FishBowlの内側で僕が涙ぐましい試練に耐えている頃、その外側にも新たな試練が用意されていた。
その試練というのは大きく二つに分けることが可能でもある。①僕たちにとってはお馴染みのマスコミ絡みのもの、②警察が動くことになる種類のもの――といった具合にだ。ただ、①が原因となって②がもたらされ、また②が生じたことによって①があらわれるという関係もあった。きっと、あらゆることがそうなのだろうけど、これも完全には分割できないことだったのだ。
しかし、わかりやすくするため便宜上①と②に分けて書いていこうと思う。まずは①の方だ。
父さんが無事に復帰を果たしてからほどなくしてFishBowl周辺には少数ながらもマスコミの連中が出没するようになった。なにか興味を引くようなネタはないかと嗅ぎまわりはじめたのだ。
彼らにとってそこに住んでる人間はいずれも叩けば埃が出るはずの者たちだった。待ってさえいれば、そのうちなにかしでかす人間――と僕たちを見ていたのだろう。そういう彼らからすれば母さんなんかは獲物に手頃な存在だった(なにしろ叩けば視界が曇るくらい埃がたつに違いない女優だったのだ)。
そして、真昼ちゃんも同様に彼らの目に映ったようだ。もちろん真昼ちゃんは芸能人ではない。しかし、陶芸家というのも大きくとれば芸能人の一部というのが彼らの理屈のようだった。公人としてなんらかの発言(たとえば、どうして性転換したのかとか)をすべきと考えているようだった。
父さんは――きっと冗談のつもりだったのだろうけど――このように言った。
「真昼も陶芸の雑誌とかなら取材受けてるだろ? そういうのと自分たちの違いがわからないんじゃねえかな?」
「もし仮にそうだったとしたら、あいつらは相当の馬鹿よ。いい? 私は草介や美紗子とは違うの。ただの陶芸家なの」
真昼ちゃんはそう怒鳴った。しかし、ただの陶芸家なのかは別にして、真昼ちゃんのことも嗅ぎまわられているのは確かだった。
「あいつら、私がひとりになるのを見計らって来るのよ。か弱い女だけになるのを待ってるの。この前なんて宅配屋さんの振りして押し入ろうとしたんだから。前よりたちの悪い連中が来るようになったみたいだわ」
真昼ちゃんの言ったように、この頃出没していたのは「前よりたちの悪い連中」だった。父さんとマスコミのあいだには不可侵条約みたいなものが無形にあったので、大きな会社に所属している記者たちは表だっての行動がしにくかったのだろう、そのぶん《フリーランス》の記者やカメラマンが暗躍することになったわけだ。
しかし、《フリーランス》と言えば聞こえはいいけれど、スキャンダルを探しまわり、あるいは捏造し、それを金に換えているような連中だった。彼らは持ち前の反骨心から父さんと大手マスコミが暗黙のうちに取り結んだような報道協定が嫌いなのだ。もしくは、表だって行動できない大手の人間が彼らを使っていたとも考えられる。
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《佐藤清春渾身の超大作『FishBowl』です。
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