、私はもうここにいないんだ。
電話が鳴った。
「もしもし?」
「ああ、ミカか?」
父親の声だった。めずらしいことにすこし慌てているように聞こえた。
「母さんは? 携帯にかけたんだが出ないんだよ。出かけてるのか?」
「知らないわよ。どうせバッグに放り込んだままなんでしょ。持ち歩かない携帯なんてなんの意味があるんだか」
ミカはそう言いながら窓の外を眺めていた。オナガドリがケヤキの枝にとまり、ギューイギュイと鳴いた。
「で、どうしたの? なにかあったの?」
「いや、」とだけ父親は言って、しばらく黙った。嫌な間を置くな、この人――とミカは思った。
「よくわからないんだが、ユキのことでちょっとな」
「お姉ちゃん? お姉ちゃんになにかあったの?」
ミカの声はすこし大きくなった。それが自分でもわかった。
《恋に不器用な髙橋慎二(42歳)の物語です。
どうぞ(いえ、どうか)お読みください》