父さんと梵のおじさんは再出発することになった。
それまでやってきたことをいったん全部崩して、いちからやり直すことになったのだ。そして、そのためにはコンビ名を変える必要があった。
ヒール/ソールというコンビ名がどのようにして決まったかは『ザ・ジーニアス・オブ・ヒール/ソール草介』にこう書いてある。
『その頃、梵は喫茶店で働いてる不幸を一身に背負ってますって顔をした女と暮らしてたんだ。えらく細くて背の高い女で、戸棚と冷蔵庫の隙間に収まっちゃうような身体つきだった。梵が縦にも横にもデカいから二人そろって歩いてると、まるで何かの使用前使用後みたいだったな。「あなたもこんなに痩せられる!」みたいなさ、そんな感じだったんだ。
その女は詩を書いてて、自分でつくった詩集を駅前なんかで売ってるんだ。それが読売新聞に載ってる子供が書いた詩みたいでさ。「アメンボはひとりぼっちで食事をしている」とか書いてあるのよ。
発想がすごくてね。小さい机に学習ライトみたいの点けて、薄暗い部屋で溜息つきながら額を手で覆って、真面目くさった顔つきで書いてんだ。悩みながら書いてて「ウサギの目は赤い。ウンコは黒い」だって。
「観察が大切なのよ、草介ちゃん」とか言ってたな。だけど、ウサギのウンコで感動するヤツはいないだろ。売れっこないのに、そんな詩集を売り歩いてたんだ。
その女は梵より二つ三つ年上で内職なんかもしてんだ。造花つくったり、封筒の宛名書きしたりさ。
妙に姉さん気取りでね。ま、俺も食えなかったからよくそこで飯食わせてもらってたんだけど、甲斐甲斐しく梵に尽くすのよ。タダ飯食ってるだけじゃ悪いかなって俺も内職手伝ったりしたけど、たいがい駄目にしちゃったね。造花なんて十個つくって合格品が一個あればいい方だった。宛名書きなんて字が汚すぎて怒られてたしね。「こんなんじゃ郵便屋さんが読めないじゃない!」とか言われたもんだよ。
靴底をボンドで貼るってのをやったときにゃ、ひどかったな。
アパート閉め切りで三人でやってたんだ。そしたら、みんな具合悪くなっちゃってさ。隣の部屋ドンドン叩いて、「助けてくれ!」って叫んだんだ。それで救急車呼ばれちゃってさ。来たのはいいけど、俺たちみんなラリってんだよ。救急隊員がそれ見て警察呼んじゃってね。
アンパンパーティ疑惑だね。向こうの勘違いなんだけど、なんだか怒られたな。紛らわしいことすんじゃないって。その靴底貼りの内職の通函に「Heel/Sole」って書いてあったんだ。それを、そのままコンビ名にしたってわけさ』
↓押していただけると、非常に、嬉しいです。
にほんブログ村
《僕が書いた中で最も真面目っぽい小説
『Pavane pour une infante defunte』です。
どうぞ(いえ、どうか)お読みください》