父さんたちは徐々にではあるけれど確実に認められていった。
新進の芸能評論家の中にはヒール/ソールの漫才を評価する者も出てきたし、これは少し先の話になるのだけど伝説といわれるライブの後押しをしてくれた放送作家もあらわれた。
ちょっとだけ先走って書いておくと、それは『矢立漫才ライブ』と銘打って二時間ノンストップで漫才をやるというものだった。この成功がヒール/ソールの人気を決定づけることになり、テレビ出演を果たす大きな要因ともなったのだけど、しかし、これについては先のことなのでここで詳しくは書かない。
その代わりに、梵のおじさんの恋人がどうなったのかを紹介しておこう。まあ、すべてが事実とは思えない内容だけど、その頃の父さんと梵のおじさんとの関係をよくあらわしているエピソードだと思うからだ。
『その、梵の女だけどさ。詩人の。
俺たちがちょっとだけ忙しくなってきた頃、変な宗教に入っちゃってさ。前にも増しておかしな詩を書くようになっちゃって。梵にも「私たちは前世から繋がっていた。あなたが牛飼いで、私は牛だった」とか言いだしちゃって。
梵もさすがに嫌気がさしたみたいでさ、逃げまわってたんだ。俺んとこ転がりこんだり、他の芸人仲間んとこに入り浸ってなかなかアパートに帰らなくなってた。
そしたら、その女、俺んこと待ってるんだな。唯一知ってるのが俺のアパートだから夜中でも待ってるんだ。俺も世話になってたからおろそかにはできないしさ。まあ、上がってもらって、茶なんか出してさ。
でも、その女、梵の話なんか全然しないの。宇宙の神秘みたいなことを一方的にしゃべって帰っていく。ただ、話してるあいだ目は俺の視線を追ってるんだ。俺の視線が行きつく場所をさぐってる。きっとストレートに聞いても答えないだろうって思ってたんだろうな。ま、そういうのが半月ぐらいつづいてたんだ。
ある日、またその女が来て、そのときは梵の話になったんだ。自分がいかに梵に尽くしていたかってのを延々としゃべってね。泣きながらさ。
でも、やっぱり目は俺の視線を追ってる。こうやって手で目を押さえながら、チラッと見てる。だから、わざとファンシーボックスの方を見てやったんだ。梵が隠れてる場所を探してるんだと思ったからね。そしたら、突然立ちあがってさ。「そこかっ!」ってファンシーボックスのチャックビリビリって引っ張り開けた。山姥じゃないんだからさ。「そこかっ!」って、なあ。
で、そこじゃないとわかると、今度は押し入れ開けた。ずっと俺の顔見ながらそれやるんだ。スッと襖を開けるんだけど、顔はずっと俺の方を見てる。麻薬捜査みたいでさ、おっかなかったね。
でも、それだけで終わらないんだ。
次の日はケーキなんか持ってきちゃってさ。「草介ちゃん、昨日はごめんなさい。私、取り乱しちゃって」とか言って。その日は梵のヤツが来てたんだ。さすがに二日連続では来ないだろうってんで、むしろ俺んとこが安全だみたいな感じでさ。
その日はやっぱり梵の話はなしで世間話なんかしてくるんだけど、だんだん俺の近くに寄ってきてさ。身体すり寄せてくんだ。上目遣いとかしちゃって、指先で俺の腕を撫でたりしてくんだよ。
俺もその気になっちゃって、抱き寄せたりしてさ。ま、押し入れには梵がいるんだけど、もとから逃げまわってる女だ、出てきやしないだろうって思ってさ、ちょっといいとこまでいっちゃったんだ。
そしたら、梵のヤツ、押し入れから這い出てきて俺たちに合流しようとしてんの。女のケツなんか撫でまわしはじめちゃってさ。で、その女が振り向きざまに梵の首絞めて、「やっぱり、ここにいたのか!」だって。やってられないよ』
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《ちょこっとホラーで、あとはアホっぽい小説です。
どうぞ(いえ、どうか)お読みください》