真昼ちゃんの父君の葬式は護国寺で盛大に執り行われた。
地元の名士たちだけでなく、文部省や区の教育委員会からの弔問もあり、広い境内は黒い服の人間で埋められていた。しかし、真昼ちゃんの姿はそこになかった。
「私は参列しなかったわ。遠慮したんじゃないの。出たくなかったのよ。ずっと裏の方にいたわ。草介も美紗子も来てくれたから、そのときだけは顔を出したけどね。もちろん、脩一さんも来てくれたわ。
そういえば、あの日が初めてだったんじゃないかしら、草介と脩一さんの会った。それと、あれ以来の美紗子と草介が会ったのもね。
私はあのことにはがっかりしてたのよ。草介と美紗子はほんとにお似合いだと思ってたもの。それが、私がいない間にあんなことになっちゃって。私、美紗子に文句のひとつでも言ってやろうと思ってたのよ。でも、あの子、妊娠してたでしょ? 言いそびれちゃったのよ。
それに、脩一さんっていい人だものね。草介には悪いけど」
その日、父さんは久しぶりに母さんに会った。
真昼ちゃんの父君も教育界では有名人であったけど、マスコミが来るということはなかったので二人の対面はごく静かに行われた。
「あの人、『よお』って言ったのよ」と母さんは言った。
「なんでもない昔の知り合いに挨拶されたのかと思ったわ。『よお』なんて言うんだもの」
そのときの父さんを思い出していたのか、母さんはしばらく笑顔だった。僕と温佳は曖昧な表情をして互いを見あった。当事者にしかわからない内輪ウケの話を聴かされているような気分だった。
「シゲと一緒だったわ、あの人は。私は笑っちゃったんだけど、シゲがなんだか怒ったような顔してたからやめたの。シゲってひどく深刻に考えちゃう性格なのよね。草介は笑ってたわ」
「ほんと?」温佳が言った。「草介おじさん、笑ってたの?」
母さんはそんなことに疑問を持つなんておかしいといった表情を浮かべていた。
「笑ってたわよ。いつもの、あの、引きつった顔でね」
「お父さんは?」と温佳は訊いた。つまり、これは早乙女氏のことだ。
「脩一さん? どうだったかしら? ま、いつもの調子で草介に挨拶してたんじゃない? 『いつもテレビで拝見してますよ。はっはっはっ』って感じだったと思うわ」
「それで、父さんはどんな感じだったの?」と僕は言った。これは、わかるとは思うけど僕の父さんのことだ。
「そうねえ。あの人、基本的に人見知りでしょ? だから、なんかごにょごにょ言ってたわ。『よろしく』とか言ってたんじゃない? 握手なんかしちゃってたわよ」
「まるで旅客船の引き渡し式みたいじゃない。この船は舵は重いが他は良好。まあ、普通に乗ってるぶんには問題ないよってね」
温佳は椅子に背中をあて脚を伸ばしながら、そう言った。心底あきれた――といった口振りだった。
「なによ、それ」
いつもなら温佳の茶々に腹をたてるところだけど、そのときの二人のやりとりが気に入っていたのか、思い出すことに重点をおいた母さんは笑顔のままだった。
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